第18節
テラン大陸、別名中央大陸とも呼ばれる大地で、ライティンたちに僅かに残された東岸地帯、その中心をクリーヤの山々が遮るように聳えるも北はラクローン、南はアファという国家によって形成され現在に至る。
かつては多くの人類が文明を築き上げてきた中央部は、もはやその名残が残されるのみであり、周囲一帯は広大な砂漠が広がり、人が営むにはあまりにも過酷な地となり果てている。平原との境界線において、未だに人類は戦いを繰り広げ、新たな爪跡を生み出そうとしている。
不毛地帯、ズィーグ砂漠を越えて数年前より襲来した魔物の軍団を相手にライティン側、アファの騎士達は侵攻を阻止すべく戦闘を繰り返してきていた。
かつての城砦の跡地を改築し、堅牢と呼ぶに相応しいまでに様変わりした城壁を盾にした戦術を取り入れることで、魔物に対して優位性を確立していたものの、魔物と騎士達の攻城戦は一年を通じて、実に百を優に数えるまでに至る。
高い城壁に護られたものであるも、度重なる戦闘によって常駐していた騎士たちだけでの対応ではもはや疲弊しきってしてしまい、ここ数年に渡っての戦闘によって士気と体力はもはや限界を迎えようとしていた。
王国では戦力の強化を図るべく、傭兵や冒険者達から戦士を募らせて、ある程度の人員は確保することは出来たものの、結局のところ攻撃の頻度が変わったわけではないので、徐々に力は削がれはじめていくも、魔物の攻撃もそれほど規模の大きなものというわけでもなく、どちらかと言えば単調なものであることが多く、そのことが今のところ幸いしているという部分もあって、現状を保っているという事実が残る。
しかし、いつ大攻勢が行われるのかという恐怖と、このままの状態を維持出来得るという期待感が兵士たちの間でせめぎあうことでより過度な圧力を精神に負荷させてしまっている。
今年に入って百と何度目かの数を数えてきた戦闘を繰り返したのちのある日、アファ本国より長蛇の列となった荷馬車の一団が近づいてくるのを見たことで、砦の兵士諸々は歓喜に沸いた。
本国からの荷馬車の集団となれば、多くの支援物資を満載させた輜重隊がやってきたのだという考えが脳裏を占めていたのだが、先頭で指揮を執っていた者の声を聴いたとき、皆の動揺と怪訝の声が辺りを包み込んでいた。
「誇りあるアファの兵士、戦士の皆様方、御役目大義でございます。」
「「!!?」」
「お、おい、誰だあの娘は・・・?」
「ここは子供が来ていい場所じゃねぇぞ!!!」
砦の兵士の幾人かは、アファよりの輜重隊を率いてきた者を見て驚きを隠せないものもあり、中には場違いな雰囲気に罵声、嘲笑の声が上がるのも少なくはない。
周囲をざわつかせていた当人は、まだ幼さの残る少女であった。ほんの数か月前に自身の家名と門地を引き継いだばかりであったため、少女の知名度は皆無に等しいのかもしれない。砦に駐留する者たちが知ることがないのも無理からぬことである。
髪は見栄えのよい金色の髪をちょうど頭の後ろで白い大きなリボンで束ね、なおも腰にまで伸ばしている。瞳の色はライティンには比較的多い茶色。肌は色白で、もし貴族の婦人よろしくドレスを身にまとう姿を見せたのであれば、一国の姫君としての扱いに近い歓待を受けていたのかもしれない。しかし少女の出で立ちは、騎士の軽装に近い装束で身を包んでいる。彼女自身、自らも率先して動かんとする意図の表れではあったが、年端のいかない部分が強く残っているのか、どうしても軽く見られてしまう傾向は否めない。
しかし少女の名乗る家名の知名度はアファ全土に広まっていても不思議ではないものであっただけに、自らをマルキース・リーザライド・フォン・ファラージュと名乗ったときには、周囲の雰囲気は一転させていた。
少女の家名、ファラージュに冠するマルキースの称号を耳にすると、たちどころに平伏する姿勢を取り始める者、理解できずにありながらも周りに流されるようにする者、何事が起ったのかも未だ理解できぬ者も中にはいたが、それはほんの一部に過ぎず、それを見た者が慌てて頭を押さえつけてでも平伏させていったほどである。
ファラージュとはアファの開闢以来の家名であり、いくつかある諸侯の中でも最古参の家柄であるともいえる。
代々の国王を12からなる諸侯よりそれぞれ選出する制度を布くアファで、国王をファラージュより選出された人数も決して少なくはない。
そういった家柄を継いだことにより、名前の先に“マルキース”が冠されたことは、リーザという少女がそれらの諸侯に名を連ねているという証でもある。
その家名の前では並の貴族であればまだ許容されるであろう態度も、本人によって“不敬”の罪科が科せられたとしても弁解の余地がないほどである。
兵士たちの平伏の姿勢に眉をわずかに落としながらも、リーザは態度の軟化を促す。
「そう畏まらないよう願います。此度、私がここにやってきたのは皆さまの為にこれらの物資と食料をお届けするためのこと。もちろん酒や肴もご用意させていただいております。」
本来、定期的に本国より輜重隊はやってくることになっているが、リーザが率いてきたそれは、正規のものとは異なり、ファラージュの私財を投じてのものであった。
その言葉を聞いて、砦の兵士たちは皆目の色を輝かせ、一転して歓喜に包まれる。
皆が連日の戦闘で疲弊してしまっていたためでもある。
「すぐに食料や医薬品を倉庫のほうへ。酒と食料の一部はここに残して皆にお配りして下さい。」
リーザが輜重隊に指示を出していくと、本国からの兵士たちはすぐさま動き始める。
「少し砦を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」
「は、はいっ。こちらへどうぞ。」
近くにいた兵士にリーザは声をかけると、兵士は襟を正しながら砦内部へと先導する。
「ここが前線なのですね。」
城壁の回廊を歩きながら、リーザは今立つ場所を自身に明確にさせる。
魔物との戦闘は、これまで経験してきたというほどの回数があったわけではないが、ゼロではない。だが、戦争となると意味合いは異なり、当然ながら経験したことは皆無である。
一体どれほどの人と魔物が入り混じっての戦い、剣戟を繰り返し、どれほどの血が流れ、命を散らしていくのか。想像に難くはあるも、これからも戦いが続いていく現状はリーザの心中に重く圧し掛かろうとしていた。
「リーザ。」
ふと名を呼ばれたことで我に返り、声のするほうに顔を向ける。
声の主はリーザよりも今少し年上の女性の姿。
濃い目の蜂蜜色をした髪を背中に届く程にまで伸ばし、ライティン特有の濃い色の茶色をした瞳を有し、凛とした雰囲気をただよわせているも、まだあどけなさを残す顔立ちを残していた。
「サリアさん!」
思わぬ場所での知己との再会にリーザはこれまでの暗い心境を拭い去らせ、年相応の無邪気な笑顔をサリアに向けていた。