文化祭へ行こう(1)
奈美が通う白百合女子高校で、文化祭が開かれる。
ハルを誘いたい奈美だが、ハルには少し困った事情があって……。
ある日の夜。
ハルと奈美は、いつものように夕食を共にしていた。
たわいない会話をしながら食事を進めていると、
「あ、そうだ。ハルは今週の日曜日、何か用事ある?」
不意に奈美が切り出した。
「ん~別に無かったと思うけど」
「じゃあさ、うちの文化祭に来ない?」
「…………無理だ」
「どうしてよ。ちゃんと招待券あげるから」
「俺はお前の所の理事長に、面が割れてるんだよ。次は見逃さないって釘も刺されてるし」
コレクトとの対決時に、ハルの女装はあっさり見抜かれていた。
今回は大目に見るが、次は遠慮して欲しいとも。
「下手打てば騒ぎになるだろうし、パスさせてもらうよ」
「むぅ~。折角ハルに良いところ見せられると思ったのに」
頬を膨らませて残念がる奈美。
「良いところって、何か出し物でもやるのか?」
「実はね、クラスで劇をやるんだけど、私主役に選ばれたのよ!」
「へ~そりゃ凄い。演目は何だ?」
「ロミオとジュリエットよ!」
言わずと知れた、シェイクスピアの名作だった。
四大悲劇よりも、日本では知名度が高い作品かも知れない。
「主役って言うと…………ロミオか」
「凄い、何で分かったの?」
「……消去法だよ」
奈美がジュリエットを演じる姿が、欠片も想像出来なかったから。
「でも文化祭で悲劇って言うのは、あまり共感できないチョイスだな」
「え? ロミオとジュリエットって悲劇なの?」
シェイクスピアもビックリだ。
あれだけ人騒がせな悲劇もそうそう無いというのに。
「だってお前、もう稽古とかしてるだろ。台本読んだよな?」
「読んだけど、悲劇っていうか、寧ろ喜劇とか活劇っぽいけど」
驚くハル。
シェイクスピアはもっと驚いただろう。
「あれを喜劇や活劇って…………ひょっとして、台本改編したのか」
「よく分からないけど、悲しい話なら私は呼ばれないと思うわよ」
「ああ、納得だ」
全力で頷いた。
「興味あるけど、やっぱり俺は行けないな。秋乃にビデオでも撮ってもらうか」
「あ、それ無理だと思うわ。だって、秋乃も劇に出るから」
「この流れから行くと、ひょっとして……」
「うん、ジュリエット役で」
速攻でプランが潰され、ハルは頭を抱える。
「ん~どうしたものか……」
「あのね、多分ハルが来ても平気だと思うわよ」
「何を根拠に」
「だって、ハルの顔を知ってるのは、理事長先生だけなんでしょ?」
こくりと頷く。
「理事長先生、あまり外に出ないから、注意して動けば会うことなんて滅多に無いわ」
「……うん、地味にフラグ立ったな」
『滅多に会わない』は、『何故かその日に限って』と言う名のフラグだ。
「駄目……かな?」
上目遣いでハルを見つめる奈美。
「劇で主役やる何て初めてだし、ハルに見て欲しいんだけど……」
「ぐっ……」
強力な精神攻撃に、ハルの心は揺れ動く。
「無理ならしょうがないけど……出来れば来て欲しいな」
「…………」
心の中の天秤が激しく動く。
天使と悪魔が互いにせめぎ合い、理事長との約束と奈美を秤に掛ける。
『おいおい、奈美がここまで言ってるんだぜ。行くのが男ってモンだろ?』
『駄目よハル。理事長先生と約束したじゃない』
『あん、ならお前は女の子を悲しませても良いって言うのかよ?』
『そ、そんな訳じゃ無いけど……』
『非常時で休日なら大目に見てくれるんだろ。文化祭の日は学校休みだし、通常時でも無いぜ』
『それは曲解だわ』
『あの婆さんなら、ばれても謝れば許して貰えるって』
『いけないわ。そんな邪な気持ちじゃ。理事長先生の気持ちを踏みにじる事になるわよ』
『断れば奈美の気持ちを踏みにじる事になるんだぜ?』
『だけど……』
『一生で一度になるかも知れない主役。見てやりたいじゃねえか』
『それはそうだけど……』
『……悲劇じゃないロミオとジュリエット、見たくないか?』
『うぐぅ……確かに見たいかも』
『なら決まりだ。ほらハルよ、行くって言っちゃえって』
『………………』
『ほら、お前からも言えよ』
『コホン、ハルよ。神は見て見ぬふりをするでしょう。己の望むまま行動しなさい』
ゲームセット。
「天使弱いな~」
「えっ?」
「いや、こっちの話。まあ、何とかしてみるよ」
「それじゃあ」
「ああ、文化祭に行くぜ」
心の中の天使と悪魔に後押しを受け、ハルは力強く言い切った。
一瞬驚いた奈美だが、直ぐさま満面の笑みに変わる。
「やった~~! ありがとうハル♪」
「お礼を言われるのも変だけどな」
「すっごく嬉しいわ。最高の劇を見せるから」
「期待してるよ」
ハルは優しく微笑むが、思考は既に別の事を巡らせていた。
(完璧な女装が必要だ……となれば、やっぱり頼むしか無いよな)
生半可な変装では駄目だ。
ハピネスという強力な仲間の力を借りなければ。
(今回は迷いは無い。全力で…………女装してやる)
吹っ切れたハルは、男を捨てる覚悟を男らしく決めるのだった。
そして、文化祭の当日を迎える。
更新ペースは、落ち着くまでこの位になりそうです。
ロミオとジュリエットは、学校で習った程度の知識しか無いので、本格指向の方はあまり期待しないで下さい……というか見逃して下さい。
ハルの中の天使と悪魔が初登場。
まあ、パワーバランスは圧倒的に悪魔有利でしたが。
奈美に関しては甘い、と言うのはここにも影響してました。
奈美と秋乃が演じるロミオとジュリエット。
果たしてどの様な舞台になるのでしょうか。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。