文化祭へ行こう(2)
いよいよ白百合女子高校の文化祭が始まった。
羞恥心を捨て、完璧な女装をしたハルだったが……。
白百合女子高校文化祭当日。
花火が上がり、お祭り気分の学校にハルはやってきた。
長い黒髪のウイッグと、千景&ローズ監修の徹底的な化粧。
男と気づく人は多分居ないだろう、とばかりに完璧な女装をして。
「ふむ、やはり休日に来るのとは雰囲気が違うな」
「文化祭だもんね。やっぱりみんな浮かれてる感じがします」
「……二人とも、くれぐれも頼むぞ」
ハルは同行している紫音と柚子に念を押す。
「承知している。ハルは私の姉という設定だな」
「そして、私の姉でもあるんですよね……」
ごめんね、姉でごめんね。
でもね、柚子が姉って言うのは無理があるんだよ。
何というか、物理的に。
「俺は秋乃の従姉妹で、妹たちと文化祭に遊びに来た。そう言う体で」
「問題ないが、万が一理事長に遭遇したらどうする?」
「私達も顔を知られてますから、恐らく確実にバレると思いますよ?」
「……その時は、俺は大人しく従う。劇は柚子がビデオに撮ってくれ」
ハルはハンディカムのカメラを柚子に渡す。
本来なら、最初からこの二人に任せるのが良策なのだが、奈美はハルに見に来て欲しいと言っていた。それは出来ることなら叶えてあげたい。
そんなハルの決意を感じたのか、
「ふむ、どうやらハルは奈美に対して大分甘いようだな」
「良いんじゃ無いですか。好きな子に甘くても」
紫音と柚子は何やら納得した様に頷く。
「コホン、とにかく、劇まで二時間くらいある。怪しまれないよう、出店を回ろう」
「そうだな。私も文化祭というのを堪能したい」
「研究発表にも興味がありますしね」
ハル達三人は、入り口で招待券を渡して学校の中へと入っていった。
目立たなければ、どうと言うことはない。
完璧に女装したハルは、目立たない自信があった。
だが、それは直ぐさま砕かれる事になる。
「ふむ、見られているな」
「見られてますね」
「……何故?」
出店を巡る間、ハルには女子生徒からの視線が集中していた。
それは疑惑や悪意のある物では無く、むしろ……。
「ばれてるのか?」
「いや、違うと思う。そう言った嫌疑の視線では無いな」
「じゃあ何でだ。化粧も完璧にして貰ったのに」
「あの~多分それが原因だと思います」
柚子の言葉に、ハルはどうして、と尋ねる。
「ハルさんは元々整った顔立ちですし、中性的な魅力があります。それを化粧で更に磨いてしまったので、恐らく……見とれているのかと」
「……はぁ? だって、みんな女の子だぞ?」
「女性は綺麗な物や美しい物に惹かれますからね。女子高では珍しく無いんですけど」
完璧な女装が裏目に出た形だ。
女子生徒や来客から羨望の視線が集まり、ハルは凄まじく居心地が悪い。
「それだけハルが女性として認識されていると言う事だ。良い傾向だろう」
「……そりゃそうだけど……何というか……複雑だ」
劇までの時間、ハルの気は休まる事が無かった。
約二時間。
幸いというか、理事長に遭遇する事は無かった。
だが、
『あの、お姉さまと呼んでも良いですか?』
『良ければ、私の妹に……』
次々と繰り出される精神攻撃に、ハルはすっかり参ってしまった。
正直、知りたくない世界を知ってしまった気分だ。
「……早く……劇に行こう……」
心配そうな顔をする二人と共に、劇が演じられる体育館へと向かう。
そこには、
『新訳 ロミオとジュリエット』
とシェイクスピアが卒倒しそうな看板が大きく掲げられていた。
「新訳……奈美が言うには喜劇とか活劇物らしいけど」
「学祭用にアレンジしたと思いますけど、台本担当者は大変だったでしょうね」
「寡聞にして知らないが、ロミオとジュリエットと言うのはどういう話なのだ?」
「ん~簡単に言うと、男女の悲恋話かな」
ハルは簡単にあらすじを話す。
物語の舞台は、ヴェローナという都。
そこに、モンタギュー家とキャピュレット家という対立する名家があった。
ロミオはモンタギューの息子で、ジュリエットはキャピュレットの娘。
二人は偶然出会い、恋に落ち、秘密裏に結婚してしまう。
その後色々あり、ロミオはヴェローナから追放される事になってしまった。
ジュリエットは進められる縁談から逃れ、ロミオと一緒になる為に、仮死状態になる毒薬を飲む。
