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5.配達完了

 空が漆黒から薄い紺色に変わり始めた頃、いちはやく彼女達は動き出した。

「できるだけ早く外に出て、一気に突破するわよ。それでいい?」

「わかりました」

「任せるよ」

 キセキの大胆な作戦にも、男達はそれぞれ了承の意を示した。

 やっと木々の間隔が開いてきて、レオに乗れるほどのところへ出てきた。キセキとジンはいつものポジションで、仮面の男は荷を抱えて後部座席に座る。

「じゃあ、行くわよ」

 最初からアクセルを全開にすると、レオは目覚めたかのように勢いよく走り出した。昨日あれだけ走って疲れているとは思うのだが、それを感じさせない、相変わらず機敏な動きで木々を避けて走ってくれる。

「ふはは! 機獣という乗り物はやはりすごいなあ!まさにこの世の神秘だ! そうは思わんかね!? うむ、次は機獣についてのレポートを書くのも悪くはない、ははは」

 男はなぜか歓喜の声を上げている。手まで振り上げそうな勢いだ。

「ちょっと、ちゃんと荷物、持っててくださいよ?」

「分かっているよ、ははは」

 今更ながらにジンはこの仮面の男がなんとも子供っぽい人だということに今気付いた。

「キセキさん、タバコの匂いが近いです」

 前方のポケットからジンが叫ぶ。

「よし! もうすぐ抜けるわね。ジン、頼んだ」

 ジンがキセキの肩に乗り移る。

 白んでいく空。夜が完全に明けようとしている。

 前方に光が差してきた。バイクはそれにつっこんでいく。

「おりゃーーーーー!!」

 思わず叫びながら森から飛び出す。飛び出した瞬間、視界に入るのは数台の黒い車。男達がわらわらと動き出したのが見えた。

「出たぞ! 追え!!」

 久しぶりに道らしい、舗装された道路を走る。ガードレール越しに海が見える一本道。

(さて、どうまくか)

「お、おい! 後ろのやつら、銃構えてるぞ! うわわわ」

 男が声を上げた瞬間に、ひゅんひゅんと風を切るライフルの音がする。男は無駄だと知りながらも身をかがめ、背中になんとも言えない悪寒を感じていた。だが、ひとつも衝撃を感じないし、掠りもしない。

 男がそっと目を開けてみてみると。

 運転手の肩に乗った子犬が相手てきのほうをじっと睨みつけていた。その効果なのか、弾はバイクから逸れていく。

「はは!? なんだっていうんだ!?」

 それは、男にとっても気が狂いそうな光景だった。

「ちっ! 前からも来る!」

 キセキが舌打ちをして叫ぶ。黒い車が数台、囲むようにしてこちらを追い詰める。

「キセキさん、前を頼みます! 僕は後ろを!」

「分かった」

 子犬がキセキの肩から跳躍する。男の頭をも足場にして、宙へ。

「お、おい!? 離れて大丈夫なのか!?」

 男は思わず叫んでいた。

 すると宙に浮かんだ子犬は、一瞬にして数倍の大きさの狼となった。

「な!?」

 彼が獣人であることは昨日の時点で分かっていた。だが獣の姿が2種類というのも珍しい。いや、もしかすると先ほどの姿は子犬ではなく子狼なのかもしれない、と男は瞬時に理解した。

「おじさん、しっかりつかまっててよ!!」

 息をつく暇もなく男はキセキの言葉に従った。

 青い機獣は前方からの銃弾をかわしながら、撃ってくる車にありえないスピードで近づく。キセキが腰から例の武器を取り出す。

 ぶん、と一振りすると、平たい棒から刃が出てきた。

 実物の刃ではなく、レーザーのような切っ先だった。

 その奇妙な武器で、タイヤを切り裂く。

「うわわわ」

 なにが起こったのかも分からないうちに、相手はハンドルをうまくきれずに他の車や木々に激突する。

 狙い通りだ。

 同時に後方では狼となったジンが車のフロントガラスを次々に割る。突然の出来事に、こちらも同じような惨劇を起こす。すべてのガラスを叩き割ってから、狼は、こちらも本来ならば考えられないスピードでバイクに追いつく。

 と、その時バイクのそれとは違うアクセルの音がした。

「!?」

 振り返ると、仮面のおじさんが盗られたというスポーツカーが突進してきた。フロントガラスから見えるのは目の血走った男。キセキたちが知る由もないが、彼はヤクザのボスである。

 衝突する一歩手前でレオは獣らしくそれをかわしたが、片手でハンドルを握っていたキセキの身体は簡単に宙に放り投げられた。

「キセキっ」

 仮面の男は思わずそう叫んでいた。

「っ」

 仮面の男に初めて名を呼ばれたことなど気にも出来ず、声を上げる暇もなく地に叩きつけられる衝撃に備えていた彼女の身体を、受け止める者がいた。

 たくましい腕が、しかと身体を包む。

「じ、ジン!?」

 青年は大きな盾を持ちながらも、彼女の体をしっかりと抱きかかえていた。

「いきますよ」

 ジンはそのまま、常人離れした跳躍力でスポーツカーの頭上へと跳ぶ。長いと感じるくらいの滞空時間。

「僕は貴女の盾です。好きでやってるんですから、止めないでくださいね」

 ジンは言った。

「え……」

 それは、まるで昨日の苦悩を消し去るような一言。

(もしかして、昨日……)

