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FINAL MASTER  作者: 飛上
ACT,01 辺境の禁忌~Taboo~
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第10節

ゴブリンの襲撃からまた数日が過ぎた。

村の被害はそれほどではなかったものの、ゴブリンの死体の始末が難を極めているのが現状だった。

全ての死体を焼き払うことが終わると壊れた柵の修復とを行って、ようやく村は平穏を取り戻した。

だがガイナーの心境は村のように平穏になりえはしなかった。あれからずっとあの声が気になってしまっていて、どうにもならないでいた。

「やっぱり何かが、この村がというわけじゃない、この世界に何かが起ころうとしているんだ・・・」

それはほんの一言の呟きにすぎなかった。

しかしその呟きを聞いた銀髪の青年によって答えは返ってきた。

「でもなんだったんだろうね?あの時聞こえた声は?」

随分長い間考え事をしてしまっていたのだろう。カミルが隣にいることにまったく気がつかずにいた。

だがそれよりもカミルの言った言葉をしばらくの間、脳裏に反芻させていた。


「!!?

ちょっとまってくれ!!あのときの声って・・!!???」

ようやく頭の中を整理するに到ってからカミルに問いかける。

頭の中に響いてくるようなあの声をカミルも聞いていた。確かライサークには聞こえていなかったはず・・・

空耳と思っていたことがカミルの一言で現実味を帯びてきた。

「全てが終わる・・・」

それが何を意味しているのか今のところ誰も知る由もない。

しかし、世界はガイナーの意思とは無関係に大きく変わろうとしている。

アファへの魔物の攻撃、サーノイドの出現、封印されていたもの、そしてその封印を解こうとしていたものの存在。

「きっと、世界で何かが起ころうとしているんだ」


「だったら俺は、俺に何か出来ることがあるのなら、やってみたい・・・」

「ガイナー・・」

それはガイナーのある意味決断の時だったかもしれない。辺境で育ち、何も知ることがなかったことに対して封印の洞窟から戻ってから、自責の念が積み重ねられていた。

それもガイナーの運命が大きく変化してゆこうとする一つの兆しでもあっただろう。そしてそれは隣にいた青い瞳の青年にも同じことがいえるのだった。


「この村はどうするんだい?」

カミルにはガイナーの意図が理解できていたのだろう。それゆえにアンチテーゼとなることを敢えて投げかけてみた。

「ここには自衛団のみんなもいる。

大丈夫さ」

その答えは、ガイナーが旅立つ決意を固めているということだった。その答えにカミルもまた一つの決意をあらわにする。

「ガイナーが旅立つというのなら、僕も行くよ」

「カミル?」

「それに、一人より、二人いたほうが何かと協力し合えるというものだよ」

カミルの言うことも正論である上に、本心からいえばこれほど心強いことはなかった。

「ありがとうカミル、助かるよ」

それは純粋な感謝の気持ちでもあった。

「でもその前に旅立つ準備をしておかないとね」

そういったままカミルは再び自衛団の若者達の中に入って行き、剣の手ほどきを再開し始めた。


「準備か・・・そうだよな・・・」

ガイナーもまたカミルの意図を察したのだろう。ガイナーからすればこの村を離れるということはカミル以上に見知った者達との別れをしなければならないということだ。それはこれまで過ごした家族同様の人たちを残していくということでもあった。


