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2.黒い仮面の髑髏の女

 夕食がキセキの部屋に運ばれてきた。ジンも食事はここで取る。このあたりで取れる山の幸、牛肉等々、豪華な食事が並んでいる。それを嬉しそうにつついているキセキには悪い気がしたが、風呂場でのことは言っておいたほうがよい気がして、ジンはそれとなく話を出した。

「キセキさん、僕ロテン風呂で仮面の人と会ったんです」

 一瞬で、キセキの動きは止まる。凍りついたという比喩が相応しい。

「……マジ……?」

 驚き、そして心からげんなりした、そんな顔だった。

「ええ。何か訳あって仮面を外せないみたいなんですけど、話してみると案外普通の人でしたよ」

 このあたりはフォローを入れておこうとジンの良心が働いた。ちなみに彼が女湯を覗こうとしていたことも、あくまでキセキの気分を害さないようにするために、黙っていることにした。

「ふうん……なんなのかしらね、あの仮面。怪しいったらありゃしない。何かいわくがあるのかしら。……っていうか髑髏にしてもなんにしても今日はもしかしてついてないのかしら、私。はあ」

 溜め息までつき出した彼女を励まそうと

「あ、キセキさん、お肉焼けてますよ。早く食べないと焦げちゃいますよ」

 とジンは料理をタネにせかしてみる。

「あ、ほんとだ」

 それにすんなり乗ってくれるあたり、彼女は切り替えが早くて助かる、と彼は心から思った。

 

 食事を終え、キセキが風呂へ行く。ジンはあの仮面の男が今頃再び風呂で覗きをしていないか心配だったが、今思えば、彼女にその心配は要らなかった。

 彼女にはあの眼がある。

『蒼天の瞳』……アルディアス家の者の一部にしか受け継がれないという、遺伝子の突然変異から起こったと考えられなくもない、謎に包まれた神秘の眼。その眼は古より、この世の全てを解すと崇められ、恐れられていた。近代に入ってからもアルディアス家は国の保護下に置かれていたが、もともとはやはり古代に生きる力だったのか、年々その眼を持つ者を含め、その家自体の人数も減る一方で、ついに25年前、その血は途絶えてしまった。

 この結果を数年前から予想していた国の担当者が、頼み込んで保存していたのはその当時最も若かった(それでも結構な歳であっただろう)アルディアス家の者の精子と卵。

 国とてこの神秘の眼を後世に伝えていきたいと願っていたのだ。たとえ、人の手を加えてでも。

 アルディアス家が滅んでから1年後、それでも『蒼天の瞳』を持つ女子が、いわゆる試験管ベイビーとして誕生した。

 彼女の誕生に携わった科学者達が口々に囁いた言葉を、その子は名前にもらったことになる。

 

 が、当の彼女に言わせると、全てを解す、なんていうことは無理らしい。そんなことをすれば脳がパンクするとかしないとか。だから彼女は自らの力を最小限に抑えているし、もしくはそれが人の身としては限界なのかもしれない、とも言っていた。

 今現在、彼女が得意とするのは、眼に力を込めることによって物質という概念を取り払うこと。

 つまりは透視だ。

 この力は他にも応用できる。たとえば、『命あるもの』の物体の概念を取り払えば、彼らの真の姿が見えるという。

 それから、これは彼女が常にサングラスをかけている理由に繋がるのだが、意識せずとも万物の「命の光」というものが見えるらしい。全てのものに命は宿っているらしく、彼女の眼には全てが眩しく光って見える。それを軽減するためのサングラスで、2年ほど前まではそれ以上でもそれ以下でもなかったのだが、最近の彼女はサングラスを選ぶという楽しみを見出したようで、ジンは彼女の部屋に専用のコレクションボックスがあるのを知っている。

 

 と、つまり1枚の塀越しに誰かが覗きを働こうとするものなら、彼女の蒼い眼はすぐさまそれを感知するだろうということだ。

(心配ないかな)

 ジンはそう思いながらそばにある立方体に視線を移した。

 彼女はこの中に髑髏らしきものが入っているといっていた。それは嘘ではないだろう。彼女は冗談も言いこそすれ、悪いそれは言わないし、何しろ嘘のつけない人だった。

 そういう人だということは、初めて逢った日から知っている。

 

