第15節
全ての準備を整い終えた日に王城を発つ。その直前に謁見の間に案内されたガイナーたちはそこで女王との旅立ち前の拝謁を行っていた。
「ガイナー殿、これを…」
女王から受け取ったものはラクローン王家の印のされた書簡。
「これは…」
「ご提案のあったアファの王に宛てたものです。そしてアファにおいても同様の支援を受けられるように要請した旨をしたためておきました。」
「…何から何までありがとうございます。陛下。」
「この国…いえ、この世界の命運をガイナー殿に託します。
どうかよろしくお願いしますね。」
「はい。必ずクレイドにたどり着いて陛下の言葉をお伝えしてきます。」
そう応え胸に手を置き一礼するガイナー。
そのまま視線を赤眼の傭兵に向ける。
「…万全を尽くす。」
「…朗報を期待します。何とぞ良しなに。」
端的に応える己の姿に胸の奥のほうで小さな痛みがあることを自覚せざるを得ない。
僅かばかりではあるも一縷の希望を含ませていた。
『ライサーク…どうか無事で…
生きてさえいれば…きっと…』
あと直ぐのところまで心にしまい込んだ想いが言葉に現れるところだったのをすんでのところでしまい込み、小さく息を整える。
「方々の旅路にティーラの御加護があらんことを。」
その表情に女王としての役割を果たす意思あることをが眼差しの中に見て取れた。
王城の扉を抜けるとその前にはすでに王家の紋章のある馬車がガイナーたち四人を待っていた。
四人は促されるままに馬車に乗り、来た道を返す形で進んでいった。
その様子を王城の窓越に女王は見送り続けていた。
「…行かれましたか。」
「ええ…あとは彼らに託すのみです。全ては預言者様の仰られていたとおりに…」
ガイナーたちと入れ替わる形で入室したゴルドール候の声を外に目を向けたまま応える。
複雑な感情を有したままの表情を見せるわけにもいかず、ただ静かに立ち続けている。
「そうですな。このままサーノイドの襲撃が無くなれば良いのですが。」
「ゴルドール候、今後のことについてですが…?」
ある程度の間をおいてゴルドール候に姿を向ける。
そこには一礼のまま立ち女王の言葉をじっと待つ忠臣がいた。
「心得ております。」
今後は預言者のいないままでの国政を執り行なうこととなる。
それがどれほどの意味を為すものなのかを二人は熟知している、しているつもりでいる。
「先ずは貴族たちの叛意を見極めることが必要になりますな。」
「…このようなときにこのようなことをしている場合ではないのですが…
これも私の不徳が故ですね。」
「それも致し方なきことかと…これを収めればまた変化もありましょう。」
「ええ…それであの会議にいなかった者は…?」
「仰るとおりで、やはりヴェルドナ候でしたな。」
その名を聞いた女王は更に確たる意志を目に輝かせる。
王の執務室の机の上にある一通の書簡。
書き記したる主の名はハシュマン・レグルド・フォン・サレスティンとある。
「つまりサレス伯の館が襲われたのはこのことと関係があるという事ですね!?」
「そう考えれば辻褄が合いまするな。」
そう応えるゴルドール候は無意識に拳を震わせずにいられなかった。
ゴルドール候自身もサーノイドの襲撃時にサレス伯との確執はあったものの、この王家を託された一人であっただけに。
「されど陛下、ヴェルドナ候の内部にいかほどのものが潜んでおるのか、まだまだ探る必要がありますな。」
「ええ。ここは迂闊な動きだけは禁物です。」
同じ様にその様子を別の立ち位置から見守る姿がある。この国の主の影として動く者。
立場は異なれど、この一連の顛末を間近で見続けたことに関して女王と共通することがある。
黒い髪に細身で小柄な体躯、全身を黒で統一させた容姿は白壁の王城にはやや目立った印象もあるも、そこに誰かが立っているなど考える由もない。
「私が手助けできるのもここまでです。あとは…」
姿が見えなくなるまで見送った後、黒い姿の少女ティリアは右手で目の前に円を描き、そこに現れた光に手を伸ばしまるで吸い込まれるようにして姿を消した。
少女が再び姿を現したのは巨大な広間を有する建物の中。
しかしその姿を見るものはこの場には誰もいない。
多くの躯を晒し未だ血の匂いの残る広間、かつて預言者の間とされていた部屋の中心からかつて預言者が鎮座していた玉座まで歩を進めその亡骸があった場所に立つ。
「これまでありがとう、ティリア。
あなたからもらったこの名前、お返しするわ。」
玉座にはこれまで預言者が纏っていたであろう少女とは対の色をしたマントが掛けられている。そのマントを無造作に掴み取り自身に覆いかぶさるように翻すとそこに黒髪の小さな少女の姿はもうなくなっていた。
一変してその場に立っていたのは長い白髪に透明感を持つ白いドレスを纏った長身の女性の姿であり、そのシルエットだけで女性特有の曲線が美しく容成している。
「ここはいずれ大きな炎に包まれてしまうでしょう。そう遠くない未来に。」
預言めいた言葉を誰かに伝えるでもなく女性は言葉を紡ぐ。
その言葉の真意を誰かが掴むことはない。
預言者と呼ばれたもの以外は




