第03節
当初は馬を用意するつもりでいたガイナーであったが、ライサークに「馬では山に入ってしまえば厳しくなる。それなら竜のほうがいい。」と勧められて前足竜の方を選んだ。
テラン大陸では馬の使用が一般的なものではあって、前足竜はそれほど数があるわけではないが、全くないというわけではない。理由は用途にある。
馬のほうが速度的には前足竜を圧倒する。王都内や平原を進みゆく場合、馬を選ぶことのほうが多い。飼い葉に関しても前足竜は馬よりも多く必要とするので、荷物量も大きくなってしまう。しかし、悪路に関しては前足竜の方に分があることと、飼い葉においても現地調達できるのであればそれほど気にする必要もない。
ガイナーたちはこれよりクリーヤの山々を再度抜けていく道を進むことになる以上、前足竜の調達する、という選択は必然ではあった。
前足竜は全部で三頭用意していたのが幸いした。元々ガイナーとライサークが一人で騎乗し、エティエルとフィレルが二人で騎乗するつもりでいたが、カミルとの再会により、急遽乗り合わせの変更を余儀なくされたのだが、ここにきて少しばかりガイナーに戸惑いを生じさせてしまう事態が起こるのだが。
それぞれの前足竜に移動中の水と食料、前足竜の飼料を鞍の後ろに用意された荷鞍に乗せると、カミルの乗る前足竜の後ろにライムが何も言わずに飛び乗る。
カミルは慣れた手つきで手綱を捌いて前足竜を手なづけていく姿に、ガイナー達も心の中で拍手する気分になっていた。
フィレルが手綱を握ると、その後ろにライサークが乗る。
ガイナーは前足竜を一旦屈みこませてから、エティエルの手を取り鞍を横に座る形にして乗せてから、自身も騎乗する。
「エティエル、振り落とされないように気を付けて。」
背中に手を添えていたエティエルはガイナーの言葉に小さく頷くと、ガイナーの腰に腕を回す。
「!!?」
ふとしたエティエルの行動にガイナーの心臓が一際大きく鳴るのを感じてしまっていた。
これまであまり意識することはなかったが、エティエルに密着された状態でいるということが、どのようなことになっているものなのか、今更ながら気づいたガイナーであった。
「エ、エティエル・・・」
おそらく動揺の色を隠しきれない表情のまま、背後の少女に顔を向けるも、少女のほうはそのことに気に留めていないのか、きょとんとした面持ちで小さく首をかしげている。
少女にとってはとかく意識している様子も見られず、ただガイナーは苦笑いのままほかの前足竜の様子を伺うも、その一部始終をあろうことかフィレルに見られていたとき、口には出さずとも「しまった。」という表情を露わにしてしまっていた。
彼女のニマニマといった砕けた表情に目を合わせてしまうと、ガイナーとしてもどんな顔をすればいいのかわからずにいる。それがまたフィレルにとっては一層破顔してしまい、ライサークに窘められるまでしばらく何も出来ないくらいでいた。
反面、フィレルとしては“最高の御馳走をいただきました”と言わんばかりの笑顔を見せていた。自ら招いたことでもあって、背後の少女を咎めるわけにもいかない。それだけにどうにもガイナーとしてはやるせない。
「と、とにかくだ。
さ、さあみんな、出発しようか。」
あからさまに上擦った声音が隠し切れないままガイナーは手綱を振る以外になく、王都を後にするにはどうしても締りの悪い感じが拭えないものが、ガイナーにうっすらと残してしまっていたものの、かくして王命を受けた一行は重厚な門扉を抜け、王都の門番に「ティーラのご加護を。」の旅人への常套句を告げられると、アファを目指すべく手綱を振り駆けだしていく。
クリーヤの山道に差し掛かるまでの間は幾度も並走していく様子があったものの、一昼夜走り抜けて山道へと入っていく頃には縦一列に隊列を組みながら、前足竜はその健脚を如何なく発揮して湿原から山道へとぐんぐん進んでいく。
