第13節
「この場にてしばしお待ちを。」
侍従に案内されながら歩いてきたガイナーたちは城の中でもひときわ大きな扉の前に立つ。
扉の奥では女王の声が響いているのが耳に入ってくれば、ふと数日前の女王の言葉に思いを巡らせた。
「和解!!?」
「はい。もはやこれ以上サーノイドたちと戦うことは無意味なことと考えます。」
「けど、奴等は…奴等はエティエルの…」
「これまでの戦禍の中に立ってきたガイナー殿の心中はお察しいたします。
ですが、いえだからこそこのような戦いを早急に終わらせる必要があるのです。」
「それは…」
「先ほども申しました何故サーノイドが我々に襲い来るのか。それらを究明することこそがこの戦いを収束させる手がかりだと考えます。」
「…
それは…?」
「クレイドへ向かっていただけませんか?」
「!!!??
クレイドに…」
「クレイドって…要するにサーノイドの住処ってことでしょ!!
そんな場所に行くだなんて無茶が過ぎるわよ!!」
「無茶なことを申し上げていることは承知しているつもりです。
ですが、預言者様の言葉に従うのであれば…」
フィレルとてその部分は理解しているつもりではいた。
預言者に書かれていた文字を唯一読むことが出来た存在。ガイナーこそがクレイドへと足を運ぶことは最早定められたことであったといっても過言ではない。
「…でもそんなところにどうやって行くつもりなの!?
クレイドなんて場所はこれまで聞いたことも無いんだけど。」
「それについては私に心当たりがあります。」
「心当たり?」
そう言って女王は赤目の傭兵に視線を向ける。
「“ブラッドアイ”。このギルドの界隈で最強の呼び声の高い傭兵。」
その呼び方に当の本人は一瞬眉を顰める。
「あなたは以前、クレイドの地に足を踏み入れたことのあると言っていました。
そのことに相違ありませんね?」
「…
ああ。」
「!?ライサークが…」
「・・・・・」
「ではあなたに依頼します。この者と共にクレイドへと赴いていただけませんか?」
「ライサーク…」
やや混乱気味のガイナーを余所にフィレルにはあの夜に聞いた言葉を思い出すに至ることで、女王の心当たりというものがある程度は理解できていた。
ライサークがライティンとサーノイドの混血であるという事実。
それこそがクレイドという未開の地に足を踏み入れることを可能とする唯一つの手段となり得るのではないか…と。
「女王よ。」
「何か?」
「サーノイドとの和解。と言うは易し、ではあるが…
やつらに何を以って和解の証を示す?」
「私達が戦う意思を見せない事…というにはあまりにも甘すぎると言うのですね?」
「…理解はしているのだな。先ず戦端を開いたのはサーノイドの方からだ。今回は一軍を追い払うことに成功したわけではあるが、今後において戦う姿勢を見せているのならそれだけでは難しいだろう。」
「また襲ってくるという事?」
「そう考えるほうが自然だろう。」
「そっか、そりゃぁ“私達はもう戦いません。”なんて言って両手を上げた位じゃ向こうだって信用するはずも無いか…」
二人のやり取りに両手を上げながらただただフィレルは頷いてみせる。
「要は俺たちがこのまま使節として赴いたところで門前払いを受けるだけでしかない。それだけならまだいいが、行ったが最後奴等に無抵抗なまま討ち倒される方が多分にある。」
「普通に考えればそうかも知れません。」
「そうなると奴等を止めるためには奴等の望む何かを提示する必要がある。例えば…」
「…わが国の領土…ですか?」
「…それもあり得ることではある。
だが…」
「封印…」
「ぁ…」
「ただの領地拡大を目的とするのであればまだ考えやすいものなのだが、封印の存在がどう関わってくるのかが現状では何も知らなさ過ぎる。」
この時点でライサークはサーノイドの目的をある程度は予想してはいたものの、どれも憶測でしかない以上この場での言は避けた。
「いずれにせよそれを確かめるのが先だということだ。」
ライサークの言に異を唱えるものはなく、皆が無言で頷く。
「いかがですか?ガイナー殿。」
「俺は…」
この時点においてガイナーの決意が確かなものであったというわけではなかった
どちらかといえばサーノイドを自らの手で滅ぼしてやりたいという感情が強く、女王の提案には真っ向から反対したい気持ちのほうが勝っていた。
反面、その感情だけで今後見通しの立たない状況に追い込まれていくことも理解できるだけに自身の感情は大きく揺れていた。
「俺はサーノイドが許せないという気持ちは今も変わることはありません。」
「・・・・・」
「…ですが、それでも…それでもこんな戦いを終わらせる手立てがあるのだとしたら…
俺はそれに賭けてみたいと思います。」
「…それでは?」
一度目を閉じ、一呼吸間を置く。
やがて目を開いたときに見せる表情は新たな決意を顕にしたものでもあった。
「この役目、謹んでお受けいたします。」
「本当にいいの?」
ガイナーの心情を見ていたフィレルだけに恐る恐るではあるも改めて決意を問う。
「ああ。こうなったらサーノイドが何を目的としているのかこの目で確かめてみたい。
それこそ…」
それこそがガイナー自身で成し遂げてみたいと思うことの本分だったのではないか…
そう言葉に続けることはなかった。
もしかすれば目の前で命を散らせて逝った者達にとっては望み得ることではないのかもしれない。そう思う部分もこの段階では少なからずあったが故である。
「ガイナー…」
「わかった。
ガイナーの意思がそこにあるという事であれば、この依頼引き受けよう。」
「二人とも有難うございます。」
二人の快諾に女王も表情を綻ばせる。
「それと…」
「何か?」