 彼女と出逢ったのは2年ほど前。かくいう彼も親を知らない、むしろ半分以上人間ではない異形の存在だ。

 彼には半分獣の血が流れている。それ自体はよくあることではないが、自然界において、ないことはないケースだ。半人間・半獣の獣人の保護制度もきちんとこの国には整っている。

 だが彼は人間の手を加えられて獣人となった身である上に、さらに『命あるもの』の1つである『最強の盾』を融合された、ある種違法な生物実験の末の、唯一の成功体なのだ。

 自分がいつから人でなくなったのか、それとも最初から人ではなかったのか、それさえも彼にはよく分からない。過去の記憶は曖昧で、あの白い壁で覆われた研究室の思い出しかない。

 だが2年前のある夜、その研究所の違法生物実験を知った警察の特殊部隊が潜入してきたのだ。実はこの部隊の中にキセキはいた。この時彼女は国の管理下に置かれている身だったので、安全な公務員……どころか、危険な仕事の指折りに入る警察官になっていた。

 このことに関しては彼女の観察を任されていた国の重役も頭を悩ませていたようだが、1人の人間である彼女の職業選択の自由を剥奪することもまさか出来ないので、優秀な上官をつけて彼女を秘かに守っていた。だが、その『優秀な上官』こそが警察内部に潜んでいたある結社のスパイで、キセキの眼の神秘を狙う者だった。

 その夜の任務で辞職、つまり国の管理下を離れるつもりでいた彼女を手に入れようとその男は画策したわけだが、その罠の中で、キセキとジンは出逢ったのだ。

 名前さえ持たなかった自分に、ジン、という、重みのあるしっかりとした響きの名前を与えてくれたのが彼女であり、彼に自由な生き方を教えてくれたのも彼女だった。

 結局その晩、その男を倒して、2人はレオに乗ってそのまま古巣から旅立ってしまったわけだ。

 彼のデータが研究所に残っているかもしれないが、実物がいないんじゃ話にならない、と彼女は自信ありげに彼に言った。風の噂によると、そのあたりの事後処理は彼女の元同僚の、信頼に足る者たちがやってくれたということだった。

 

 その後は今の通りである。彼女の転職先は民営の配達屋だった。レオを飼ってからずっと考えていた職業なのだそうだ。ジンも研究所を飛び出した時点で、彼女と共に世界を駆け巡るという夢を抱き、彼女のボディガードを務めることに同意していた。

 配達屋という仕事は、これもまた危険な職業ベスト5に入るであろうといわれるもので、ボディガード兼アシスタントをつけるということはむしろ普通のことなのだ。

 

 

 

 気付くと、キセキが風呂から帰ってきたところだった。

「監視、ご苦労であった」

 さっぱりしてご機嫌なのか、キセキのテンションは高い。

「監視って……そんなに厄介もの扱いしてたら髑髏君に呪われますよ?」

「う、それはいやだなあ……」

 と、うなだれる彼女も浴衣姿になっていた。さすがに今はバンダナも、サングラスも外している。

 いつも、彼女はそれにラフなジャケット、ジーンズのスタイルなので(それがまた飾らない彼女にこれ以上ないほど似合っているから誰も何も言わないのだが)、こういった変化はジンにとって、見ていて楽しかった。それに。

「キセキさん、浴衣似合いますね」

 彼は素直に思ったことを口に出した。キセキは一瞬聞き取れなかったように、呆けた顔をしたが、しばらくすると少し頬を紅潮させて

「そ、それはどうもありがとう。ジンも似合ってるわよ」

 と返事した。

 

 

「じゃあ私はそろそろ髑髏君と一緒に寝るから。ジンもそろそろ休みなさい」

 そういう彼女はあくまで髑髏君を気にしているらしい。自身の眼自体オカルトめいているのにその類の話に弱いというのがなんだか少し可笑しくて、ジンが顔をにやつかせていると

「なによー、なんかおかしい?」

 眉を八の字にしてキセキは不満の声を上げた。

「いや、もし夜中に髑髏君が光って震えだしたら、いつでも部屋に来てくれてかまいませんから」

 僕の部屋に、ということだろう。

 キセキはまたしても呆気に取られる。彼がそんな大胆(というべきなのだろうか)な発言をするようになったことに驚きを隠せない。

 だがいたって彼は普通ににこにこしている。恐らく自分の言動の大胆さを分かっていないのだろう。

「絶対、それはないわよ」

 この時、ぷいっとそっぽを向いてぴしゃりとそう返した彼女だったが、言った当日、その言葉を覆すことになるとは思いもしなかった。

 

