ハルを巡る物語後日談《正義の味方》
ボスへの報告のため、本部へと向かう冬麻と菜月。
ただ今回は、二人旅ではなく……。
一機の飛行機が、早朝日本を飛び立った。
小型のそれは、旅客機とは明らかに違うフォルムをしている。
両翼が無く、大きな涙のような流線型をしていた。
定員十名にも満たない機内には、四人の乗客があった。
「到着までは五時間程か」
「朝食は向こうに着いてからにしましょ♪」
「ふっ、問題ないさ。昨晩は君をたんまり頂いたからね」
「もう、パパったら♪」
冬麻と菜月は隣に座り、何時も通りのいちゃつきぶりを見せつけている。
見せつけられているのは、通路を挟んで反対側の席に座る二人の男女。
何とも言えない表情で黙っていた。
「……おや、どうした? ひょっとして飛行機苦手なのかな?」
「いえ、問題ありません」
「同じく」
二人は冬麻の問いかけに短く答える。
「そうか、まあ向こうに着くまで五時間ある。何なら眠っていても良いぞ」
「もし眠くないなら~、一緒にトランプやらない? 私ババ抜き得意なの♪」
「…………」
「どうしたのかな?」
「何故、私達を連れてきたのですか。貴方達にとって、忌むべき相手でしょう」
「息子さんを拉致し、非道な実験を行った……私達を」
男女、ブラックとホワイトは沈んだ顔で尋ねた。
「理由は色々あるが、まあ詳しくは向こうに着いてから話すよ。どうせボスに報告するしな」
「正義の味方のトップ……」
「あはは~そんな緊張しないで平気だよ。とっても面白い人だから♪」
「直接……私達を裁くつもりですか」
「ん~どうにもネガティブだな。そんなんじゃ人生詰まらんぞ」
硬い表情の二人に、冬麻は苦笑しながら告げる。
「どの様な裁きも受けます。私の目的を果たしてくれたお二人に、逆らうつもりはありません」
「ブラック……」
「心配しないでよ~。別に食べたりはしないから~」
菜月は心配そうに呟くホワイトに答えると、素早くトランプを手渡す。
「じゃあやろう、最初は大貧民ね♪」
暗くなりがちな空気を振り払うように、菜月は強引にゲームを始めるのだった。
一行を乗せた飛行機は、五時間のフライトを終えてスイスに到着した。
上空を旋回しながら、着陸の許可を待つ。
「……本当に五時間で……通常の半分以下だぞ」
「はっはっは、まあ発明好きの爺さんが作った特別製だからな」
驚愕の表情を浮かべるブラックに、冬麻は軽く答える。
考えられない速さなのだが、冬麻にとっては驚くことでは無いようだ。
「空港では無いのですか?」
「君達の身柄は少々複雑だからな。直接うちの本部に来て貰った」
「あれが……正義の味方の本部」
大きなビルを中心に、大小様々な施設が集まっていた。
敷地は六角形の形に区切られている。
「流石、攻めにくそうですね」
「防衛力なら間違いなく世界一だろう。お、着陸許可が出たな」
飛行機はゆっくりと高度を下げていく。
垂直に。
「とんでも無い科学力ですね」
「はは、本音は滑走路を作るスペースが勿体ないってだけなのだがな」
その間にも、飛行機は地面へと近づいていく。
「そろそろ着くぞ。降りる用意を……」
「もう少し、もう少し時間を。せめて一矢報いねば」
声を掛ける冬麻に、ホワイトが必死な形相で願い出る。
「さあ菜月さん、もう一度勝負です!」
「ん~じゃあこれで最後ね。これから幾らでも遊べるし♪」
菜月は笑いながら、トランプをシャッフルして配る。
「……すっかり打ち解けてる」
「菜月は人見知りしないから、友達を作るのが上手いんだよ」
大貧民で大敗を喫したホワイトは、菜月にサシでの勝負を持ちかけた。
ブラックが冬麻と話をしたかったこともあり、二人で出来るポーカーで遊んでいたのだが。
「五百戦零勝五百敗……せめて一度だけでも」
「えへへ~はい、じゃあ始めよう」
配り終わったカードを互いに手に取り、ホワイトは唇を笑みの形に歪めた。
「くっくっく、勝利の女神は私に微笑んだようです。ノーチェンジで」
「おぉ、いい手みたいだね~。なら私は全取っ替えで」
菜月は手札を捨てて、新たに五枚のカードを引く。
それを裏返しのまま確認しない。
「勝負を捨てましたか? なら勝たせて貰いましょう。オープン、ストレートフラッシュです!」
ダイヤのストレートフラッシュを、誇らしげに見せつける。
「うわぁ~凄いね。さてと、私の役は~」
伏せたままのカードを、一枚ずつ捲っていく。
ダイヤのエース。クラブのエース。ハートのエース。クローバーのエース。
「ふぉ、フォーカード!?」
「さ、流石ですが……私の役の方が上です」
冷や汗を掻きながら強がるホワイト。
全員が見つめる中、最後の一枚が捲られ、
「「ふぁ、ファイブカード!!?」」
姿を見せたジョーカーに、ブラックとホワイトの絶叫が重なり合った。
「えへへ~私の勝ちね♪」
