第14節
「旅に必要なものは何でも申し上げてください。可能な限りはご用意致します。」
女王からの言葉一つで王家からの協力支援が得られたことはすでに手にする武器も持たないガイナーたちにとってはありがたい話ではあった。
「ガイナーは自分の剣だけは自分で用意して。後のことは私に任せといて♪」
そう言ったフィレルによって旅の必需品といったものはある程度揃えてもらっていた。
ガイナーとしてはこれまで使い続けていた剣が完全に折れて使えなくなってしまっただけに新たな武器を調達することが必須とされた。
「こんなところで贅沢を言うつもりも無いんだけれど…」
とかくガイナーとしては新しい剣があれば問題はなかったが、やはりこれまで使い続けていた剣とさして違和感の無いものというとさすがに無理があるだけにあまり突き詰めた注文をするというのはいささか気が引けるというものもあった。
「何言ってるの!
こんなときだからこそある程度いい物は用意しておいてもらわなくちゃ。」
「そうだな己で使役する物は剣であれある程度の要望は通しておいたほうがいい。
さすがにこの国に無いものとなればどうしようもないだろうがな。」
「ライサークまで…」
二人に窘められてガイナーも漸く、自身の武器への要望を口にすることにした。
「では手にとって御覧下さいませ。」
「…ありがとう。」
あれから一週間が経ってガイナーの元に届けられた剣は、既に受け取っていた王家の剣のような煌びやかなものとは異なり、武骨とまではいかないまでも程よく金色の装飾が施された鞘に収まったものだった。
「へぇ…」
ガイナーは柄に手を取り鞘から抜き取る。白銀の刃が露になり剣は日の光を反射して一層白く輝いて見せた。
材質はラクローン近郊で採掘される銀をさらに精製されたもので造られており、刃は片刃でやや細身ではあるも通常のものよりも長い刀身を持つ。
これはガイナーのこれまで使い続けてきた剣とほぼ近い形状のものを手にしたといっても十分なものだった。
「以前のものよりもずっと軽いし…
うん。これならそれ程違和感無く使えそうだ。」
「フフ、よかったじゃない。」
「そうだな。見る限りなかなかの業物のようだ。」
「ああ…」
ガイナーたちの旅に必要な武器や装備といったものが一新され、各自で届いた装備を確認する。
「しっかし…流石王家ね。これまでどうにか切り詰めながらにもやり繰りしないといけなかったことがこんな簡単にとは…」
ただ、ずっと長い間クリーヤの山岳地帯で戦いを続けていたフィレルとしては王家の支援というのは有難いものであるということは勿論理解している。
されどこれまでカストたちと共に戦い続けていた日々に想いを巡らせてしまうと、思わず溜息と共にやや遣る瀬無い気持ちに苛まれてしまう。
「なんだかもうちょっと私達にこれくらいの支援があればもう少し有利に戦えたんじゃないかなぁ…」
「カストとて自己の私財を擲ってこれまでやってきたのだ。その規模が異なることは仕方あるまい。」
「それはそうなんだけど…だからこそ、ね。」
そういいながらフィレルは用意してもらった皮袋の紐を絞める。
「おい、フィレルそれにいったい何が入っているんだよ。」
ガイナーの疑問は袋の中身よりもフィレルの体躯で背負うにはやや難があるであろうというほどの袋の大きさにあった。
これをフィレル自身で背負うとなるとかなりの負担のほうが大きいのではないかとも思えてくる。
「ふふ~ん。
女の子にはね、用意しないといけないものがた~くさんあるのよ。」
「いや、それじゃ逆に歩き辛いと言うか…」
フィレルの荷物に追求する気もなかったが、あまりにもの荷物の量にやや呆れ顔で返す以外にない。
「あっ…ほらほらガイナー。」
半ば中身をはぐらかす感じでフィレルは扉のほうを促す。
「え…?」
振り向いた視線の先には別室で着替えを済ませたエティエルが入ってくるところだった。
「うわ~~エティエルかっわいい!!!!」
頬を紅潮させながらエティエルの背後に回りこみ、エティエルの肩を持ってガイナーの前に披露するように向き合わせる。
「ねぇ…どう?どう!?ガイナー?」
「え?ど、どうって…??」
エティエルの着衣も先の戦いで衣服としての機能が失われたものであっただけに新たに誂えられたものだった。
「んもぅ…しょうがないわね!
エティエルの格好見てどう思うかって聞いてるの!!??」
視線の先に立つアクアマリンの髪を揺らした少女の姿は青みのかかった草色をした膝までの丈のあるドレスに腰帯を垂らしたもの、足下は旅人の需要が最も高い脛までの皮製ブーツ。生地の質感と各所にある女性らしさを魅せる装飾が施されたそれらは少女の端整さを更に際立たせるに十分すぎる役割をなし得ていたといってもいい。
傍目からみても貴族の令嬢たる姿を顕にしていたであろう。
エティエルのみならず、ガイナーたち三人の着衣もそれぞれ新たなものを用意されている。
外見だけで見ればそれほど遜色は無い。しかし四人の着衣には魔法が施された銀糸を随所に織り込まれているため防御性が格段に変化されてくる。何より特徴的なのはその重量は普通の毛織物で出来たものと変わらない、むしろ薄手な分軽く感じられるのみならず実際の質量も軽いものに仕上がっていた。
「!!…あ、あぁ…い、いいと思うよ…」
ガイナーとてそれほどうまく言える柄でもなく、この時ばかりはやや言葉が上擦ったものが自覚できるだけについぞ視線を泳がせてしまっていた。
少女の容姿への賛辞とは別の思惑もあっただけに。
実際のところガイナーとしてはエティエルの保護をこの国に依頼するつもりでいた。
これまで死線を抜けて王都に辿り着いたことの目的の一つがエティエルを若者が多く営む都市で生活を送れるようにするためのものでもあった。
しかしこの提案はガイナー以外の皆による否定的な意見で御前会議直後の段階で既に片付けられてしまっていた。
「バカね。
そりゃここでの暮らしが出来るようになればそれなりに不自由することの無く暮らせるようになるかもしれないけど…
たったそれだけじゃない。」
「でもそのほうが…」
「考えてもみなさいよ。生活が出来ても誰も知り合いのいないところで暮らしたんじゃ結局あの山奥で一人暮らしているのと変わらないじゃない!!」
「それは…」
フィレルの指摘が尤もなだけにガイナーは反論できずにいた。確かにフィレルの言うとおり王都まで共に来るまではした。しかしここでまた一人で暮らすとなればどうあっても無理が生じることは間違いないことだった。
とはいえこれからの旅路は途方も無いものであるだけにガイナーの懸念も小さなものではない。
「何よりもよ。」
「??・・・・何だよ?」
「お姫様がそんなことお望みなのかしら???」
やや呆れ顔でフィレルは答えをある程度溜めてから口にした。
「・・・・・ぁ」
結局のところなによりも優先されたのはエティエルの意志に他ならなかった。
エティエル自身ガイナーたちと同行するための旅装束であることこそ彼女の答えそのものであることを誰もが認めるところであった。
「皆にもう一度だけ聞くよ。
危険な旅になることはまず間違いない。
それでも…」
「…問題ない。」
「ここまできたらもう待ったはなしよ。」
エティエルも皆に同調してかガイナーの前で首肯する。
「フフ…ここまで用意されたとあっては是が非でも辿り着かねばなるまい。」
「…ああ。」
女王の厚意で用意された新たな装備を纏ったガイナーたちは決意を新たにしていた。