ハルを巡る物語9《物語は幕を閉じ》
食事会の後編です。
前回の話を読んでいないと、全く内容が意味不明だと思うので、未読の方はどうぞそちらからお読み下さい。
「……少々重苦しい話をしてしまったな。秋乃、これで満足かい?」
「うん、ありがとう」
秋乃に礼を言われ、冬麻はだらしなく顔を崩す。
「それにしても、全部ハルのモノマネに話が収束するのだな」
「言われてみるとそうかも。じゃあ原因はハルにあるって事?」
「え、冤罪もいいとこだろ、それ」
徹底して無罪を主張したい。
「でも確かに便利よね。動物とも会話できるし」
「ほう、なかなか面白い話だな。奈美さん、是非詳しく聞かせてくれないか?」
「えっとですね、ハルってにゃんにゃん、とか言って猫と話したんですよ」
奈美は透明人間事件の、ビルでの出来事を話し始める。
知っていた千景と紫音以外の面々は、興味深そうにそれを聞く。
張本人のハルは、物凄い羞恥プレイに身を縮ませていた。
「動物と会話かぁ、素敵じゃない」
「ですよね。私も話してみたいです」
「動物の意思が分かる装置はあるが、意思疎通できる発明と言うのも面白そうだ」
ハルをネタに、わいわいと騒ぐハピネスメンバー。
話題は次第にハルのモノマネ自体へと移っていく。
「よく考えてみると、モノマネって不思議よね」
「確かに。ねえお兄ちゃん、モノマネする時ってどんな感じなの?」
「そう言われても、特に意識してないし……」
「自分に出来ないことが出来るのに、違和感とかは?」
「いや、無いんだよ。何か……元々出来る様に思えるんだ」
「……結局、カラーパレットとやらは、モノマネを解明出来たのか?」
蒼井がぶしつけに冬麻に尋ねる。
「押収したデータを見る限り、無理だったようだね」
「なら……その黒田という人の娘さんは……」
命を維持するためにかかる莫大な費用を、悪の組織のボスから貰っていた。
それが途絶え、更に頼りにしていたモノマネの解明も失敗したと言うことは。
ハルの言葉に、円卓に沈黙が訪れる。
「……その事だが、事情聴取した黒田から、娘さんの情報を得た」
「年齢は五歳で~、とっても可愛い女の子だったわ♪」
「会ったのか!」
驚くハルに、冬麻と菜月は頷く。
「病院関係者からも話を聞いてな、今後の対応を決めた」
「対応って……」
「正義の味方は~特殊な事情の子供を保護する事も出来るの~。だからその子も、正義の味方で保護して治療を続けさせようと思ったんだけど~」
「だけど」
嫌な接続詞に、ハル達はごくりと唾を飲む。
「その必要は無くなったよ」
「…………」
治療も保護も必要なくなった。
その言葉が意味する事を察し、ハル達は悲痛な顔を浮かべる。
「今朝……彼女は…………」
「無事手術が終わって治ったの~♪」
全員椅子から転げ落ちた。
「はっはっは、いいリアクションだね。どうだい、今度コントでも?」
「お~や~じ~!」
「お~と~う~さ~ん!」
額に怒りマークをつけて、ハルと秋乃は冬麻に詰め寄る。
「紛らわしい言い方すんなっ!!」
「そうよ! 凄い嫌な想像しちゃったじゃないっ!!」
「おいおい、早とちりしたのは二人だろう。それに母さんだって」
「「お母さんは良いの!」」
理不尽な二人に、冬麻は少し凹む。
「だが、今まで治療できなかった難病なのだろう。一体どうやって」
「そうね~。天は黒田ちゃんも見放さなかったって事かな♪」
「……柚子ですね?」
千景の言葉に、菜月はニッコリ微笑んで頷く。
「ハルちゃんが運ばれた病院に~、たまたまその子も入院してたの~」
「あそこは日本でも指折りの医療設備がある病院だものねぇ」
「でね、折角だからゆーちゃんに、その子を診て貰ったのよ」
事情聴取後、冬麻と菜月は黒田の娘を見舞った。
その帰り、偶然ハルの治療を終えた柚子と会い、事情を説明した。
