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ハルを巡る物語8《事件の後はお食事会》

あれから幾日か過ぎ、ハルは無事退院することが出来た。

迷惑を掛けたお詫びと、冬麻達はハピネスの面々を食事に誘う。


 あの事件から一週間が経った。

 柚子を始めとする、優秀な医師達の活躍により、ハルの治療は無事完了した。

 三日もする頃には一般病棟へと移り、懸命にリハビリを行った。

 その甲斐あって、日常生活が行えるレベルまで回復することが出来た。

 そして今日、晴れて退院する運びとなり、

「愚息が迷惑を掛けたお詫びに、是非食事をご馳走させて欲しい」

 と冬麻がハピネスの面々に呼びかけ、ハルの退院祝い食事会を行う運びとなったのだ。


「それでは、ハル君の退院を祝って」

「「かんぱ~い♪」」

 グラスをうち鳴らす、賑やかな音が響いた。

 今回一同がやってきたのは、中華料理店。

 使い慣れぬ円卓に、奈美や紫音は興味津々といった様子だ。

 千景が簡単にマナーを説明して、食事会は始まった。


「うわぁ~美味しい、何これ」

「ほう、中華料理は餃子かラーメンと思っていたが……認識を改めなければ」

「ふふ、いい味です」

「流石ハルちゃんの両親お薦めの店ねぇ」

「この老酒、いけますね」

「おい、そこの小娘。円卓を一回転させるな! 回し続けるな!」

 料理に舌鼓を打つハピネスの面々。

「はっはっは、気に入って貰えたようで何よりだ」

「みんない~っぱい食べてね~」

「「は~い♪」」

 和やかなムードの食事会。

 そんな中、

「あら、お兄ちゃん。食べないの?」

 一人箸が進まないハルに、隣に座った秋乃が尋ねる。

「ん、いや……ちょっと箸が上手く使えなくて」

 ハルは震える手で箸を掴もうとするが、なかなか上手くいかない。

 実験の後遺症で、末端神経の反応が鈍くなっている。

 一時的なものらしく、場の空気を壊さぬよう黙っていたのだが。

「そっか……じゃあ私が食べさせてあげるよ♪」

「へっ?」

「はい、あ~ん」

 秋乃は青椒牛肉絲を箸で摘むと、ハルの口元へと持っていく。

 俗に言う、あ~んだ。

「そんな恥ずかしい事が出来るか」

「良いじゃない、兄妹なんだし恥ずかしい事なんて無いわよ」

「でもな……」

「あ~ん」

 秋乃は一歩も譲らない。

 こうなったら、絶対に引かないことをハルは知っていた。

 しぶしぶ口を開き、料理を食べさせて貰う。

「美味しい?」

「もぐもぐ……ああ、美味い」

 病院食に慣れた舌には、この上ないご馳走だった。

「良かった。じゃあ次は……」

 笑顔でハルに料理を食べさせていく秋乃。

 その様子を大抵のメンバーは微笑ましそうに見ていたのだが、

「う、羨ましい」

「全くだ」

 奈美と冬麻だけは違う感想を持っていた。

(お嬢さん、ここは)

(ええ、任せてください)

