第07節
「さあついたわよ。」
ロミアと呼ばれた女性に連れられてやってきたのは、やや離れたところに位置する小さい建屋であった。
「??…ここは?」
建物を経てから背の高い板の塀で隣接するやや広めの敷地が囲われている。
そこからは、白い靄のようなものが止め処なく立ち昇っているのが見えていた。
「こっちよ。」
ロミアと共に建屋に入り、塀の内側から敷地を見渡してみる。
そこは中心に大きな穴が掘られてあり、穴からは外から見えていた白い靄が止め処なく噴出しているかのようだった。
穴の周囲を別の岩で縁取られており、別の場所から引かれた管のようなものから大量のお湯が穴へと注がれていた。
「ウフフ…見ての通り、ここはお風呂よ。お・ふ・ろ。」
「お風呂?…こんなところに?」
ロミアの言葉にライムが不思議に思うのも無理からぬことではある。
このような洞窟の奥まった場所にお風呂みたいな施設があるなどと、普通に考えればあろうはずもない。
「ね。面白いでしょ?
ここはね、付近の地中からは熱いお湯がずっと噴出す場所があるの。私達はただここまで流れ込ませるようにしたら、こうなったってわけ。」
「地面からお湯…」
「バスタブを用意してそこにお湯を入れるというのも考えたんだけれどね。
折角だし、こっちのほうが面白いかな…って♪」
「へぇ…」
「トレイア地方の一帯は荒地と火山帯がほとんどだからね。
多分、このお湯が出るところもそういった場所の恩恵ってことね…」
「火山…」
ロミアの説明にライムはそれほど理解が出来たわけではない。ただ、目の前にお風呂となっている場所があるという事実が少女を不思議な気持ちにさせていた。
「やっぱり女の子はお風呂に入ってさっぱりしなくちゃ。
でないと休息なんていえないもの。」
そう言ってロミアは心躍らせるようにライムに語る。
「・・・・・」
「…ってこんなところで長話してないで、さぁ入って入って…」
「え?…えぇ?」
「このままお風呂に入るわけじゃないんだから…
ウフフ…それじゃぁ…♪」
「ふぇ?」
一度建屋に戻ると、ロミアはライムの着衣に手を掛け、その全てを手早く脱がそうとする。
「え!?
キャッ…!!
じ、自分で出来るから…」
「あら、そう。」
自身の着衣を脱ぎ始めていくロミアはどこか残念な面持ちではあったが、対照的にライムは複雑な表情を隠せないでいる。
「うぅぅぅ…」
何故自分がこんなところにいるのだろうか?
いつのまにか二人して素肌を全て晒した格好になっていることに、思わず赤面させずにはいられないでいた。
そのあとの行動はあまりにもの為すがままにされる様で、ライム自身呆気にとられるばかりでもあった。
バシャァッ!!
「プハッ…」
ひととおり髪と身体を洗われた後、身を強張らせてしまっていたライムであったが、頭からお湯をかけられてほんの少し緊張が解けたように見えた。
「はーい、綺麗になった。
あとは髪を綺麗に梳いてあげるね。」
「うん、ありがとう。」
ロミアはそのまま少女の濡れ髪を丁寧に梳きながら、ロミアはライムの常人とは異なる尖った耳の裏に目を向ける。
髪の毛と尖った耳によってやや隠された形ではあるも、ライムの耳の付け根辺りから、小さいながらでも銀色に輝くものが突き出されていた。
「・・・・・・」
それを目にしたとき、不意に髪を梳く手を止めてしまっていた。
「?
ロミア?」
「え?
ああ…ごめんね。
あんまりライムの髪が綺麗だったからね。
それに…」
少しばかり声が上ずっているのを自覚しつつも、それを揉み消すかのように悪戯っぽい笑みを浮かべると、ロミアは髪を梳く手を肩口から背中へと白い肌に指を這わせながら耳元で囁く。
「肌だってとても綺麗…
羨ましいわね。」
「ひゃぅ…!!!?」
突然さらりと肌に触れられた上に、耳元に感じられた吐息に思わず嬌声を上げてしまう。
再び身を強張らせたライムは、「何をするの?」と言わんばかりにやや恨めしげな目をしながらロミアの方に振り向く。
「あはは…ごめん、ごめん。驚いちゃった?」
「うぅっ…!?
い、いきなりなんだもん…」
「いやぁ…あんまり可愛かったものだから、つい、ね。」
「でも…ロミアだって、肌は綺麗だし、その…」
やや頬を紅潮させながらライムの視線はロミアの胸元に注がれていた。
自分よりもはるかに女性らしさを強調させるかの如くあるその部分は、男性のみならず同じ女性であったとしても、羨望の眼差しであふれるに違いない。
「フフ…ありがと。」
ライムの視線にロミアも素直に応えた。
二人じゃれあう様なやり取りもそこそこに、ロミアはただ黙って少女の髪をやさしく梳いていった。
少女もまたロミアの指先を髪に感じながら目を細めていた。
「さあ、あとはゆっくりとお湯に入って温まりましょ。」
「うん。」
ロミアに手を引かれながら、二人はお湯の入った岩の窪みに身体を浸ける。
「あったかい…」
初めは熱く感じられたお湯も身体を浸からせるにつれ、じんわりと温度が肌を経て内側に伝わってくる。
一時は緊張して強張った身体ではあったが、氷が融解するかのように解れていくのを感じられたとき、ライムもまたこの場を楽しむ心持ちを持たせることが出来始めていた。
「ふぅ…」
「…
ねぇ、ライムたちはどこから来てどこに向かおうとしているのかしら?」
「え?」
「ヘクターを助けてくれたのは成り行き…というか偶然なんでしょ?ライムたちには別の目的があると思うんだけど。」
「そう…だと思う。」
「思う?」
あやふやな表現にロミアは首を傾げる。
「私…目が覚めてからの記憶ってないの。」
「記憶が…!?」
「うん。」
ライムは手のひらにお湯を救いとる。
湯はライムの伏し目がちな表情を一瞬だけ少女に見せると、瞬く間に指の隙間から零れていく。
ロミアもライムの様子に言葉を詰まらせずにはいられずにいた。
「ごめんね。まさかそんな事情だったとは思いもしなかったから。」
「ううん、いいの。
だからこういう事もなんだか新鮮って言うか…
今ここにいるっていうのがなんだか素敵なことだな、って思うの。」
ロミアに向けるライムの表情ははにかんだものではあるも、どこか影を落としているようにも見えた。
「そうね。私もライムと会えたのは嬉しいし、素敵なことだって思うわ。」
「うん。」
「ふぅ…もう少しだけ暖まっていきましょ。」
しばらくの間、ライムとロミアはお互いに笑顔を浮かべたまま、身体を湯に浸かりながらの一時を過ごした。