 

 

 コチ、コチ、と、暗い部屋に時計の針の音だけが響いている。疲れているというのにやはり慣れない枕のせいか、すんなり寝付けない。寝返りを打って時計を見てみると、実際感じたほど時は経っておらず、まだ11時すぎだった。

(あー、あいつはどこでも眠れるしなー、今頃すんなり寝てるんだろうなー)

 キセキは隣の部屋に思いをはせていた。

 

 一方、彼女にすんなり眠っていると思われている彼のほうも、実はまだ起きていた。というのも、彼が部屋に帰ると、ジャケットのポケットに入れっぱなしだった携帯電話のランプが点灯していたのだ。なんだろうと見てみると、「アレンさん」からの着信履歴が残っていた。 

 ジンがかけなおしてみると

「おうジン! どうだ、旅行は」

 陽気な声が楽しそうに話しかけてきた。

「旅行ってわけではないですからね、結構疲れましたよ」

 ジンはぐったりした声でそう返した。それでもお構いなしに向こうは喋り続ける。

「で、どうなんだ? 俺がアドバイスしてやったこと、いくつか試したか?」

(ああ、あの……正直どう彼女が喜ぶのかよく分からないセリフ集とか何やらのことですね)

「いえ、まだ特には。……あ、キセキさんの浴衣はお世辞じゃなく似合ってたんでちゃんと口に出して言いましたよ」

 つい先刻のことだ。

「フム、よくやった。はー、なるほど。浴衣かー、浴衣。いいねえ……。羨ましいぞオイ。……じゃなくてまあまだ1日目だしな、ゆっくりやれよ。そのうち夜に自分の部屋に誘えるくらいのムードが出れば最高なんだが」

 それも意識せずに先ほどしたような、ということはあえて口に出さず、ジンはただアレンがしゃべくり倒すのを聞いていた。

 アレンが一体何を楽しんでいるのか、その辺が鈍くてジンにはよく分からない。

 そうこうしていると、ふああ、とあくびが出てしまった。

「お、おねむかジン。せっかく俺が夜の大人の講座を開いてやろうと思ったのになあ……いやいや、冗談だ。悪かったな。ゆっくり休んでくれ」

 さすがに疲れて眠ろうとする者を邪魔するほどアレンはぶしつけな男ではない。そう謝ってすぐに電話を切った。

「ふう」

 それではそろそろ眠りにつこうかと、ジンが布団に入ったその時、隣の部屋で物音がした。

 

 キセキは明日のために眠ろうと努力した。目を閉じていればそのうち眠れると思った。

 そう思った、のだが。

 瞼を閉じようとしても閉じられない。それは恐らく野生の勘だった。過ごしやすい気温なのになぜか汗をかく。

 恐る恐る、枕元に置いた立方体を見る。

 そこには…………

 まさしくお化けと言っていい、髑髏ならぬ骸骨が座っていた。

「ーーーーーっ!!!」

 今回は声を上げることさえ、キセキは忘れていた。

 配達責任者としての務めなど、この時はもう頭から吹っ飛んで、重要配達物であるはずの骸骨君を置いて、部屋から猛スピードで逃げ出してしまった。途中で急須か何かを蹴飛ばしたが、気に留める余裕もなかった。

 