ファイブ・オブ・ア・カインド。
ルールにもよるが、ロイヤルストレートフラッシュすら上回る幻の役。
全取っ替えでそれが入る確率など、計算したくもない。
「気に病む事はない。トランプで菜月に勝てる人間など、この世に居ないだろうからな」
「……身をもって知りました」
ガックリ肩を落とすホワイトは、参りましたと菜月に頭を下げるのだった。
着陸した飛行機を降りた四人。
車で敷地内を移動し、中央のビルへと向かった。
「ここは?」
「本部の中枢施設だよ。さて、手続きをするから少し待っていてくれ」
冬麻は一人受付へと向かい、何やら話をする。
受付嬢が内線で何処かと連絡を取った後、小さく頷き戻ってきた。
「丁度良いタイミングだった。早速行くか」
「えへへ~、さーちゃんと会うのは久しぶりだね~」
「最上階がボスの部屋だ。案内するから着いてきなさい」
四人はエレベーターで最上階まで移動する。
そして、廊下の一番奥にあるドアの前に立った。
「ボス、俺です。入ります。返事はいりません」
軽くノックをすると、返事も聞かずにドアを開く。
ドアの向こうには、広い執務室があった。
その部屋の主は、椅子に座って来客を待ちかまえていた。
「まったく、あんたは礼儀をしらんね。女の部屋に入る時は少し遠慮したらどうだい?」
冬麻に悪態をつくのは、一人の女性だった。
美しい黒髪、透き通る様な白い肌、神秘的な紫の瞳。
寝間着の様な浴衣を雑に着崩し、気怠そうに煙管を加えている。
「そりゃ失礼。「女」の部屋に入る時は気を付けますわ」
「はぁ~、そんなんだから娘さんに嫌われるのさね」
「うう、そうなんですよ……最近メールの文章が短くなってきて……」
「菜月も久しいね。直接会うのは何ヶ月ぶりかな」
「うん、さーちゃんもお久です♪」
「元気そうで結構。そんで、そこの二人が……例の子達かね?」
女性は値踏みするような視線を、ブラックとホワイトに向ける。
言いしれぬ威圧感を感じながら、二人は姿勢を正す。
「初めまして、黒田雅也と申します。ブラックと言うコードネームで悪事を働いていました」
「同じく、白井京子です。コードネームはホワイトでした」
「へぇ、これはまた……」
興味深そうに二人を見つめる女性。
「名乗らせっぱなしか、婆さん?」
「お黙り、青二才。コホン、あたしが国際正義の味方機構の頭、西園寺要さね」
ニヤリと笑って、要は名乗る。
「まあ、大抵はボスって呼ばれるけどね。あんたらも好きに呼びな」
「それにしても、客が来るって分かっててその格好は酷いな」
「徹夜後の仮眠中だったから大目にみな。それとも、この艶姿に欲情しちまったかい?」
「黙れババア。俺は菜月一筋だ」
「もう、パパったら♪」
ノロケモードに入り掛けた二人を、要が煙管を叩いて押し戻す。
「ったく、寝起きに胸やけさせるつもりかい」
要はさっと浴衣を直すと、真剣な顔で一同を向く。
「……こっからは仕事モードで行くよ。では冬麻、まず報告から聞こうかね」
「オーケーボス。まず――」
先程までの空気は何処へやら。
引き締まった雰囲気の中、冬麻は事件のあらましを要に報告する。
「――以上が顛末です」
「なるほどねぇ、いきなり日本に行くなんて言い出すから、何事かと思ったけど」
「一応悪の組織は潰したので、活動権限内ですよね?」
「たかがD潰すのに、『闘神』と『戦女神』が出張ったから、あちこち大変さね」
「そうなの~?」
「子供の草野球にメジャーリーガーが出るようなモンだからね。日本支部はSやAが動き出したかってハチの巣を突いたような騒ぎさ。ま、一喝したら大人しくなったけどね」
くっくっく、と人の悪い笑い声を上げる。
「まあそれは良いさね。報告は終わりとして……今度はそっちの用かい?」
「ええ、実はこの二人の事です」
冬麻の言葉に、ブラックとホワイトの身体が強張る。
いよいよ断罪されるのだと、覚悟を決める。
「二人とも、あらゆる処分を受け入れる覚悟はあるな?」
無言で頷くブラックとホワイト。
それを見て、冬麻はニヤリと笑う。
「では……『闘神』御堂冬麻と」
「『戦女神』御堂菜月の連名で~」
「「黒田雅也と白井京子の両名を、正義の味方に推薦します」」
「「…………えぇぇぇぇぇ!!!」」
凄い中途半端な所で切ってしまいすいません。
少し長くなったので、前後半で分けました。
色々話がぶっ飛んでいますが、詳しくは次回に。
正義の味方のボスは、日本人の女性です。
年齢国籍に関係なく、国連加盟国の人間であればなれます。
勿論、それ相応の実力は必要ですが。
突然勧誘を受けた、黒田と白井の運命は如何に。
ハルを巡る物語、本当の意味で、次の話で完結です。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。