第02節
かつて栄華を誇ったであろう都市の名残を黒衣の騎士ダッドと副官であるアリストは歩き進む。
「砂漠の中にこれほどの規模の都市があったとは今まで知りませんでした。」
周囲を見渡しながらアリストは言葉を漏らす。
「大戦があるまではこの辺りは砂漠ではなかったというからな。
まだ知らない都市の名残がこの砂漠のどこかにあるのかも知れんが、おそらくここは最大規模のものだったのだろう。」
「??
なぜそんなことがわかるのですか?」
「見よ。」
副官の感嘆と疑問にダッドは応えながら、城の後背に視線を促す。
「おぉ…」
大陸のほぼ中央にあるこの拠点の背後にはテラン大陸の中心とも言うべき位置に連なる高い山々の影が映し出されている。その中でも特にラウナローア最高峰でもある霊峰アーシアの山影が城の中心に当てはまるかのように映し出されていた。
霊峰アーシアの許にあってここが権勢の中心とも言うかのように。
「…なるほど、わかります。
これほど雄大なアーシアの姿を見られるのはここ以外にないというくらいですね。」
「かつては相当な栄華を極めた種族の都市だったのだろう。」
二人は一時霊峰アーシアの雄大さに目を惹いた後、眼前の城の中へと入っていった。
これまで数多くの出撃を繰り返したはずであろう場所とは到底思えないほどの光景が城の中からは窺える。
城内には魔物の気配などはなく、外観からの荒廃さなど微塵も感じられないほどに整然と、荘厳な雰囲気が醸しだされている。
ここだけは戦とは無縁の場所のように。
「こんな砂漠の中に一体どうやって…!!??」
数多くの調度品や砂漠の中ではあろうはずもない花や木々に彩られたその内部は栄華を誇る貴族の邸宅、或いは王族の住まいを思わせるに十分なものだった。
「驚きました。まさかこれほどの整理の行き渡った場所になっていたとは…」
「…そう見えるか?」
「え?」
長い廊下に点在する調度品を横目に進んでいくと、巨大な扉に差し掛かる。
その扉の先は玉座の間となっており、玉座は一段高い位置に置かれている。
床に赤い絨毯が扉から玉座までまっすぐ伸びて敷かれており、その間にさえぎるものは何もない。
最奥部にある玉座に腰を据える者がいることを目にしてから玉座へと歩み寄る。
部屋には玉座にある者と、壁際と玉座の背後に侍女らしき者が常に控えている様子が窺える。部屋の半ばほどで副官のアリストは立ち止まり、ダッドはいま少し先まで歩を進めると玉座の数歩手前で立ち止まり、玉座の主に一礼する。
「御無沙汰いたしております。レクサウス殿下。」
玉座の主は肘を付いたまま黒衣の騎士の姿を一瞥すると、サイドテーブル上に置かれた血の色のした酒を注がれたグラスを手に取り、一度芳香を嗜んだ後に口の中へと流し入れる。やがて、飲み干したグラスを再びテーブルに置いてからほんの僅かに口角を上げてダッドに応えた。
「随分久しいではないか、ダッド。」
玉座にある者は真っ白な髪を長く伸ばし青白い肌をした細身の男で、切れ長の目に口に濃い目の紅を引いていることがより一層病的に青白い肌の色を際立たせている。
「お前がここまで来るという事は、よもや兄上に何かあったのではあるまいな?」
「御懸念無用に。リューヴァイン様におかれましては御壮健であらせられます。」
不適な表情のままのレクサウスを前にダッドは静かに見据える。
「ではなぜ兄上のそばを離れぬそなたがここにある?」
「御自身が良くお分かりのことではないかと存じますが?」
ダッドのレクサウスを見る眼差しは鋭いものへと変わりつつあった。
レクサウスは意に介することもない様で背後に立つ侍女にグラスを満たすよう促す。
しばし黒衣の騎士の姿を覗き見た侍女であったが、恐る恐る手にした瓶に入った酒をグラスへと注いでいく。
注ぎ終えると一礼して再び元の位置へと後ずさっていった。
「…私がここに参ったのは殿下の口よりアファへの戦況を伺うため。
すでに殿下がクレイドを発たれて随分の時が過ぎられました。
現在どのような状況かをお聞かせ願いたい。」
対峙するダッドの表情を見据え、レクサウスは開き直ったかのように口を開く。
「思った以上にライティンの奴らの城壁は堅固なものなのだ。それゆえにオークを尖兵にして戦わせている。こちらとしても徒に兵力を失うわけにはいかんのでな。
間断なく攻撃を続けていればライティンの奴らに城壁があるといえど、そのうちやつらは疲弊して自滅するだろう。
我らはそれを待てばよい。」
「…それでオークばかりを送り込んでいると?」
「その通りだ。魔物どもなどいくら使い捨てたところでこちらにどれほどの損害があろうか??」
レクサウスの言にも一通りの道理を見るダッドではあるも、一度目を閉じてから再び玉座の主に向けて問う。
「或いはそうかもしれませんが、それではいつになればアファは陥ちましょうか?」
「そう遠い未来のことではあるまい。」
「それは些か認識が甘いのではありませんか?」
「何…!?」
「昨今の状況はこちらも伝わっているはず。
ラクローン方面にありましたドミニーク公においては戦線が崩壊し、拠点も失ったとのこと、こちらも同様のことが起こり得ないとは考えぬわけにはいきますまい。」
「弟のことは聞いている。どこまでも失態を続けてくれる…」
やや苦虫を噛み潰したかのような表情を一度垣間見せるも手にしたグラスの中の液体を口に含ませて表情を戻す。
「レクサウス公、私が参ったのはアファを陥とさんがため。王命にてこの拠点にある戦力を私の指揮下に置かせていただく。」
「何だと…
貴様、誰に向かって…」
「王命と申し上げたはず…
ラクローンが崩壊した以上、こちらはどのようなことがあってもアファを陥とす。
それこそがリューヴァイン様の御意であり、そのために遣わされましたゆえ。」
一呼吸以上の沈黙が玉座の間の空気を張り詰める。
「…フン、まあよかろう。兄上の命とあらば逆らうわけにもいかぬであろうしな。
ここのやつらなど好きにするがよい。」
「承りました。公におかれましてはどうぞこちらにて督戦いただきますよう。
私としてはあまり嗜好の好いものとは到底思えませんが…」
「ほぅ、貴様にはこれがどのようなものかはわかるまいて。」
形式ばった一礼を施して黒衣の騎士は踵を返し玉座の間を後にする。
「まったく兄上もここに来て私の邪魔立てを…」
レクサウスはダッドの姿を見送った後に苛立ちをこめて独りごちる。
「このままライティンとの戦争を終わらせればいいものを…」