途中、魔獣と何度か遭遇したものの、ここに至ってはある程度の戦闘の経験の高さがものを言う。ライムが気配をいち早く察知してくれたことで、群れに囲まれるということは回避することが出来た状態で、ガイナー達はとかく危ぶむこともないままに魔獣の討伐をやってのけていく。既にオークやサーノイドの残党軍に遭遇することもなく、おそらくサーノイドの軍勢はラクローンから完全に撤退したと推測できた。
それらの事案も含めても思いの外、ガイナー達の進む道は当初の予定よりも順調なものであったといえる。一行の中でエティエルは元はといえばこの山にあった集落で生活を営んでいたこともあり、フィレルに関してもラクローンに来るまでの間はこの山中でレジスタンス活動を行ってきた。ライサークとしても同様であり、土地勘のある者が半数を占めているのであればそれほど厳しいものではない。それ等の事由もある上で、山道での幾度かは点在していた空き家で夜露を凌ぎ、雨で足止めを食らったことも僅か二日で済ませることが出来たのは幸いなことだった。
山道も既に半ばを過ぎ、あと少しの所でアファへと辿り着くという位置にまで来ていたガイナー達は、それほど暗くなる少し前で一度前足竜を休ませるべく、見通しの良い場所で今夜のキャンプを張ることにする。
「カミル、少しばかり付き合ってくれるかい?」
「わかった。付き合うよ。」
ある程度のキャンプの支度が整ったガイナーの手には二本の棒があったことに、カミルはガイナーの意図を察する。
ガイナーは棒の一つをカミルに投げ渡すと、自らも手にしてカミルと少し距離を取って向き合う。
カミルもまた受け取った棒を一度軽く振った後、手にして構える。
二人が手にしていた棒とは、剣の手合わせをするためにガイナーが予め王都にて用意していた木剣であった。
メノアにいた時、二人は幾度も手合わせを行ってきた。
その結果は、ガイナーにとっては散々たるものであり、わずかに押した時はあれども、ただの一度も白星をあげることが叶わなかった。
ガイナーに剣の腕前が全くないというものでもない。メノアに限定していえばガイナーに適う者たちは一人を除いては誰一人としていなかった。
しかし、銀髪の青年はその上を軽く飛び越えてしまっていた。それだけカミルの剣技の凄まじさが伺える。
ガイナーとてカミルと行動を別にしてから何もなかったわけでもない。事実、これまで襲い来る魔物、魔獣を自らの剣で屠ってきた。サーノイドの兵士とも幾度も戦ってきた。
それだけにカミルと再会した折には、青年と相対して自分はどこまでやれるのか。という部分を色濃く残していた。
「へぇ、面白そうね。」
木陰で憩いながら、フィレルたち女性陣は二人の様子をじっと眺めている。
二人は距離を置いて対峙する。途中、右に左にと揺さぶりながらお互いの動きを見極めるべく、しばらくの間睨み合いがつづく。
「動かないね。」
「どうしたのかしら?」
「・・・お互いの出方を探っているんだろう。」
二人の手合わせの観戦に水を汲んできたライサークも加わると、やや緊迫した空気が生み出し始めていた。
『ガイナー、見ないうちに随分と力をつけたみたいだ。それなら・・・』
ガイナーの構えを見据えながら、カミルは対峙する相手に対し、わざと隙を作って見せた。
「っ!!?」
ガイナーとて隙を生じたのがカミルからの誘いであることは熟知している。それでも敢えて一気にカミルの間合いへと飛び込んでいく。
ガッ!!!
ガイナーの仕掛けた横薙ぎをしっかりと読んでいたカミルは、即座に剣で打ち返すと、ガイナーの剣を振り払うように斬り上げると、すかさず軌道を変えて振り下ろす。
カミルの剣技は鋭い剣速で軌道を変えて斬りこんでくる斬撃を旨とする。
ガイナーを剣で受けながら時には躱し、時には受け流しながら振り切った先に突如として剣の軌道が変化しあり得ぬ方向から剣閃が襲い来る。
シュッ!!
ガッ!!
シュバッ!!!
カッカッカッ!!!
ガイナーもカミルの動きに辛うじて付きながら、剣を振りぬきざまに突きの軌道へと斬り変えていく。
シャッ!!
