男嫌いを治しましょう(2)
千景に難題を押しつけられたハル。
難攻不落の要塞に、彼はどう挑むのか?
と言うとSF物っぽくなるから不思議です。
まずは話し合うことが必要だ。
何か解決への糸口が見つかるかも知れない。
「とは言え、あいつが素直に俺と話してくれるとは思えないけど」
一人ごちながらハルはアパートへと戻った。
足を止めたのは自分の部屋、ではなくその隣。奈美の部屋だ。
少しだけ躊躇った後、チャイムを押した。
「は~い。今開けますよっと」
バタバタと足音が近づき、ドアが開かれる。
中から顔を見せた奈美はハルを見るなり、
「……何か用?」
警戒心を隠そうともしない表情で尋ねてくる。
さて、どうやって切り出したものか。
「えっと、実は千景さんから依頼を受けて」
「…………その事なら聞いてるわ」
「聞いてるって?」
「私のアレを治すのに協力してくれるんでしょ」
「その通りだけど」
少し予想外だった。
てっきり門前払いを喰らうものだと思っていたが。
「ちょっと意外だな。もっと嫌がるかと思ってたけど」
「私もね、どうにかしたいのよ。藁にもすがる想いってやつね」
「……詳しい話をしたいけど、良いか?」
「ええ。ただこんな場所で話す事でも無いわね。立ち話も何だし」
意外にも本人は乗り気だった。
僅かに。本当に僅かだが光明が見えた気がする。
「そうだな。一応聞くけど、部屋に男と二人っきりってのはどうだ?」
「……想像通りだと思うわ」
「オーケー。なら適当な店に行くとするか」
「そうね。準備するからちょっと待って」
第一関門を乗り越えたハルは、奈美と共に近所の喫茶店へと移動した。
「早速話を聞きたいんだけど」
「別に構わないわ」
喫茶店に入った二人は簡単な注文をすると、本題へと入る。
「まず、男性恐怖症になった理由を聞かせてくれ」
「あのね、みんな誤解してるみたいだけど、私別に男性恐怖症じゃ無いのよ」
「はいっ?」
とんでもないカミングアウトだ。
「で、でも俺を投げ飛ばしただろ? それに千景さんだって……」
「だから違うのよ。アレは……その……癖なの」
「癖?」
「うん。習性って言うか……条件反射的に攻撃しちゃうの」
まるでゴルゴ13だ。
下手すりゃそれよりも質が悪い。
「何でまたそんな厄介な習性が?」
「詳しくは端折るけど、親のせいよ。そう言う風に育てられたから」
どんな親だ。
「じゃあ男性恐怖症って思われてたのは……」
「近づかれたり触られたら攻撃しちゃうから、そう言っておいた方が安全なの」
「なるほど……」
確かにそれならば説明がつく。
だが状況が良くなったかと言えば、そうでもない。
「私も治そうと努力してるんだけど、全然駄目。だから極力男に近寄らないようにしてるの」
「それはまた……お前も苦労してるんだな」
ハルは目の前に座る少女の評価を改めた。
「だからこれを治す手伝いをしてくれるのは、私にとっても助かるわ」
「まあ最終的にそこに行き着くんだよな。さて、どうしたものか」
やるべき事は変わらない。
奈美が男を攻撃しないようにしなくては、依頼は失敗なのだから。
「まずは情報を集めることが必要だな」
「どうやって?」
「……まあ、俺がやるしかないか」
ハルは諦めたようにため息をついた。
早瀬奈美の取扱説明書
・攻撃するのは男性に限る。女性ならば問題ない。
・男女の判別は奈美の感覚任せ。男と分からなければ、触ることも可能。
・男性が半径十メートル以内に入ると、それを察知できる。
・男性が半径五メートル以内に入ると、臨戦態勢に入る。
・男性が半径一メートル以内に入ると、攻撃を抑えるのに必死になる。
(その際発汗・赤面・動悸などの状態変化が見られる)
・男性が半径三十センチ以内に入ると、身体が自動的に攻撃を開始する。
・攻撃は無意識で行われ、手加減は出来ない。
「……大体……こんな……感じ、か」
「あの~、大丈夫?」
「頑丈な身体に産んでくれた親(勿論菜月)に感謝してるよ」
ハルは大の字に倒れながら、心配そうに見つめる奈美に答えた。
あれから二人は、市営の体育館にやってきた。
床にマットを敷き詰め、奈美の癖を色々と分析してみた。
結果は上記の通り。
まさに難攻不落の要塞だ。
「予想以上に……手強い」
「何とか抑えようとしてるんだけど、どうしても駄目みたい」
「身体に染みついた習性だもんな。そう簡単に抜けないか」
ようやく痛みが引いてきた。
既に十回以上奈美に投げ飛ばされている。
マットがなければ、最初の一撃で失神KOだろう。
打撃が来なかったのが唯一の救いか。
ハルはフラフラと立ち上がる。
「だけど、こうやって少しずつ慣らして行けば、いずれ治せるはずだ」
癖や習性ならば、時間をかければ矯正することが出来る。
もっとも、かなり気の長い話になりそうだが。
「これからも俺で訓練しよう。マットがあれば怪我もしなそうだし」
「………………」
「早瀬?」
「……どうして?」
「ん?」
「どうしてそこまでしてくれるの? こんな依頼断ってくれて良いのに」
ハルは奈美の顔を見る。
色々な感情が混じり合った表情。