だが、その話がロミオに伝わらず、ロミオは本当にジュリエットが死んだと信じてしまう。
悲しみに暮れたロミオは、ジュリエットの側で自ら命を絶つ。
目覚めたジュリエットも、傍らで冷たくなったロミオを見て、後を追う。
若い恋人達の死により、両家の長年の不和は終わりを告げる。
「簡単に言うとこんな話かな。大分端折ったけど」
「ふむ……大筋は分かったが、それをどうやって喜劇や活劇に出来るのだ?」
それはハルも知りたい。
「ま、百聞は一見に如かずだ。精々楽しみにするとしようか」
三人は体育館に入り、座席をキープする。
上演時間が迫るに連れて、続々と観客が体育館を訪れる。
十分前には、すっかり席は埋まり、立ち見まで出る大盛況ぶりだった。
そして、開演時間。
体育館の照明が消えて、舞台に明かりが灯る。
ゆっくりと暗幕が上げられ、舞台の幕が上がった。
簡単な説明が入る。
基本的な設定は、元の話と変わらないようだ。
場面はロミオとジュリエットの出会いへ。
『あら、貴方は?』
『名前を聞くときはまず自分からって、ハル……父上から習いませんでしたか?』
思わずハルは口に含んだジュースを吹き出し掛けた。
煌びやかな衣装に身を包んでいるが、奈美は奈美だった。
『私はジュリエット。このキャピュレット家の娘にして、実質の当主です』
(……そうなのか?)
(いや、違う。多分これが新訳なんだろ)
『僕はロミオ。モンタギュー家の息子だ』
『ああ、貴方があの有名な馬鹿息子……』
『その歯に衣着せぬ物言い、気に入った。結婚してくれないか?』
がくっと、観客全員がずっこけた。
今までの会話で、何処をどう取ればその流れになるのか。
『そうですわね………………くす、良いですわよ』
『本当かい?』
『ええ。貴方なら私の役に立ちそうですから』
『やった~♪』
喜ぶロミオと、それを冷めた視線で見つめるジュリエット。
(……何か、ジュリエットが腹黒いな)
(新訳……の筈です)
観客全員の不安を受けつつ、劇は進行していく。
場面はモンタギュー家に。
『この馬鹿息子! 一体何処をほっつき歩いてた!』
『うん、ちょっとキャピュレット家の舞踏会に』
『馬鹿者ぉぉぉ! あそこと家の関係を知らぬ訳ではあるまい!』
『???? 仲悪いの?』
再びずっこける観客。
『長年に渡って対立していると、前から言っていただろう』
『あ~そう言えば聞いたことがあるような』
『はぁ、まあ良い。それで、何も問題を起こさなかっただろうな?』
『はは、父上は心配性だな。勿論何も……あ、一つあった』
『……何をやらかした?』
『大した事じゃないけど、ジュリエットって娘と結婚の約束してきただけだよ』
『何ぃぃぃぃぃ!!!』
モンタギュー役の学生は、女性とは思えぬ名演技だ。
『結婚式には呼ぶから』
『ならん、ならんぞ。寄りにも寄ってキャピュレットの娘とくっつくなど、認めん!』
『え~良いじゃん。そもそも、どうしてそんなに仲が悪いの?』
『…………知らん』
『はぁ?』
『先祖代々仲が悪いのだ。本音を言うと、儂はキャピュレットに何の感情も無いのだが、一応世間の面子とかご先祖様への恩義とか色々あるし……』
(……なんか、妙にリアルだな)
(現実にもありえる話だから困る)
『じゃあさ、これを切っ掛けに仲直りしようよ。丁度良い切っ掛けって事で』
『……だがな、あのジュリエットという娘、あれは魔女だぞ』
『変わった子だよね。そこが可愛いけど』
『…………モンタギューは、終わったかもしれん』
ガックリと肩を落とすモンタギューに、観客一同激しく同意した。
場面は変わってキャピュレット家。
『お父様、私モンタギュー家のロミオと結婚する事にしました』
『なっ!!』
『式は明後日にもあげます。司祭様も二つ返事でOKでしたわ』
『いかん、我がキャピュレットとモンタギュー家は……』
『大公様も大喜びでしたわ。あ、ドレスの見立てをしなくては』
『いや、だからね……』
『招待状は今から徹夜すれば間に合うでしょう。お父様も手伝って下さいね』
『その……』
『あら、何かご不満でも?』
冷たい目を向けるジュリエットに、観客はうわーと内心キャピュレットに同情した。
『無能なお父様に変わってキャピュレット家を切り盛りしている私に、まさか反対なんかしませんよね?』
『…………ぐすん』
(ひ、酷すぎる……)
(ジュリエットとは、本来このような人物なのか?)