「キセキさん!!」

 そう呼ばれて我に返る。スポーツカーの天井が足場のように見える。それを。

「とりゃあっ」

 レーザーの刀で見事に一刀両断した。

 運転席に乗っていた男はなにが起こったのかさえ分からない様子で目を回していた。車が真っ二つに割れている。

「ああ……私のブラックホース……」

 かつての愛車を惜しむように眺める仮面の男。レオが止まりもしないうちにキセキはまたそれに飛び乗っていた。いつの間にやら子犬姿になったジンも、キセキの肩にとまっていた。

「君たち、やるなあ……」

 車への未練は置いておいたとして、普段は饒舌の男も、この凄まじい状況に呆気にとられて、こう言うしかなかった。

「まあね。これでも青バンダナですから」

 と、振り返りざまにキセキは笑った。

「ん、……あ! ちょ! キセキさん、前、前!!!」

 ジンが叫ぶ。

 なによ、もう、と彼女が前を向くと。

『工事中。進入禁止。』の文字。

 この道は、工事途中だったらしい。道理で舗装が新しいと思ったのだ。

 …………前方は、まったくもっての崖だった。

「つーか進入できないでしょおおおお!?」

 ブレーキをかける暇もなく、青い獅子は空を飛んだ。

 一瞬、なんとも言えない解放感を皆が感じた。

(はは……死ぬ前って、こんな感じ……?)

 と、キセキが思った瞬間、身体ががくっと下が……らなかった。

 高度の降下は、止まった。

 驚くべきことに、彼女はまだハンドルを握っている。そろりと目を開けると、目の前には青空と、水平線が広がっていた。

「え……?」

 間違いなく、浮いていた。ジンも、目を丸くして肩に乗っていた。後ろを見ると、ちゃんと仮面のおじさんも後ろのバーにしがみついていた。ちゃんと箱も抱えてくれている。

 その箱。その箱から光が溢れていた。

「ほほほ、ほら、役に立ったでしょう? 私も」

 頭上から髑髏の女の声がする。

 見上げると、そこには。

「天使……?」

 白いローブが風に舞い、女神のような女の微笑。しかし広がっているのはその長いローブだけではない。彼女の背中には純白の羽根が生えていた。

「私の力は空を飛ぶこと。最期に願ったのは、やっぱり天使になりたいと、そう思ったの。神様もなかなか律儀よね。ちゃんと叶えてくださったんですもの」

 いつものように笑う女。だがいつもの数倍、神々しく見える。

「あ、ああ……ありがとう。命拾いしたわ」

 キセキはやっと自分のおかれた状況を理解できた。

「おお! マドモアゼル! なんて素晴らしいんだ!やはり次は『命あるもの』に関するレポートのほうがいいかもしれん!!」

 仮面のおじさんは相変わらずハイテンションだ。一方肩に乗っているジンはというと

「うわーーすごいですよキセキさん! バイクに乗ったまま空を飛ぶなんて、まずないですよ!」

 と、しきりにしっぽを振っている。それを見て、キセキはつい笑ってしまった。

「なんですか? 何かついてます?」

「ふふ、いや、別に」

 と言いつつ笑いが止まらない。それを見てジンはさらに怪訝そうな顔をする。そんな様子を見て女はキセキにそっと耳打ちした。

「ほら、ね? 彼、いつもあんなふうにしっぽ振ってたんだから。ほんとよ?」

「え、いつも? ずっと?」

 キセキは少々驚いた。

「嘘は言わないわ。さあ、このまま館へ行ってしまいましょう。今なら追われる心配もないわ」

 女がそう言うと、本当に鳥か何かになったように、すいーっと滑空していった。

 

 

 

 そうして一行は、海岸沿いの、古い洋館にやっとたどり着いた。レオを茂みに隠しておいて呼び鈴を鳴らすと、待ちかねていたかのように白いひげを生やした老人が出てきた。

「配達屋さんですな。ささ、どうぞ中に」

 