 一瞬のアイコンタクトで、意思疎通は充分。

 奈美と冬麻は素早く席を入れ替わり、奈美はハルの、冬麻は秋乃の横に座る。

「ハル、私も食べさせてあげるわ」

「え、いや別に気を遣わなくても……」

「いいから、はい、あ~ん♪」

「…………」

 目の前に差し出されたのは、北京ダック丸ごと。

 箸で掴めたことを心から賞賛する。

「ほら、口開けて♪」

「無理だ……面積というか体積と言うか……」

「いいから!」

 奈美は空いている片手でハルの口をグイッと開き、北京ダックを押し込んだ。

「!!!!!!!!」

「美味しい?」

 返事など出来るはずがない。

 味わうどころか、噛むことも出来ない。

 何せ、アゴを外されてしまったのだから。

「っっっっっっっ!!」

「そっか~そんなに美味しいんだね♪」

 必死に非常事態をアピールするが、奈美は勘違いして受け取る。

 そして、口からはみでたダックを強引に押し込む。

「……………………」

「あれ、何か顔色が青く……」

「「呼吸させてっ!!」」

 間一髪、ハルは窒息死を免れた。

 死因は北京ダックなんてテレビで流れた日には、死んでも死にきれない。

「む~お兄ちゃん取られちゃった……」

「なら秋乃よ、是非お父さんにあ~んを」

「…………良いわよ」

 てっきり断られると思った冬麻は、心の中でガッツポーズ。

 口元に近づく秋乃のレンゲを、ぱくりと口にくわえて、

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 思い切り口から火を吐いた。

「美味しいでしょ、特製辛さ万倍激辛麻婆♪」

「あ、あ、あ、ああ、とっても……美味しいさ」

 顔を真っ赤にし、汗をだらだら流しながらも、冬麻は微笑む。

 まさに男の、親の意地だった。



「あの~一つお聞きしても宜しいですか?」

「うん、何かなゆーちゃん♪」

「ゆ、ゆーちゃん?」

「……母さんは人に勝手なあだ名を付けるんだ」

 柚子だからゆーちゃん。

 ひねりも何もないあだ名に、一同は苦笑いを浮かべる。

「それで何を聞きたいのかな~?」

「あの……ですね」

 真剣な柚子の表情に、一同は思わず箸を止める。

 ハルの主治医でもある彼女の質問。

「聞きたいのは……」

 ゴクリ、と緊張感が高まる。

「今、お幾つですか?」

 全員が机に突っ伏した。

 緊張感を返せ、と叫びたくなる。

「えへへ、幾つに見える?」

「失礼ですが……十代前半かと」

 仮にも二児の母にそれはないだろう。

 だが、菜月は嬉しそうに笑う。

「え~そんなに若く見えるかな~。もう、ゆーちゃんはお世辞が上手いんだから♪」

「母さん……絶対にお世辞じゃないよ」

「も~ハルちゃんまで~。そんな褒めても何も出ないわよ♪」

 本気で喜んでいるので、あえて地雷を踏むこともあるまい。

「でも、もうおばさんなのよ~。本当は~」

 菜月は片手の指を全部立てる。

 五本指、と言うことは……。

「この年齢詐称女の上を行くだと……」

「若さを保つ術も無くはないが、ここまでは……」

「データが間違っていると思いましたが」

「事実は小説より奇なり、ねぇ」

 目の前にいる人知を超えた存在に、驚きを隠せないハピネス一同。

 そして柚子は、思い切り凹んだ顔で肩を落とす。

「……私の未来……」

 イメージできてしまったようだ。

 今と全く変わらぬ姿で歳を重ねる、自分の姿が。

 そんな柚子に、かける言葉が見あたらなかった。



「……ねえお父さん」

「おお、どうしたマイスイートハート」

「そろそろ教えてくれない?」

「ん、ハルが子供の頃の恥ずかしい話か?」

「それは後で聞くとして…………今回の事全部よ」

 秋乃の言葉に、円卓の会話が止まる。

 みんな意識的に避けていた話題。

 だけども知りたかった話だ。

「どうしてお兄ちゃんが誘拐されたのか。お父さん達の仕事のこと。全部聞かせて」

「……そうだな、頃合いかもしれん」

 冬麻は小さく頷き、口を開いた。


「まず俺達の仕事だが……これは前から言っている様に、正義の味方だ」

「それは、漫画とかに出てくる?」

「半分正解だ。正義の味方は、悪と戦う組織の事。そしてそこに所属している者の呼び名だよ」

 冬麻は酒を一口のみ、喉を潤す。

「国連直属の組織で、本部をスイスに、世界各国に支部を持っている」

「目的は、悪の組織を倒す事ね♪」

「は、初めて聞いた……」

「正義の味方、と言う名称は伏せられているからな。表向きは国連の一機関に過ぎん」

 ハルの呟きに、冬麻はさらりと答える。

「じゃあお父さん達は、日本支部の正義の味方なの?」

「ううん、私達は本部所属よ~」

「世界中が活動範囲。ま、体の良い応援部隊と言った感じだ」

 警察に例えるのが早い、と冬麻は言う。

 本庁が本部、各地の警察署が支部と言い換えられる。

「なら親父達は、エリートなのか?」

「そんな事無いんだけどね~」

「……ご謙遜を。『闘神』と『戦女神』の名は、世界中に鳴り響いていますよ」

「とうしん?」

「いくさめがみ?」