 ジンがその音を聞きつけて隣の部屋へ行こうと立ち上がったとき、ふすまがいい音を立てて開く。

「じ、ジン! が、が、が、骸骨! 骸骨見ちゃった!」

 それはもうひどく動転した様子でキセキは走りこんできた上、ジンの胸ぐらを掴んでぶんぶんと揺らす。

「わ、わ、わ、分かったから落ち着いてくださいよキセキさん!! こっちが吹っ飛びかねません!!!」

「だ、だだだって」

 その時第三者の声が介入する。

「あのう」

 ヒヤリとする、それでいて穏やかな声。生身の人間の声とは思えない。

 キセキとジンは入り口を凝視する。

 そこにいたのは、黒いピエロの仮面をかぶった、白いローブを纏う女性。

「…………!?」

 2人は息を飲む。

「ね、ねえジン。あんたにも見えるの?」

「え、はい。黒い仮面の女の人が」

「……おかしいなあ……。あの人『命あるもの』だと思うんだけど……」

『命あるもの』の真の姿を蒼天の瞳が映すとき、独特の青白い光が灯る。その光があの仮面の女性の周りに漂っている。

「やはりあなたは分かるのですね。私は、そう、あなた方が運んでいる髑髏君、ですわ。ほら」

 上品な口調で彼女は答えた。が、そこでまた先ほどの骸骨の姿になる。

「ひぃぅああああ!」

 ジンの腕が砕けそうな程キセキは強く抱きついていた。

「いだだだ……! キセキさん、ちょっと痛いですってば!」

「うふふ、とか言いつつ顔が赤くなっていますわよ、そこのお方」

 と笑いながらまた黒仮面に白服の姿に戻る女。ジンはますます赤くなってしまった。

「だーーーー! 貴女私のこと怖がらせて楽しんでるでしょーーーー!!」

 キセキが涙目で訴える。

「え、ああ、そうですねえ。だってあまりにも面白い反応で怖がってくれるから。ほほほほ」

 こいつは悪魔だ、とキセキは心の中で呟いた。

「ていうかどうしてジンにも見えるの? 『命あるもの』の真の姿は普通の人には見えないはずでしょ?」

 ジンが普通の人間でないのは確かだが、それを見ることが出来るのは『蒼天の瞳』だけのはずだ。

「それはですね、きっと私がただの『命あるもの』ではないからですわ」

 そう、さらりと彼女は返した。

「それはどういう?」

「そうですねえ、手っ取り早く言えば、私はやはり半分幽霊……というか怨霊……の部類に入るから、でしょうね」

 しばし、沈黙が流れる。

「…………ジン、私夢見てるのかなあ」

 と言いつつジンの頬を引っ張るキセキ。

「ひひゃひゃ! ひへひひゃん、ふふうほへひふんほほほふへふんへふひょ!?(訳・いたた! キセキさん、普通それ自分の頬つねるんですよ!?)」

「ほほほ、面白い方ですわねえやっぱり。とり憑いちゃおうかしら、ほほほ」

「ぎゃああああ」

 わけも分からずジンの頬をさらに引っ張るキセキ。

「ひゃひぇ!! ひゃひぇひぇひゅひゃひゃひいいい(訳・やめ! やめてくださいいいい)」

 

 

 ジンがお茶を淹れ、少しキセキが落ち着く。髑髏の女も「驚かせちゃってごめんなさいね」と言いながら正座していた。黒いピエロの仮面をかぶっていて、人を怖がらせる悪い趣味をお持ちのようだが、案外常識をわきまえている人なのかもしれない。

「で、さっきのはどういう意味なんですか?」

 茶をすすっているキセキに代わってジンが尋ねる。

「ふふ、そうねえ。昔話になるけどいいかしら?」

「ええ」

 すると女はひとつの物語を語りだした。

「その昔、ある陶芸家の男がいました。その男の作品は、正直全然、全く売れなくて。生活にも苦しむほどになりました。だから他の仕事も始めたけれど、男はやっぱり陶芸が好きで、他の仕事をする傍ら、陶芸も秘かに続けていました。その男の作品というのが、天界をモチーフにしたものがほとんどだったのです。まあ、それにこだわりすぎて、どんなに数を作っても、どれも似たり寄ったりな風に見えてしまうのが売れない原因だったのですけど。それでもその男の作品に惹かれた女がいました。陶芸を習いたいと言って、彼の工房に通うようになってから、女は気付きました。彼の作品に惹かれているのと同時に、彼の無邪気過ぎるとも言える天界への情熱、その情熱を持つ彼に恋してしまったのだということに」

 ここで女は一息ついた。

「……それで?」

 今度はキセキが尋ねた。

「男への想いが積もり積もるようになって、ある日女は遂に自らの心中を男に告白しましたわ。ですが男はこう言いました。『私が愛するのは天のみだ。その他を愛することは出来ない。ああ、君が天使だったら良かったのに』と」