 客間に入る。慣れない高価そうなソファーで待っていると、使用人がやってきてお茶まで出てきた。

「うわー、こんな待遇初めて……」

 と言いつつ喉が渇いていたので遠慮なくお茶を飲み干すキセキ。傍にいたジンも思わず苦笑する。

「はははは。よい飲みっぷりじゃ、おかわりを用意しよう、ははは。ときに、長距離は初めてと聞いておりましたが……でもさすがですあ、青バンダナは」

 やけに笑いを入れる老人であったが、素直にそう褒めてもらえるとやはり嬉しくなった。

 が、少し気になることがあった。

「あの、この館……」

 警備体制はどうなっているのだろうということだ。ともかくも例のヤクザはまいてきたが、レーダーに再び引っかかってしまっては意味がないのだ。

「大丈夫。現代の輩が持っているようなレーダーの電波などを錯乱させる処置はここら一帯に施してあります。ここまでは追ってこられませんよ」

 そう言うからには、かなりの自信があるようだ。おそらく空間を歪める『命あるもの』でも使っているのだろう。

「それは良かった。では荷物を……あとですね、偶然旅の途中で手に入ったものがあるんですけど……」

 と、キセキは髑髏の壺を渡しながら仮面の男のほうを見る。老人は頷いて

「ああ。彼のことは電話で聞いていました。外れなくて困っていると聞いていましたが……ははは。さぞかし旅の過程では苦労されたことでしょうな、ははは」

 と相変わらず妙な笑いを交えながら老人は言った。

「あ、いや。実はもう外れるんです。いろいろあって」

 と、なぜかキセキが答え、男に仮面を外すようジェスチャーを送る。

 男は焦ったようなしぐさを見せ、すこしばかり頭をかいてから、仕方なさ気に仮面に手を伸ばした。

 初めてのぞいた男の顔。

 案外普通、というよりもなかなか男前、と言っていいだろう、そんな男の顔があらわになった。眉はしっかりとしていて、無精髭を生やしている。それでいてその瞳は優しそうに目尻が下がっていて……どこか、見覚えのある顔だった。

「…………」

 じっとキセキは男の顔を眺める。

「え。ちょっとキセキさん? あんまり素顔が普通だったからってそんなにじろじろ見たら失礼ですよ」

 もっともな意見を言っているジンの言葉も、その率直さに受けて笑う老人の声も、彼女の耳を素通りしていく。見つめられているほうの男も、なんとなくせわしげにちらちらと視線をあちらこちらに飛ばしているが、別に何も言わない。むしろ何か言ってもらうのを待っているようなそぶりだ。

「もしや知り合いですかな? お嬢さん、まるで獲物を睨みつける雌豹のようじゃよははははは」

 と、なにがおかしいのか分からないがとにかく愉快そうに笑っている老人。

 

 この人を知っている、と彼女は思った。

 最近ではない。ペペロンの住人ではない。

 カモミールにいたときに、会っている。

 この男の声も、どこか馴染みが…………

「キセキ」

 男がついに、口を開いた。

「あ……」

 レオから振り落とされたときにも、彼は彼女をそう呼んだ。

「はは。分からなくても無理ないさ。最後に会ったのは……えーと、君が6歳の時だからな」

 男は言った。それで彼女は確信する。

「ファンデルおじさん……」

 キセキは、なんとも恥ずかしいのか嬉しいのかよく分からない気分になった。

「はは! 覚えていてくれたか!? あれだけ研究者がいたんだ。それでも覚えていてくれたか! 嬉しいぞ」

 それでも男は、感極まったようにキセキを抱きしめた。もともと感激しているときの行動が派手な人だと分かってはいたが、このときはそれに輪がかかっていた。

「ちょっとおじさん、きついって……はは」

 キセキのほうもなんだか笑えてきた。彼女の人生において、1番古い知人に、こうして出会っているのだから。

「あのー……どういうご関係で……?」

 ジンが困ったように尋ねてきた。

「おお! 黙っていて悪かった。私はこの子の誕生に関わった者のひとりでね、幼い頃はよく面倒をみていたんだ。ほら、お馬さんとか……おぼえてないか?」

 男は嬉しそうに語りだした。

「お馬さんか……やったわねえ……。私は昔から何かに乗るのが好きだったのよ」

 キセキは少々頬を赤らめながら腕組をして昔話に興じる。

「ふむ。大体のやつらが君の馬にされてへばってたな。皆体力なしばかりだからな」

「でもおじさんの印象が強かったのって、あれのせいよきっと」

「あれ?」

「ちょっと、おじさんおぼえてないの? あれっていったらあれよ! あれは上のおじさん方も苦笑いだったじゃない」

「……ああ、あれか。ははは」

 ファンデルは赤くなっている。

「あれってなにかのう?」

 老人もこの他愛のない会話に参戦する。

「ふふふ、おじさんてば私が初めて国立の、あの大衆浴場に行ったとき、心配しすぎてなにやらいろいろかまってるうちに女湯まで入ってきちゃったんですよ。もうそれはそれは悲鳴、非難の嵐」

「はははは! それはおもしろい」

 老人は手を叩いて喜んでいる。俗な話がどうやら好きらしい。

「はっはっはっ。その後私は覗き魔とかいうレッテルをはられてねえ、しかたないから言われるとおりの男になったというわけだよ」

 そんなファンデルの発言に、キセキも老人も、揃いも揃って笑っているが、ジンは知っている。

(それ、冗談じゃないんですけど…………)

 

 結局和やかな談笑モードに入り、国の役人であろう老人も、逸れていった別の話に熱中して、目の前にいる配達屋が現在所在不明となっているキセキ・アルディアスだということを疑っている様子はなかった。 


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