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FINAL MASTER  作者: 飛上
ACT.10 血風の境界~Border~
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第04節

時はガイナー達がアファを旅立ち、ラクローンへと出立してしばらくした頃にまで遡る。


石造りの王都の街道を抜けていくと、中心部に貴族の邸宅が建ち並ぶ区画へと出てくる。多くの貴族、豪商の邸宅がありながら、その中でも上位に位置する家柄を誇るファラージュの邸は、町の中心地からやや西側に離れた土地に静かに構えている。

この日、ファラージュの邸を訪れる一人の女性の姿があった。


「どちらさまでございますか?」


上位貴族の邸だけに、門前には見張りの私兵が立ち、訪問者に対して氏を問う。

その姿勢は威圧的なものはなく、主の人格を伺わせるようなものであったことは、来訪者である女性の面持ちを少し和らげさせた。

女性はメノアのサリアと名乗り、メノアの長たる者の文を携え、この邸の主を訪ねてきた旨を伝えるも、以前の主はすでに亡く、娘が跡を継いだという事を、門番より取り次いだ壮年の執事の男性に告げられたことはサリアを驚かせるに十分なものだった。


「そうだったのですね。知りませんでした。

では現当主との面会を希望します。どうか取り次いでいただけますか?」

「承知いたしました。ではここでしばらくお待ちいただきますよう。」


そう言って老執事は主に伺いを立てるために邸内へと戻っていく。

しばらくして老執事のマイセンはサリアを邸内に招き入れた。

「お待たせいたしました。ご当主がお会いになられるということですので、ご案内いたします。」

普通に客人というだけで、貴族の邸宅内に足を踏み入れることなどあり得る話ではない。しかし、女性の出自であるメノアという名にマイセンは反応した。

更に時を遡っていけば、前の主に護衛として付き従った者の一人、そして現当主の命を助けて邸を訪れた少年もメノアの出自を名乗っていた。


邸の廊下を奥に進み邸内ではやや重厚な扉を開けて、執事は恭しく礼をする。

「失礼いたします。お客人をお連れ致しました。」

「ありがとう。マイセン、私とお客人にお茶のご用意を。」

「畏まりました。」

マイセンは再度恭しく礼をした後、部屋をあとにする。


サリアの案内された部屋は応接室として使用される部屋であり、中央に毛織の絨毯を敷き、その上に大理石製のテーブルと麻布の掛けられたソファがテーブルを挟んで置かれている。部屋の雰囲気も過度に煌びやかなものではなく、客人を威圧するかのような調度品の類もない。ただ部屋の四隅と暖炉の前にだけは慎ましげに花が活けられている。

「ようこそおいでくださいました。私がファラージュの現当主、リーザライドです。」

「メノアのサリアと申します。突然のご訪問にもかかわらず、面会いただけたこと、感謝します。」

少しぎこちないような挨拶と、あわせて先代への哀悼の意を表したサリアに、リーザもカーテシーの動作で返礼を済ますと、二人はテーブルを挟んで腰を下ろす。


マイセンが運んできたカップがテーブルに並ぶと、サリアは先にメノアの長であるジェノアからの文を手渡し「拝見します。」という声とともにリーザはサリアにお茶を勧めてしばらく待ってもらうように促すと、サリアもそれに応えてカップを手に取る。


ティーカップに口を付けながら手紙を読むリーザの姿を見る。

サリアから見たリーザは、幼さが未だ残った顔立ちに、髪留めに使われている大きなリボンが一層少女を少女たらしめるような印象を残し、親御の愛情を目一杯受けたであろう年相応の貴族の令嬢であると感じられた。

薄い青地のそれほど華やかというわけではないドレス姿も相まって、初対面の者であればとても大貴族の当主とは想像に難いのではないかとも思われた。

カップに注がれたハーブの香りが鼻腔をくすぐるのが何とも心地よく、香りとともに目の前の年若い当主の印象を柔らかくさせていた

きっと妹として存在したならば、溺愛すること間違いなかっただろう。

しかし、貴族の子弟としては思えぬほどの気品を生じさせていることもサリアは感じ取れていた。

対してリーザからのサリアの印象は、どこか陽光を思わせる雰囲気を持った女性であったという印象を持っていた。

リーザよりも年長者であることもあるが、どこか子供のように純粋で無垢な部分もありながら、大人の女性としての魅力も兼ねている。まさに理想の姉ともいえるような姿ではないか、と思ってしまうほどであった。