 千景の言葉に、ハルと秋乃は間抜けな声で繰り返す。

「ふっ、君は色々と詳しいようだね」

「何だよ、二人だけで分かり合って……」

「折角だ、説明を任せても良いかな? 自分で言うのは少々気恥ずかしいのでね」

「では僭越ながら」

 千景はコホン、と咳払いをして話し始める。

「正義の味方は数多く居ますが、本部の、それも渾名を持っている正義の味方はごく僅かです」

「渾名って二つ名ですよね。私も持ってますよ」

「そうなんだ~。奈美ちゃんは何て言うの?」

「その名も、『トラブルメーカー奈美』です」

 えへん、と胸を張る奈美。

 まだそのネタを引っ張っていたのか、とハル達は呆れるが、

「うわ~格好いいね♪」

「うん、良い名だ。うちの連中も、そのネーミングセンスを見習って欲しいくらいだよ」

 当の本人達には好印象だったようだ。

「……こ、コホン。とにかく、渾名を持つ正義の味方は、超一流のエリートです」

「何というか……一部の人が喜びそうですね」

「まあ俺達も勝手に付けられただけだ。あまり気に入ってはいないよ」

「そうよね~。もっと可愛いあだ名だったら良いのに~」

「……例えば?」

「そうだな、『躍動する筋肉』とか、『クールなナイスガイ』なんて良いな」

「ん~『若奥さん』とか『エプロン姿が素敵』だったら可愛いかも♪」

 名付けた人、グッジョブです。

 自分の親がそんな名で呼ばれた日には、本気で寝込みそうなんで。

「と、とにかく……二人は優秀な正義の味方と言うことです」

 微妙な空気の中、千景は強引に話を纏めた。


「では次だな。悪の組織については……まあ説明するまでも無いと思うが」

「悪いことをしようとする人達の集まりよ」

「ショ○カーみたいな?」

 それだ、と冬麻と菜月は同時に頷く。

「規模や目的は様々だが、平和を乱す存在というのは共通している」

「お兄ちゃんを誘拐したのも……」

「カラーパレットと言う、悪の組織だ」

 秋乃の言葉に冬麻が答える。

「日本で活動していた、Dランクの組織。規模も危険度も中の下程度だ」

「Dクラスって?」

「悪の組織は、危険度によってランク分けされているのだ」

「上はSから下はGまであるのよ~」

 カラーパレットは、丁度真ん中くらいの位置だ。

「あえて低ランクでマークを外す組織もあるので、参考程度にしかならんがな」

「てか、そんなに悪の組織ってあるのかよ」

「数えるのはちょっと無理ね~。日本だけでも、百は軽く超えるでしょうし」

 治安が本気で心配になってきた。

 知らぬが仏、とはよく言ったものだ。


 ここまでは良いかな、と言う冬麻の確認に一同は頷く。

 秋乃だけでなく、すっかりこの場の全員が話に聞き入っていた。

「さて、ハルが誘拐された理由だが……」

「ちーちゃんとろーちゃんは知ってるよね?」

 菜月に問われ、二人は頷いて答える。

「一言で言えば、モノマネのせいだ」

 冬麻は一連の流れを簡潔に説明する。


 カラーパレットは最強の兵士を作り、国家転覆を狙っていたこと。

 その為にハルのモノマネを解明しようとしたこと。

 最強の兵士とは、優れた戦闘技術を持った人間のこと。

 そして、超人的な能力の複合のくさびとしても、モノマネが有効だと考えたこと。


「だが、実際は違った」

 

 組織は名ばかりのボスではなく、部下の黒田という男が支配していた。

 黒田には娘が居て、その病気の治療にモノマネを使おうと考えた。

 その為に、組織も自分の命も、そしてハルも犠牲にするつもりだった。


「黒田という男は、実に上手く事を運んだ」


 誰にも誘拐を気づかれないタイミングで、ハルを拉致。

 護衛の正義の味方を倒し、服に付いていた発信器を宅配便で九州に送る。

 その為、日本支部は追跡隊を西日本に誘導されてしまった。


「もし秋乃がハルの部屋を訪れなければ、違和感に気づかなければ、

 もし奈美君が友人でなければ、ハピネスの所員でなければ、

 もしハピネスに千景君やローズ君のような人材が居なければ、

 全ては黒田という男の計画通りに進んでしまっただろう」

 

 幾つもの偶然が重なり合った結果が、今この時。

 黒田が言っていた天は、彼ではなくハルに味方したと言えるかも知れない。




大きな事件の後は食事、これはもう定番になりつつありますね。


今回で少し、正義の味方など非日常の世界が紹介されました。

本編で絡むネタはもう無い予定ですが、一応設定を作っていたので。


冬麻と菜月は問答無用で、超一流のエージェントです。

日本に居たときも、ちょくちょく世界を回って仕事をこなしていました。

ハルと秋乃は正にサラブレッドと言えるのですが、ハルに関して言えばモノマネ以外はごく普通の一般人と変わらない能力です。


食事会は次まで続きます。

シリアスはこれでお終い、と言う感じで徹底的に出し切ってしまいます。


次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。



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