「旅立つのか・・?」

「はい・・・ここの役目を果たさないでいってしまうけど・・・」

「決意は変わらんか・・」

「あの時、洞窟の奥で聞こえた声が頭から離れられません。

きっとこの世界に何かが起ころうとしているのかも、いやきっと起こっているのかもしれません。ただ、自分に何かが出来るのかはわからないけど・・・」

一呼吸置いた後に決意を表す。

「自分に、出来ることをやってみたいと思います」

ガイナーの表情に決意の現われを見たのだろう。

「わかった、世界を見てくるのもお前のためになろう」

「それじゃ!?」

「まずアファに行くがいい。アファのラウス殿を訪ねてみればよかろう」

「ラウス?」

「現在のアファ国の司政官であり、魔導師でもある方じゃ。その方ならば何かと力になってくれよう」

「アファか」

「私から指し示してやれるということはこれくらいじゃて・・」

「ありがとうございます。ジェノア様」

「フォフォ・・ばか者、こんなときだけジェノア様か!?」

ジェノアの許可を得ることが出来た。何においても長老であり、育ての親である。彼の許可がない限りはたとえガイナーが決意しようとも飛び出すわけにはいかなかった。


準備の為に出て行ったガイナーの背中を見つめてジェノアは謝罪とも悔恨とも言うような表情をみせていた。

「許せよ、これが運命やも知れぬ・・」

その言葉が何を意味するのか、このときジェノアは胸のうちにしまい続けた。


「そう、旅に出るの・・」

酒場に旅に必要な道具一式を求めにやってきたガイナーにテナは少しさびしそうに言った。

「しばらくの間さ、俺もいろんなところを見てみたいって思ったからな」

封印の洞窟での言葉はもちろんテナには伏せていた。そういってテナに出してもらった果物を蜂蜜で漬け込んだものを水で割った飲み物を口にする。

「まぁ、ガイナーがそう決めたのならそれでいいと思うけど・・」

「・・・けど?」

「サリアも連れて行くの?」

“ゲホッ、ゲホッ!!!”

口に入れたものを、あわや口から噴き出しかけた。

「な、なんでそこでサリアが出て来るんだよ!!?」

思いもかけないことにガイナーは一瞬戸惑いを見せる。

「バカね、ケインさんが旅立って、今度はあなたまでいなくなったらサリアはどんな気持ちでいると思ってるのよ!?」

「サ、サリアにはこのあとで旅に出るってちゃんと伝えるよ」

「それだけ??」

「それ以外にどうしろって・・・・」

ガイナーはだんだんと声のトーンが上がってきているのがわかったのだろう。すぐに言葉を途切れさせた。

「しかしこんなときに旅に出なくてもいいと思うけど・・

ついこの間だって、ゴブリンが襲ってきたばかりじゃない」

「こんなときだからだよ。

この世界で何かが起きているのは間違いないんだ。だったら、俺に何か出来るのならやってみたい」

テナもガイナーの心境の変化を見て取れた。

「ガイナーにしては随分と難しいこと考えてるわね。まぁ何よりもちゃんと無事に帰ってくることだけを考えなさい!!」

「ああ」

旅に必要になる食糧、薬、を受け取ったガイナーはテナにお礼を述べたあと、酒場をあとにした。


太陽は西に傾きつつあった。しかし、空が茜色に染まるにはいま少し猶予はあった。

ガイナーの爪先は幼馴染の家のほうへ向けられていた。しかしその足どりは重かった。確かにテナの言うように、サリアとはこれまで家族同様に接してきたので、旅立ちを告げるのは当然である。だがそれ以上にサリア一人を置いていくことになるのもまた事実である。

扉の前に立ってからもノックする手は躊躇われた。しかしノックするより早く扉が開いたことによってガイナーに悩む時間は与えられることはなかった。

「どうしたのよ?こんなところで突っ立って??」

ノックもせずに突っ立っていただけのガイナーに訝しげな表情を見せながらもその声は訪ねてきてくれた者に歓迎していたのだろう。わずかに声のトーンが上がっていた。

「・・・起きてて大丈夫なのか!!?」

ガイナーは悩むより先に幼馴染の体調のほうが気になっていた。

「もう・・私だっていつまでもベッドでおとなしくなんて出来ないわよ。

少しは外の空気を吸わなきゃ・・

ってあれ・・・」

言葉を完結する前にサリアは足元をふらつかせ、その場で崩れかけた。

「バカ!無理するんじゃない」

「アハハ、しっぱい、しっぱい・・」

ガイナーはサリアの手を取って部屋の中へ入っていき、近くの椅子に座らせてから自身も空いた椅子に腰を下ろした。

「ふぅ・・・やっぱり長い間動いていないと身体がなまっちゃうよね!?」

ネグリジェにガウンを羽織った姿のサリアは手をひざに置いたままばつが悪そうにはにかむ。ガイナーからすれば幼馴染とはいえネグリジェ姿でいられては眼のやり場に困りはしたものの、旅立つということをどうやって切り出せばよいものかとも同時に悩んでいたためなんとも言いがたい表情になっていたことだろう。

「今日はどうしたのかな??」

“!?”