 そこで女は深い溜め息をついた。キセキは腕を組んで女に尋ねた。

「…………言っていい?」

「どうぞ」

「その男、最低。ふるならもうちょっとマシな言い方できないわけ? 特に最後の一言がムカっとくるわ」

 キセキが歯に衣も着せずそう言うと、女は少し笑ったような気がした。仮面で分からないが、少し寂しそうに。

「ええ、そうですね。でも彼はそういう、子供みたいな人でした。女は悲しみました。何日も泣き続けました。それほど愛していたのです、彼を。ですがそれが1週間、2週間、1ヶ月……と続くほどに、女の愛は捻じ曲がって、憎しみへと変わっていきました。彼を憎んだわけではなく、神を恨みました。『どうして私を天使にしてくれなかったの』、と」

 このあたりでジンは涙を浮かべていた。もろいやつだと傍目で見ているキセキも、心の中では女に感服していた。そこまでその男を愛していたのか、と。

「ふられてから半年も経たない頃、女は知りました。その男が建築作業中に事故で亡くなったということを。彼は天に召されてしまった、いえ、神に奪われてしまった、女はそう思いました。その日以来、女は憑かれたように、地獄を連想させるような作品を作るようになりました。神に背くつもりで。もともと女には素質があって、まともな作品を作れば普通にあの男よりかは売れて、生活も出来たのでしょうが、地獄をモチーフにした悪趣味な作品なんて、どんなに技巧が優れていても誰も買わない。収入も得られないのに女はやめられなくなって、飲まず食わずで製作を続けるうち、彼女は息絶えました。女の冷たくなった手の下には、彼女が最後に作った壺がありました。そう、それが髑髏型の、あの品です」

「…………」

「そうですね、それからどれほど経った頃でしょうか。いつの間にか女の魂がその壺に乗り移りました。いえ、それより先に壺のほうに『命あるもの』としての資格が与えられたのでしょうか。そのあたりは分かりません。ですが製作者の女が髑髏型の壺の、『命あるもの』の精となったのは確かです」

 女は胸に手を当ててそう言った。

「そうよねえ、覚えてるんだもんね、昔のこと」

 キセキがそう言うと女はこくりと頷いた。そこにジンがそろーっと手を挙げた。

「あのー……するとですね、気になってたんですけど、そのピエロの仮面は何かあるんですか?」

 女がつけている黒いピエロの仮面。それと同じデザインで、白と黒が逆転している仮面を彼は知っている。

「え? ああ、これ? これは実はまた別の『命あるもの』の魂なの」

 女はさらりと答えた。

「魂? 実物じゃないってこと?」

 キセキが怪訝な声を上げる。

「うーん。間違いなく本物なんだけど、実体のない『命あるもの』。物でありながら命を宿すものをそう呼ぶのなら、この世に実体を持たないこの仮面はもうそうは呼べないのかもしれないけど。もともとこの仮面は『命あるもの』として存在していた。でもその仮面が運悪く壊れてしまって、魂だけ、それこそ幽霊ね、なぜか知らないけど私に取り憑いたのよ」

 霊は霊同士でしかくっつけないということだろうか。

「あの、その仮面、もしかして対になる仮面があったりするんでしょうか」

 ジンがやけに詳しく尋ねる。『命あるもの』のなかに、対になるものが多く存在するというのは周知の事実だ。

 それでキセキはやっと分かった。ジンはあの、黒いスポーツカーの男のことを気にしているのだと。

「うーん、どうかしら。私もそのあたりは……でもそうね、もし対になるものがあるのなら、そちらに吸収してもらえればこの仮面、外れそうだわ」

 彼女の言い振りからすると、仮面を自力で外すことが出来ないようだ。

「ねえ、てことはジン。あの男の仮面も『命あるもの』で、あの人も自力で仮面外せないからずっとつけてるのかしら」

「……そうでしょうねえ。外せるんだったらお風呂のときくらい外しますよねえ……」

 女は少し黙って聞いてから

「? 対の仮面、付けてる人がいるの?」

 と、きょとんとしたように尋ねた。

「まだ確定とは言い切れませんが、それと同じような仮面を付けた人、今日この宿で見たんですよ」

 ジンが答えた。

「あら、それは奇遇ね! ぜひ会いたいわ!! というかお願いしてもいいかしら、面白い配達屋さんたち。私を保管庫に届ける前に、この仮面、外させてほしいの!!」

 女が熱の篭った声で頼み込んできた。

 だが女の仮面を向こうに吸収させたとして、女が仮面から解放されても、向こうの仮面が外れるかどうかは分からない。

「はー、なんかややこしいことになったわね……」

 キセキがジンの心中も代弁してくれた。

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