カッ!!カシッ!!
カツーン!!!
剣が風を切る音と、木と木が打ち合う小気味よい音を響かせるも、二人の動きはそれ以上に凄まじさを増していく。
ガイナーが激しく打ち込んでくるのに対して、カミルはその剣を身一つで流し、隙間を縫うかのように斬りこんでくる。
ガイナーもカミルの斬撃を剣で受け止め、時には身を捻らせ、時には蹴りで足を払おうと剣以外の動作でカミルへと反撃の隙を与えぬように繰り出す。
一方のカミルもガイナーの動作に合わせて対応する。
「・・・・・すごいわね。」
想像していた以上に二人の打ち合いは徐々に激しさを募らせてゆき、次第に観戦する方も思わず息を呑む。
幾度の打ち合いの後、二人は一度間合いから離れ、態勢を整える。
「ガイナー、随分と腕が上がったようだ。」
「ハハ、まだまだこれからだぜ。」
呼吸を整え、再び二人は打ち合っていく。激しい攻防はそれからもしばらく続き、いつまでも決着がつくことのないのではないかとも思われる矢先のことであった。
「たあぁぁっっっ!!!」
「くぅぅっっ!!!」
バキィィィッッ!!!!!
二人が振りぬいた渾身の一撃ともいうべき互いの一振りは、先ほどまでと同様に剣と剣がぶつかりあうも、互いの剣は二人の膂力に耐えきれずに、握りを残して原形を留めぬほどにバラバラの木片へと砕けて弾け飛んでいった。
双方の得物が失われたことによって手合わせは終了を迎える。
「ハァ、ハァ・・・さすがだ、カミル。」
「いや、ガイナーも見違えたよ。」
「ハハハ・・・だろ。
って、あれ?」
しかし、突如としてガイナーはその場で膝から崩れてしまう。
お互いに木剣を失わせたことで痛み分けというものではあったが、実際に最後に立っていたのが銀髪の青年の方であったことが、勝敗を分けた。
「大丈夫かい?」
「ハァ・・・ちぇっ、今回も俺の負けかな・・・」
崩れた体制そのままにガイナーは仰向け倒れて斜陽に変わりつつある空を見据えながら呟く。
「でも今回は僕もどうなるかわからなかった。それだけガイナーの腕が上がったんだよ。」
そう言ってカミルは倒れたままの少年に手を伸ばす。
目の前に横たわる黒髪の少年を見据えてカミルは村にいた時の少年と重ねてみる。
ほんの少し見ない間にここまで精悍な顔つきに変わったという実感が生じている。
それが青年にはどこか嬉しくもあり、その変貌ぶりの背景を耳にしていたことで、どこか神妙な部分も隠せずにいた。
「へぇ~ガイナーも大概だと思っていたけど、カミルってすごいわね。」
素直な感嘆を漏らすフィレルに耳にしていたライムはどこか得意げに鼻を鳴らす。
その横でふと赤目の傭兵も僅かに嘆息する。
「ねぇ、ライサーク。あなたもカミルと手合わせしてみたらどうなるのかしらね?」
「そうだな・・・まぁやめておくのが無難かもしれんな。」
「へぇ、やっぱりそれほど凄いんだ。」
「それもあるが・・・」
ライサークの胸中には自身と手合わせをしてみたらという考えよりも、二人の実力の伯仲した動きに意識しているところである。
メノアで出会った頃は二人の実力はライサークの目から見れば歴然としたものがあるように見えた。
だが、先ほどの手合わせを見る限り、随分と差が縮まっているのではないかとも推察される。
やはりサーノイドとの戦いを経験してきたことで、ガイナーの潜在的に持ち得ていたものが底上げされてきている。
「まぁ少し危なげなものは持ったままなのかもしれんが・・・」
誰に言うのでもなく、ライサークは独り言ちるに留まった。
それ以上に、生じてしまった妄言とも取れてしまうものに自らを嘲笑う。
目の前の二人が刃を向けあうのではないかということに。
ガイナー達がアファの王都に入ったのはそれから三日後のことだった。