このごろはほぼ毎日通っているので違和感がないと思っていたのだが、サリアはガイナーの様子がいつもと違うことを感じていた。しばらく考え込んだあとガイナーは旅立つ旨をサリアに切り出した。


「・・・・そっか・・」

あまり気の乗らない返事を見せるが、表情が曇っているのは誰が見ても見て取れただろう。ガイナーはそのまま語り続ける。

「あのときに俺とカミルは不思議な声を聞いたんだ。

“全てが終わる前に”って・・

それが何を意味しているのかはまったくわからないけど・・」

「何かをしていないと気が済まないんだよね?」

サリアがさえぎった言葉がガイナーの言葉に続けられるものであったのでガイナーは黙ってうなずいた。サリアもまたしばらく考え込んだ末に、腰を上げて棚の上にあったものを取って戻ってきた。

「ガイナー、これ、覚えてる?」

その形状は小さなメダルに鎖をつけてペンダント状にしたようなものだった。

「これは・・?」

ガイナーの記憶の奥底から探し出してきた。それは、もう10年前になる。母親を失った傷心の少女にガイナーが贈ったものだった。

「あの時の」

「うん、私が欲しがっていたものをあの時にガイナーが私にくれたものだよ」

サリアはしばらくの間メダルに取り付けられた鎖をねじるようにつまんでもてあそんだ後にガイナーに手渡した。一度あげたものを返してくるという行為に訝りはしたが、サリアは続けて言葉をつづる。

「これはガイナーがジェノア様のところに来る前からずっと持っていたものだよ。だからこれはきっとガイナーにとって必要なものなのよ」

「でもそれは、もうサリアにあげたものだし・・」

「それじゃ、あとで私にちゃんと返してね」

それはサリア的にガイナーに無事に帰ってくるようにとの言葉と同様の意味を成していたに違いない。ガイナーもサリアの言葉を理解したのだろう。その返事は肯定的だった。

「わかった。必ず返すから」

「うん、待ってるからね」


ガイナーが部屋をあとにしたあとで、サリアはふと目頭が熱くなるのを覚えた。そしてそこからは大粒の水滴がひとすじ、ふたすじと流れていくのを感じていた。

ガイナーにはこれまで姉という立ち位置で接してきていた。それがまったく違うものでガイナーを見ていることにサリアはまだ気づいてはいなかった。

いつの日かガイナーはこの村を離れて旅に出るということはサリアにはわかっていたのかもしれない。

ガイナーは赤子同然の頃にジェノアに拾われてこれまで育ってきた。そういった境遇にいたものは誰であろうとは一度は考えるはずである。“自分はどこで生まれて、自分を生んだ親とは一体どんな人なのか”ということに・・・

ガイナーも口には出さないものの、心の隅っこにそういった考えがあったに違いない。

もっともこの時点においてサリアの考えははずれていた。ガイナー自身は自分の素性のことなどまったく考えてはいなかったのだから・・・


翌朝、東の地平線の向こうから太陽が昇ってこようとしていたとき、ガイナーは今一度ジェノアに旅立ちの言葉を告げ、聖堂をあとにした。

以前、サリアと待ち合わせた場所には今度は銀髪の青年が待っていた。

「おはよう、いい天気になりそうだね」

「ああ」

そのまま歩き出すガイナーにカミルはすぐ後ろをついていく。

「それで、ガイナーはこれからどこに向かうんだい?」

「アファだ。まず港から船でエルザまで出よう」

メノアは離島であるため、村から離れた場所に小さな船着場がある。そこには大陸の玄関口ともいえるエルザへの定期船が行き来している。

二人は村の門をくぐり、船着場への一本道を歩き始めた。

二人の旅立ちを見守るかのように、空は雲ひとつなく晴れ渡り、その色は一層の蒼さを引き立たせていた。

その向かう先に待ち受けることであろう嵐の予兆をも感じさせないほどに・・・



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