○○遊園地で、僕と握手
日曜朝の戦隊物に嵌っている紫音。
そんなある日、ヒーローショーが開かれる事を知り……。
日曜日の朝。
仕事が始まる前の、ハピネス事務所に一人の少女が居た。
結城紫音、千景の姪にしてハピネス準メンバーの彼女が事務所にいる理由は、
「……格好いい」
テレビ鑑賞の為だった。
怪物戦隊ドロロンジャー。
日曜日の朝に放送している、特撮ヒーロー番組だ。
五人の男女が呪われた力を使い、悪の組織と戦うのが大筋の話。
時に悩み、時に苦しみながら、呪いが解ける日を願う姿は、子供だけでなく大人達にも大好評。
そして、紫音もすっかりはまっていた。
自宅のテレビは、千景がニュース番組を見るために使用不可。
なので、日曜日の朝は事務所で番組鑑賞するのが日課になっていた。
そんな平和な、ある日の事だった。
「ねえねえ紫音ちゃん、知ってる?」
「ん、何をだ?」
中学校の教室で、友人に主語を抜かれた質問を受けた。
「あのね、今週の日曜日のお昼に、デパートでドロロンジャーのショーをやるんだって」
「!!!!」
その時紫音に電流走る。
「ま、誠か?」
「うん、ほらチラシ」
紫音は受け取ったチラシを、限界まで凝視する。
『桜ヶ丘デパートで、僕達と握手!』
凛々しげに親指を立てる、ドロロレッドの姿に、紫音はすっかり心奪われてしまった。
その姿は、知らない人が見れば確実に恋する乙女のそれだ。
「紫音ちゃん、紫音ちゃん」
「……はっ! すまん、少々考え事をしていた」
人はそれを妄想という。
「紫音ちゃんドロロンジャー好きだよね? 行ってみたらどうかな?」
「うむ! 貴重な情報感謝するぞ」
紫音は友人の両手を掴み、大げさに握手をする。
「帰ったら真っ先に、千景に仕事を入れないように伝えなければ」
彼女の思考は、既に日曜日のデパートへと飛んでいた。
学校が終わると、紫音は急いで事務所へと向かった。
仕事を入れないで欲しい、と千景に告げる為だ。
駆け足で階段をあがり、事務所のドアを開く。
すると、
「ねぇ~良いでしょ~、一緒に行こうよ~」
奈美が何かをねだる声が聞こえてきた。
「あのな、だから何処に何をしに行くのか言えって」
「日曜日にデパートの屋上でやる、ドロロンジャーのショーよ」
奈美の言葉に、紫音の心臓は跳ね上がった。
「何だよその、ドロロンジャーって?」
「「ご存じないのですか!?」」
声は、事務所にいた全員から発せられた。
「な、何だよみんな揃って?」
「「不祥事で打ちきりになった番組の穴埋めからチャンスを掴み、大人気番組の座を駆け上がっている特撮ヒーロー新時代番組こそが、怪物戦隊ドロロンジャーです!!」」
何処の超時空シンデレラだ。
そんな突っ込みが言えないほど、ハルを除くみんなの表情は真剣だった。
「そ、そうなのか……」
「ええ。深く重厚なストーリーと、笑い有り涙有りの構成、メンバー同士の衝突とそれを乗り越えて芽生える友情、淡い恋心、更に見事なアクションシーンは、もはや一娯楽番組の枠を超えています」
力説する柚子に、事務所の面々は頷く。
「オモチャも多数発売してるしぃ、魚肉ソーセージも大人気。来年の初春にはぁ、待望の映画化も決定したのよぉ」
「ゲームも発売日に完売御礼。一種の社会現象と言えるだろうな」
ローズと蒼井が補足説明をする。
またも頷く面々を見る限り、ハル以外には周知の事実のようだ。
「そんなドロロンジャーを知らないなんて……」
「た、頼む……そんな信じられない者を見る目を止めてくれ……」
マイノリティとは、これほど恐ろしいものなのか。
それから三十分ほど、ハルはドロロンジャー特別講義を受けた。
「……で、そのドロロンジャーのショーを見に行きたいと?」
「モチのロンよ。この機会を逃すなんてあり得ないわ」
「今週の日曜か……ちょっと待ってくれ」
ハルは手帳を開き、スケジュールを確認する。
「大丈夫だな」
「よっし! じゃあ一緒に行こうよ♪」
満面の笑みを向けてくる奈美に、ハルは苦笑を浮かべつつも、満更ではない。
どうせ予定のない休日。
誰かと一緒に出かけるというのは楽しいものだ。
「分かったよ。んじゃ予定を決めるとしようか」
「OK。整理券の配布が十時からだから……」
早速当日の予定を話し始める二人に、
「コホン。なあ二人とも、私も一緒に行って良いか?」
紫音はさり気なくアプローチを掛けた。
「ん、紫音もドロロンジャー好きなのか?」
「ま、まあな」
ディープなファンだとは言わない。
「俺は全く構わないよ。奈美は?」
「大歓迎よ♪」
やはり自分と同じ趣味の人が居ると嬉しいのだろう。
奈美は笑顔で紫音と握手を交わす。
その後、ハピネスのみんなも参加しようとしたのだが、
「……当然、日曜日もハピネスは通常営業ですよ?」
一人輪の外にいた千景の一言で、勤務予定だった半数が涙をのむことになった。
そして、日曜日がやってきた。
午前九時五十分。
デパートの屋上は、異様な熱気に包まれていた。
トップアーチストのコンサート並に、盛り上がる観客達。
