第11節
穏やかな波間の光をうけて港は静かな佇まいを映し出していた。そんな中に流れてくる竪琴の調べがあった。
風に乗って流れてくる調べに町の人々は時には手を止め、足を止めて聞き入っていた。
街中で竪琴を奏でるのは一人の青年であった。
その風貌は手に銀色に美しく装飾された竪琴を抱えていることから吟遊詩人であろうことが見て取れた。体つきはどっちかといえば華奢なほうで少しでも強風が吹いたのならたちどころに飛んでいってしまいそうなほどではあったが、顔立ちは羽飾りのついた広つばの帽子を目深にかぶっていたためか表情まではわかりにくいものの、翡翠のような濃い緑色の流れるような長髪にそれに見合うほどの端正な顔立ちがうかがえた。誰もがまるで女性ではないかとも思ってしまうほどに。腰には護身用であろうか、細身なれど帯剣している。その青年の前と通り過ぎる女性は必ずといっていいほどその青年のほうに一度は顔を向けてはその顔を上気させていたほどであった。
そんな青年に向かって一人の男が近付いて言葉を発した。
「お前が俺に依頼をしてきたものか?」
男のほうは黒髪でその体つきは吟遊詩人の青年とは正反対に十分に鍛え上げられたような太い腕を露にしている。とはいえ筋肉で固められたというイメージはなく、むしろその体躯に必要な分だけの筋肉がついているといった感じでもあった。
だが、その男が印象付けられるのはその体躯ではなくその顔にある二つの瞳のほうだった。
両目とも血の色をした赤い瞳。その鋭い隙のない瞳は吟遊詩人に向けられていた。
男が来るのを待っていたかのように青年は竪琴を止め帽子をとり、男の瞳の色とは対照的な翡翠のような瞳を向けた。
「その通りです。お待ちしていましたよ、ブラッドアイ」
「わざわざギルドに俺を指名してきたほどだ、よほどの依頼なんだろうな?」
「そうですね、これはあなたでなければとてもこなせるものではないでしょう」
「いいだろう、用件を聞こう」
よほどの自信があったのだろう、赤い瞳の傭兵は依頼内容をたずねた。
「依頼というのは私の護衛です。私はこれから樹海へ行きたいのです」
「樹海だと!?」
傭兵は一瞬表情を変えた。樹海とはアファ平原の東にある広大なジャングルを指す。
「何の用でそんな場所に行く?」
「詳しくはお話できません、それでも私は樹海に行かなければならないのです」
傭兵はしばらく考えた末に、結論を青年に述べた。
「いいだろう。それが依頼というのであれば引き受けよう。だが勝手に俺から離れて動くようなことは慎んでもらうぞ、そうでなければお前の命の保障はない」
「承知していますよ」
契約は成立した様子で、二人はお互いに名乗り始める。
「俺はライサークだ。まぁブラッドアイでもかまわんが」
「私はアルティースです、ではライサーク殿、参りましょう」
二人は港の佇まいをあとに平原に向けて歩を進め始めた。