柚子は快諾し、娘の診断を行い、
「……治せますよ。ほぼ百パーセント」
周りの医者達も驚かせる結論を出した。
手術には家族の同意が必要と言うこともあり、黒田と面会出来るまで待ち、昨晩ようやく手術が行われることとなった。
今朝まで掛かる大手術は無事終わり、娘の臓器は正常な働きを行う様になった。
長いリハビリが必要だろうが、やがては普通の生活が送れるらしい。
「と言うわけで~ハッピーエンドで~す♪」
「な、何というご都合主義……」
「そうでないさ。黒田という男が、必死にあがいた結果だからな」
「最初から柚子さんにお願いしたら良かったのに」
「……天使か悪魔かぁ、先に出会ったのがどっちかって話ねぇ」
「そして彼は、悪魔との契約を選んだ」
「人の巡り合わせは運命と言うが、やりきれない話だな」
しんみりする一同。
「と言いますか、柚子さん知ってたなら教えて下さいよ」
奈美は沈黙を続ける柚子に声を掛ける。
「どうせ親父達に、驚かせたいから黙っててくれって、頼まれたんだろ?」
「………………」
苦笑を浮かべるハルに、しかし柚子は答えない。
それどころか、先程からピクリとも動かない。
「柚子?」
「無駄だぞ、この女気絶してる」
「「はぁ~??」」
蒼井の言葉に間の抜けた声を出す一同。
試しに奈美が柚子の目の前で手を振るが、反応はなかった。
「一体どうして?」
「そう言えば、先程蒼井殿が何か柚子殿に言ってから、様子がおかしかったが」
紫音の呟きに、一斉に非難の視線が向けられる。
「ちょっと蒼井、あんた何言ったのよ!」
「気絶するほど酷いこと言ったのか!」
「女の子にあんまりじゃないのぉ!」
「事と次第によっては……」
ざわっと殺気立つハピネスの面々。
そのあまりの迫力に、蒼井は大慌てで弁明をする。
「ち、違うぞ。吾輩はただ、この女に教えただけだ」
「何をです?」
「この女が、『この料理美味しい、何のお肉だろ』とか言うから、『そんな事も知らないのか、それはカエルの肉だ』と教えただけだ。そしたら急にこの女が……」
「……千景さん、ひょっとして」
「柚子はカエルとか蛇とか、つまりは虫類と両生類が大の苦手です」
美味しいと食べていた料理の正体を知った。
しかもそれが自分の大嫌いなもの。
どれほどの衝撃が柚子を襲ったのか、ハル達には計り知れない。
「柚子……」
「全く、とんだ言い掛かりだ。大体貴様らは何時も……ぐぶぅえぇ」
「そもそもの原因はあんたでしょ! もっとビブラートに包んで言いなさいよ!」
「……奈美、それを言うならオブラート」
秋乃は疲れた声で、そっと突っ込んだ。
賑やかな食事会も、そろそろお開きとなった。
「それで、お二人はこれからどうなさるのですか?」
「明日朝一番の飛行機で、スイスに戻る予定だ」
「随分急だな」
「ボスが煩いのよ~。ちゃんと報告しに来いって~」
ほわわん、と菜月は答える。
「こっちも丁度用があるから、一度直接会いに行く」
「用?」
「野暮用だ。朝早いから見送りは結構だぞ」
冬麻は短く答え、話題を切った。
「当分身の危険は無いと思うけど~、何かあったら直ぐ連絡してね♪」
「秋乃は何もなくても連絡してくれて良いんだぞ。むしろしてくれ」
「この親父は……」
変わらぬ父親に、ハルは呆れ半分で呟いた。
ハルを巡る一連の騒動は決着をみた。
これからは、再び日常が戻ってくる。
随分長いこと引っ張ったハル編、いよいよ完結です。
ある程度救いのある終わりだったかと。
ハル編は終わりですが、この話の後日談が続きます。
視点はハピネスから、冬麻達に。
この機会に、正義の味方の話も片づけちゃおう、と言う勢いです。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。