(いえ、運命の翻弄される十三才の少女の筈です)
『では準備がありますのでこれで』
舞台袖に引っ込むジュリエット。
『まずい、まずいぞ。だが儂はジュリエットに物を言えぬし…………そうだ!』
(どうするんだろ?)
『ティボルトに頼んで、ロミオに喧嘩を吹っ掛けさせよう。それを口実に奴を罪人にしてしまえば良い』
(誰だ?)
(キャピュレット婦人の甥だよ)
(原作では、彼がロミオの友人を殺し、ロミオが彼を殺す事でロミオが追放されるんです)
一応、話の流れは原作に沿ってるようだ。
全く先の読めぬ展開に、ハル達は知らず知らずのうちに劇へ集中していく。
再び場面が変わり、テラスでロミオとジュリエットが会話するシーンに。
『やあジュリエット。今日も綺麗だね』
『ありがとう。ねえロミオ、貴方はどうしてロミオなの?』
『そりゃ、親が名付けたからだよ。君こそどうしてジュリエットなの?』
『不満かしら?』
『呼びづらいし噛みそうになるんだ。出来ればジュリとかに改名出来ない?』
『貴方が私の夫になれば、どう呼んでも結構よ』
名シーン台無しだ。
『ねえロミオ。モンタギューとかキャピュレットとか、馬鹿らしくない?』
『そうだね。僕もそう思うよ』
『折角私達が結ばれるんですもの。いっそ、一つにしちゃわない?』
『いいけど、何て名乗るんだい?』
『それは後のお楽しみ。それでね、多分明日あたり……』
ロマンチックは何処へやら。
二人の逢瀬は、何やら怪しい密会へと変わっていった。
またまた場面が変わって、ロミオとティボルトが対峙する。
『お前がモンタギュー家のロミオだな。何でかは分からないけど、絡ませて貰うぜ』
『ロミオ、お前また何かやったのか?』
『ん~心当たりが多すぎて』
『だよな』
親友のマキューシオは、欠片も擁護する気はない。
『……えっと、とにかく覚悟!』
『危ないロミオ。ぐわぁ』
ディボルトの刃が、ロミオを庇ったマキューシオの胸に刺さる。
リアルな血糊が衣装から溢れた。
『あ~やっちゃったね』
『い、いや、そんなつもりは……』
『カットなってついやってしまった、そんな感じ?』
『そうそう』
どこの切れる若者だ、と観客達は心の中で突っ込む。
『えっとこの後は……そうそう、おのれよくもマキューシオを殺したな~』
『ぐぁぁ』
ロミオの手に掛かり、ティボルトは倒れた。
(ま、まあ原作通りかな)
(ええ、後はロミオが大公に追放の罰を受ければ)
その後は原作通り、ロミオはしょっぴかれ、追放の罰を受けた。
こっから悲劇に一直線。
の、筈だったのだが。
『此度の事件、全ての差し金は我が父キャピュレットによるものです』
大公にジュリエットは真実を告げる。
証人として、キャピュレットとティボルトの会話を聞いていた使用人も連れて。
真実が明るみに出たキャピュレットは失脚。
ロミオは罪を許され、ジュリエットは名実共にキャピュレットの当主に。
だが、まだジュリエットは止まらない。
『真実を見極められない者に、大公たる資格はありません』
ヴェローナ大公を罷免し、その座に着くこととなった。
綿密な根回しで、重要ポジションのほぼ全員を味方に付けたジュリエットに、大公は抵抗する事すら出来ずに、ロミオの替わりに追放されてしまう。
『今この時をもって、私がヴェローナの大公です。名をジュリエット・ヴェローナと改め、夫のロミオと共にこの街を収めます』
『えっと、じゃあ僕はロミオ・ヴェローナ?』
『ええ。これでモンタギューとキャピュレットで悩むことは無いでしょ?』
『凄いやジュリエット』
『やがては王へと上り詰めますよ。着いてきてくれますね?』
『勿論だよ、ジュリ』
二人はそっとキスを交わすのだった。
はい、酷い話です。
カッとなってついやってしまいましたが、反省はしてません。
もしロミオが脳天気で、ジュリエットが知略に優れた強い女性だったら、と言うイメージだったのですが……完璧に千景化してましたね。
この後の話も続ける予定でしたが、尺が長くなりすぎたので分割しました。
次で文化祭の話は終わりです。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。