ハルにはそれが、泣き出しそうな悲しげな顔に見えた。
「どうしてか……。そうだな……お前が困ってるからかな」
正直に自分の気持ちを告げる。
「別に依頼とか関係なくてさ。困ってる奴がいたら、手を貸したくなるんだよ」
「…………」
「勿論全部の人にそう出来るわけじゃないし、俺は凡人だから出来ることも少ないけど」
「それでも出来ることはやりたい。可愛い女の子が相手なら尚更、な」
最後は少しだけおどけてみせる。
そんなハルを奈美は黙って見つめている。
そして、
「…………ありがとう」
小さな声で呟いた。
ハルの耐久力が限界だったこともあり、今日はこれで終わりにすることにした。
片づけを済ませ、二人でアパートへの帰路につく。
「……ねえ、本当に大丈夫?」
「な~に、問題ないさ」
笑顔で答えるハルだが、足腰に大分がたが来ていた。
膝が震え、実は普通に歩くのもきついのだが、そこは男の子。
奈美が責任を感じないように振る舞ってみせる。
結構際どかったが、どうにかアパートに辿り着くことが出来た。
奈美に続いてハルも階段を登っていく。
最後の力を振り絞り、一段、また一段と歩を進める。
先に登り切った奈美が見つめる中、どうにか最後の一段まで登り切った。
ここまで来れば大丈夫。
後は部屋でゆっくり休める。
そんな気の緩みが、命取りだった。
「……へっ?」
思ったよりも高く上がらなかった足は、最後の一段に引っかかる。
バランスを崩した身体を立て直すことも出来ず、そのまま後ろへと倒れていく。
ふっと身体が宙に浮く感覚。
思わず手を前に差し出すが、掴むものは何もない。
「ハルっっ!!」
視界には叫ぶ奈美の姿が映る。
支えを失ったハルの身体は、そのまま階段の下へと……落ちなかった。
虚しく宙を掴むはずだったハルの手。しかし今、それは確かに掴んでいた。
上から差し出された奈美の手を。
「お、お前……」
「ふんっっ!」
驚くハルを余所に、奈美は力を込めてハルを階段の上へと引っ張り上げる。
重力など何のその。ハルは奈美の隣へと引き上げられた。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「あ、ああ。何とか……」
「身体が辛いならそう言いなさいよ。下手したら大怪我したかもしれないじゃない」
強い口調でハルに詰め寄る奈美。
少し涙目になっており、真剣にハルを心配しているのが伝わってくる。
「悪い、迷惑掛けた。お前のお陰で助かったよ……ありがとう」
「べ、別にあんたの為じゃないわ」
顔を赤くしてぷいっとそっぽを向く。
「ただあんたが怪我すると、私の特訓に付き合ってくれる人がいなくなるから……」
「そっか……でもひょっとすると、もうそれは必要ないかもな」
どういう事、と奈美は首を傾げる。
ハルは視線を腕に向けた。
奈美の手はハルを引っ張り上げたその時から、ずっと握りっぱなしだ。
「男の手、触れたな」
「ど、どうして?」
驚いたように目を見開き、自分の手を見つめる奈美。
「人を助けようとする本能が、男を攻撃する習性に勝ったって事だろ」
人間非常時には無意識の行動が出る。
習性と本能、同じ無意識の行動で本能が勝ったのだ。
「直ぐに離して。また投げ飛ばしちゃう」
「その心配は無いと思うぞ。本当にそうなら、もうとっくにやってるだろうし」
「…………」
「必要なのは切っ掛けだったな。一度踏み越えちゃえば、案外どうとでもなるもんだ」
「じゃあ……」
「まだ完璧にじゃ無いけど、いずれ習性だってコントロール出来る筈だ」
ニヤリと笑ってみせるハル。
正に怪我の功名というやつだ。
奈美は信じられないとばかりに、暫し呆然としていたが、
「……ありがとう!」
やがて喜びを実感したのか満面の笑みでハルに抱きついた。
「お、おいちょっと待てって」
「ありがとう。本当にありがとう」
「分かったから。少し落ち着いて……」
「私嬉しい。これで胸を張って高校生になれるわ」
瞬間、ハルは硬直した。
今何と言った?
「……お前、まさかとは思うが、今中学生……なのか?」
「え? そうよ。この春から高校生になるの」
不味いことになった。
ハルよりも背が高くハピネスでバイトをしている。
勝手に同い年くらいだと思いこんでいた。
だが、実際は中学生。
見た目はともかく、二十歳の男が十五、六の女の子と抱き合っていたら……。
間違いなく問題だ。
「……頼む、離れてくれ。俺の為に」
「あ、ごめん。迷惑だよね、私みたいな子に抱きつかれたら」
「いやそうじゃなくて……あーもー」
素直に理由を話すわけにはいかない。
かといって無下に突き放すわけにもいかない。
ハルはこれから十分ほど、生殺しの時間を味わうことになるのだった。
何とも呆気なく解決してしまいました。
まああんまり詰め込むのもアレなので、大分省略しました。
次はこの依頼の後日談となります。
果たして奈美の男嫌い、もとい癖は治ったのか?
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。