リーザは手紙を一読してテーブルに置くと、目の前の女性に向きなおる。

「ご事情は理解しました。」

手紙には先に訪れていた少年のこと、目の前の女性もまた少年の後を追う意思があること、そして今後のことについての依頼といった内容であった。

「けど生憎でした。ガイナーさんたちは既にここを発って、今はきっとラクローンに着いた頃ではないでしょうか。」

アファを発ってからのガイナーの行方を知る術は在ろうはずもなく、ただ、ラクローンに向かったという事だけは確かなことではある。

「そう、ラクローンに・・・」

この邸の主が変わったことで新たな手掛かりを求めるため、いつまでもこの場にとどまっているという事はないであろうということは、サリアもおおよその予感はしていた。なれども、この場に少年とそれよりも先に村を発った茶色の髪に対照的な青い目を持った青年、二人の幼馴染が共にこの場にいないという事実は、サリアの中に小さくも落胆を覚えさせた。


「あ、あの・・・失礼を承知でお尋ねします。

・・・ガイナー様・・・ガイナーさんはメノアではどのように過ごされていたのでしょうか?」

「え?」

唐突に起こった問いにサリアは目を丸くしてしまうも、質問者のほうがなぜこんな問いかけをしてしまったのか、という面持ちを見せてしまっていた。

やはり、どこかで旅立って行った少年のことを仄かに思慕する情があることを意識してしまっているのだろうか。そう思うと、自らの鼓動が早まっているのを自覚できてしまっている。そっと頬に手を添えると、いつも以上に熱っぽく、おそらく赤みを帯びてしまっているのではとも思えただけに自身の感情に収拾をつけられなくなってしまっている。

「す、すみません!

あ、あ、あの・・・これは・・・」

リーザの慌てふためくような様子を見ていたサリアは、口元をわずかに上げる。

この少女は少年のことを慕ってくれている。それがわかるのはどこか少年のことを誇らしく思えてしまう反面、うっすらと寂しさが見え隠れしているかのようだった。

「そ、そうね・・・

普段は寝坊助で、どこか気だるそうにしているのが当たり前なところがあるかしら。」

「そうなのですか・・・」

リーザにとってはそんな印象は感じられなかった分、どこか意外だったという風に目を丸くさせながら、サリアの言葉に耳を傾ける。

サリアとしても、どこか違うイメージを持ってしまっていたのではないか、と思ってしまうほどに顔に出てしまっていたのだろう。少しばかり、悪戯心が芽生えてしまいそうになる。

「それに小さい頃は、村中を悪ガキどもと走り回ってはいつでも身体中泥だらけになって帰ってきてね。まったく随分と手を焼かされたことだわ。」

「ふふ・・・そうなんですね。」

無意識に目を細めながら語るサリアの言葉の端々に、少年のことを慮るような思いが含まれているのがリーザは感じられただけに、不意に笑みを浮かべてしまう。

「でも、あの方がいらっしゃらなければ、私も父も救われることはありませんでした。」

「そうね。自分のことよりも、他人を優先させてしまうような・・・

けど、いつまでたっても手のかかる、弟ってことに変わりはないわね。」

「弟、ですか。」

ふとリーザは以前、黒髪の少年が姉のような人にずっと世話になりっぱなしでいる。という事を口にしていたことを思い出していた。

「でも、自分のご意思をしっかりと持たれた方、だと思います。」

「そうね。自身の為すべきことを成したいがために、旅立ったものね。ほんとにあいつらしい。」

「はい、私もそう思います。」

意外なところから生じた二人の共通の認識に、いつの間にかお互いに笑みを浮かべていた。

「あの、サリア様・・・」

「私のことはサリアでかまいません。」

「はい。ではサリアさん。

どうか私のこともリーザとお呼びください。」

姉という立ち位置から見てしまうと、これまで弟という認識だった少年が外で慕われる姿を思い浮かべると、どこか胸を温められているような感情をサリアは抱く。

二人で名を呼びあいながら、時間が経つのを忘れてしまうくらいに、それからしばらく会話を弾ませていった。


それから二、三日の滞在をした上で、サリアはファラージュの邸をあとにする。

このとき、リーザとしては、まさかしばらくの後に思いもしない場所で再会することになろうとは微塵も考えられなかった。




それだけに、城壁の上でのサリアとの再会はリーザにとっては何よりも笑顔を浮かべさせるものであったのかもしれない。


「まさかサリアさんにここでお会いするとは思いませんでした。」

「そうね。私もリーザがここにやってくるだなんて思わなかった。会えてうれしいわ。」

「はい。」




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