「こうなったからにはアファにおいても同様の話を提案しようと思います。」
「アファに…」
「アファもまたサーノイドと戦っている状態にあると聞いています。このことを無視したままで話を進めるわけにもいかないでしょう。」
「・・・・・」
「…そのほうが賢明だな。」
実際のところアファに戻りクレイドへ向かうことになるだろう。何よりライティンとしての問題である以上アファの存在も無視できないというのも道理ではあった。
「ガイナー殿、アファの国王に宛てた親書を用意します。それをお届け願えますか?」
「…
わかりました。ではその親書は必ず自分が。」
「お願いいたしますね。」
目の前の扉が開かれたとき、ガイナーの意識はその先の貴族たちが待つ広間に向けられた。
大広間の規模でいえば先日の預言者に会うべく訪れた大広間とさほど変わることはない広さではある。
しかし、簡素な感じの残す北の離宮のそれとは大きく異なり、まさに絢爛といった言葉がふさわしいものといえよう。
数々の彫刻が施されたいくつもの柱に光を取り入れるための巨大な窓。
美しく彩られた天井画が鏡のように映るほどに磨きぬかれた大理石の床に金糸の刺繍が施された赤い絨毯が広間の中央に一直線に敷かれている。
ガイナー達が入室すると既に集まっていた貴族たちの視線は当然ながらガイナーたちに向けられる。
その視線は明らかに歓迎されたものとは言えるはずも無いものだった。
「あの者たちは何だ!?」
「…いやあの屈強な男は見たことがある…」
「まさか“ブラッドアイ”ではないのか!?」
多くのどよめきが起こる中、女王はその喧騒を手で制し静寂を待ってから口を開く。
「かの者たちにサーノイドの住まう大地、すなわちクレイドへ和解の使者として赴いてもらいます。」
女王の発言に列席する貴族たちのほぼ全員が呆気に取られ、やがてその意に反する意思を見せはじめていた。
「!!!!!!?」
「…なんと言われる陛下!!!?」
「陛下、わかっておいでなのですか!!!!?
それがどのようなことを意味するのか!!??」
「サーノイドと和解など絵空事としか思えん!!!」
女王の言葉を既に知っていたガイナー、ライサーク、そしてゴルドール候以外の者達は女王の発言に対して反意の言葉を声高に響かせる。
しばらくの間不敬にも等しい罵声を浴び続けていた女王はただ沈黙を守りつづけていた。
それが当然のことと思うかのように。
「諸君、陛下の御前であるぞ!!」
ゴルドール候の言葉ですら場内の貴族たちの耳には入ることもなく最早収拾つくことも叶わぬと思われるほどただ罵声飛び交うばかりでそれはいつまでも続くと思われた。
「…お静まりなさい!!!!!」
「「「!!!???」」」
場内を鎮めたのは他ならぬ女王本人であったことに皆が驚きを隠せぬまま場内は一気に静まり返る。
「ここにあるはそれでも誇りあるラクローンの貴族か!!!??
嘆かわしい!!!」
「「「なっ…!!!!??」」」
「・・・・・・・」
女王の一喝は貴族たちにとって青天の霹靂とも言えるものであったことだろう。
ほとんどの者が思わぬことに目を見開き絶句する。
「このような事態になるまでに打開策を提示し何かを為しえたものがあるか!!??
なればこの場にて名乗りを上げよ!!!」
「・・・・・・・ぅ」
「そもそもサーノイドの襲撃によって最も苦しんでいるのは他ならぬ我が国の民草である。
それを救う手立ても無いままに徒に時を貪っていたことに関してはその方らだけが責めを負わせるつもりは無い。だが我々にはここは何としてもサーノイドとの戦いを収めねばならないことは紛れも無いことである。」
「・・・・・・」
『こ…これはどうしたことだ…!?』
『本当にあれが小娘か…!?
これではまるで…』
貴族たちの知る女王というものはゴルドール候の言うがままにされるだけのお飾りに過ぎない小娘でしかないという認識が占められていた。
それだけにこれまでの女王を知るものは豹変ともいうべき姿を前に狼狽するものがほとんどであった。
「「「…むむぅ」」」
反論することも出来ずただ唸る者、苦虫を噛む者もいた。
「アファより参られし使者ガイナー殿、そして傭兵ライサーク。」
「「はっ!!」」
「今一度両名に我が意思を伝える。
これよりクレイドへ赴き、サーノイドとの間に講和の使者として任を与えるものとする。」
「「はっ。」」
「これに対し王家ならびに貴族各位は全面的に協力することを約定するものである。
そしてこれらのことの全責はラクローン王、ティスホーン・シンクレア・フォン・エールハルトが負う。」
「「「!!!!!???」」」
「メノアのガイナー、謹んで陛下のご期待に添うよう努めます。」
言葉を発した後、女王の前に立つガイナーとライサークはその場に傅き一礼する。
「感謝します。
…あれをもて!!」
「御意。」
そういって女王は場末に控えていた侍従に告げると、足早に両手に一振りの剣を手にしたまま御前に傅く。
「!!!??
…その剣は!?」
侍従の手にあった剣を見たとき、貴族たちの表情はさらに驚愕を見せる。
「その剣は王家にまつわる…」
「…その通りです。
これははるか昔から我が王家の証として秘蔵されていた剣。これこそが我が王家の名代としての確たるものでありましょう。これをガイナー殿、貴殿にお預けします。どうかこれを持って勤めを果たされますことを望みます。」
「諸兄方、畏れ多くも陛下の御意思を賜り、新たな指針を得たものである。
この上はこの者たちに仇なすものが無きよう諸兄らの尽力に期待したい。」
「「「・・・・・」」」
列席する貴族たちの表情にはどこかしこに苦い表情を浮かべるもただただ押し黙るより他はなく、ゴルドール候の言葉によりこの場は締めくくられ解散の運びとなった。