開演十分前から、既にテンションはマックスだ。
「……なんか凄いな」
「うう、遂に生ドロロブルーが見れるのね」
興奮を隠しきれない奈美。
「ドロロレッド……」
恋する乙女のように、うっとりとする紫音。
「ドロログリーンの体付きぃ、たまらないわねぇ」
舌なめずりをするローズ。
「これだから素人は。玄人ならドロロイエローだろうが」
妙な拘りを見せる蒼井。
「ドロロピンクが可愛いんですよ♪」
はしゃぐ子供達に完全に紛れ込んでいる柚子。
ハルを除く全員が、今か今かとその時を待ち望んでいた。
午前十時。
舞台上にスモークと派手な音が響き、如何にもな怪人が姿を現した。
『がははは、今日はこのデパートで悪さをするか』
三体の怪人は、分かりやすく説明してくれる。
『そこのお前、人質になれ』
「きゃぁぁぁ」
進行役のお姉さんを、これまたお約束通り捕まえる。
「みなさん、ドロロンジャーを呼んで下さい」
ハルが子供の頃遊園地で見た、ヒーローショーの流れそのものだ。
「大きな声で呼びましょう。せ~のっ」
「「ドロロンジャー!!!!」
ビリビリと、空気が震えるほどの大音量が屋上にこだました。
思わずハルが耳を押さえる程の声。
だが、約束事なのか、お姉さんはリテイクを指示する。
「もっと大きな声で」
「……いやいや、充分聞こえるだろ」
そんな突っ込みに答える無粋な人は居ない。
「もう一度、せ~のっ」
「「ドロロンジャー!!!!!!!!!!」」
騒音一歩手前の大音量だった。
大人も子供も、老若男女問わず声を張り上げる。
鳥たちが一斉に逃げるように飛び立つ程の声に応え、ついに彼らが登場する。
突然BGMが鳴り出し、舞台袖からスモークが焚かれる。
歓声の中、
『待てい。これ以上の悪事は許さないぞ!』
五つの人影がステージに躍り出た。
途端先程の声を凌駕する大歓声。
『悪を許さぬ正義の心が燃える、ドロロレッド!』
「きゃぁぁぁ、ドロロレッド~~~♪」
紫音が壊れた。
顔を真っ赤にして、手を大きく振っている。
『悪を射抜くは冷たい眼光、ドロロブルー!』
「ブル~~~~~!!! 格好いい~~~」
奈美が大ハッスル。
『自然を愛する正義の戦士、ドロログリーン!』
「素敵~~~、抱いてぇぇぇぇ!!!」
駄目だこの人、何とかしないと。
つまみ出されないかと、ハルをヒヤヒヤさせるローズ。
『悪を照らし正義を示す、ドロロイエロー!』
「発明家魂を見せてやれ~!!」
カレーが好きという設定は無いらしい。
発明担当のイエローに、蒼井がかつて無いテンションで声援を送る。
『慈愛の心で仲間を癒す、ドロロピンク!』
「……グッドです」
うっとりと何度も頷く柚子。
紅一点で治療担当のピンクにお熱のようだ。
『呪われし力で悪を打ち砕く、怪物戦隊ドロロンジャー、ここに見参!!』
「「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」」
見得を切りポーズを取るドロロンジャーに、今日一番の歓声が向けられた。
後はお約束通りの展開だった。
殺陣を披露し、観客から別の人質にお越し頂き、ヒーローがピンチ。
謎の六人目、ドロロブラックが登場し、アドバイスを送る。
そしてみんなの声を力に変えて、悪を倒す。
三十分ほどのショーだったが、恐ろしいほどの一体感と満足感のあるものだった。
ショーの後は、握手&サイン会。
ハピネスの面々は、それぞれお目当てのヒーローからサインをゲットしていた。
「はぁ~満足満足。やっぱりブルーは格好いいな~」
「うむ、これは家宝にするぞ」
「グリーンの手、逞しかったわぁ」
「ふふふ、同じ発明家として、イエローのサインは吾輩の活力になる」
「ピンク、可愛かったです」
満足したハピネス一行が帰路につこうとする。
「……悪いけど、先に帰っててくれ」
「ん、どうかしたの?」
「ちょっと、買い物があってな」
ハルは奈美達から離れ、一人デパートのある店へと直行する。
やってきたのは、DVD販売店。
ハルはあるDVDを手に取ると、迷わず購入した。
「……ドロロンジャー。侮れない」
デパートから出たハルの手には、ドロロブラックのサインと、ドロロンジャーDVDBOXがしっかりと握られていたのだった。
タイトルは……勿論アレです。
作者も子供の頃、一度だけ連れて行って貰ったことがあります。
いや~アレは結構楽しいんですよね。
紫音のキャラが変わったようにみえますが、そんなことはありません。
好きな物に関しては、思わず人が変わったようになるのは、普通の人なら誰でもあることだと思います。
紫音も、徐々に普通の女の子に変わっていますね。
興味ない人が、友人の薦めでその人以上に嵌ってしまう事って、ありますよね。
今回はハルが見事に嵌ってしまいました。
大人になってこういう物に嵌ると、結構洒落になりませんが……。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。