ハルを巡る物語6《襲撃、そして……》
カラーパレット本拠地へ奇襲を掛ける千景とローズ。
果たして二人は、無事ハルを救出出来るのか。
カラーパレット本拠地。
ブラックは自室で、実験の結果を確認していた。
そこに、
「ブラック!」
勢いよくホワイトが入室してきた。
「どうした、そんなに慌てて」
「は、ハピネスの監視を命じていた者と、連絡が取れなくなりました」
ホワイトの言葉に、思わず立ち上がる。
「何時だ?」
「五分ほど前、定時連絡がありませんでした。その後も連絡がつきません」
「……私の失策だ。あの時点で監視役は引き上げさせるべきだった」
「ではやはり……」
「来るぞ。間違いなく」
この場所が洩れたのは、疑いようがないだろう。
「定時連絡は三十分間隔だったな?」
頷くホワイト。
「よし、直ちに実験を中止、プランEを発動しろ。上に残っている者は?」
「あの二人です」
「精々時間を稼いで貰おう。直ちに全ての入り口のシャッターを閉鎖」
「了解です」
手早く指示を出すブラックに、ホワイトは敬礼をして直ぐさま行動に移す。
「……危機ではあるが、まだ凌げる。やれるはずだ」
ブラックは拳を強く握りしめ、部屋を後にした。
※※※※※※
地下が騒がしくなっている頃、千景とローズは地上のビルへと潜入していた。
気配を消して忍び込んだが、人の姿は無い。
「……ものけの殻ねぇ」
「恐らく地下に集まっているのでしょう」
「じゃあ、その入り口を探して潜入するわぁ」
「任せても良いですか?」
「構わないけどぉ、貴方は?」
「……人の気配がします。憂いを断ってから合流します」
「分かったわぁ。それじゃあ後でぇ」
千景とローズは二手に分かれた。
色彩製薬社長室。
今この部屋には、二つの人影が対峙していた。
一人は会長。
そしてもう一人は、着物姿の女性、千景だった。
「ひぃぃぃ、殺さないでくれ!」
「……知っている事を全て話しなさい。この男のようになりたくなければ」
千景は床に倒れている男をアゴで指す。
若者風の男、社長だった。
「話す、話すから命だけは……」
「一つ、貴方がカラーパレットのボスで間違いありませんね?」
「そうだ。儂がボスのゴールド、息子がシルバー、儂らが最高幹部だ」
「一つ、貴方達は御堂ハルを誘拐しましたね?」
「それは儂じゃない。部下が勝手にやった事だ!」
冷や汗を流しながら、見苦しく言い訳をする会長。
それを千景は、冷たい眼差しで見つめる。
「一つ、何故彼を誘拐したのですか?」
「……最強の兵士を作るためだ。その為に必要だと……」
「何故必要なのですか?」
「知らない、本当に知らないんだ! ただ黒田が言うから」
「その者は?」
「ブラックという男だ。こいつが全部やったんだ!」
責任転嫁を始めた。
見苦しいことこの上ない。
「彼は今何処に?」
「地下だ。地下に研究所と基地がある。他の連中もそっちにいる」
あっさりと情報を漏らす会長。
「儂の知っている事はそれだけだ。頼む、見逃してくれ……」
椅子から飛び降り、土下座をする。
「ええ、見逃してあげます…………命だけは、ねっ!」
瞬間、千景の右足が会長の鼻にめり込む。
そのまま足を振り切り、会長の身体は壁に激突した。
鼻を潰され、鼻血を垂れ流しながら、だらしなく失神する会長。
「……どうやら本当の敵は、ブラックという男の様ですね」
千景は床に倒れる男達に目もくれず、ローズとの合流を急いだ。
ローズが特殊合金のシャッターを破った時、丁度千景が現れた。
「上はどうだったぁ?」
「名ばかりのボスが居ました。今はおねんねしてます」
「時間稼ぎの捨て駒だったみたいねぇ」
「ええ。真に組織を支配しているのは、ブラックという男の様です」
「……OK。油断せずに行きましょう」
二人は破れたシャッターを通り、地下へと降りていく。
自分達が襲撃している事は承知している筈。
てっきり、激しい抵抗があると思っていたのだが、
「……誘いかしらぁ」
「罠かもしれません。慎重に進みましょう」
敵の姿は無く、静かな基地を進んでいく。
基地の構造は単純で、ほぼ一本道。
所々にある部屋を覗きながら、二人は奥へと進んでいく。
そして、一つのドアの前まで辿り着いた。
「……いますね」
「いるわねぇ」
このドアの向こうに、人の気配を感じて二人は気を引き締める。
互いに準備できていると頷きあい、静かにドアを開けた。
広い部屋だった。
楕円形の白い机に、椅子が八つ。部屋にあるのはそれだけ。
壁には大きなスクリーンが設置されているが、今は何も映し出していない。
その部屋の中に、一人の男が待っていた。
眼鏡を掛けた、黒いスーツ姿の男性。
侵入者である千景達を前にしても、落ち着き払った様子だ。
「ようこそ、カラーパレットへ」
「貴方が、ブラックですね?」
「はい、その通りです。『死刑宣告者』と『完璧な兵士』にお目にかかれ光栄です」
慇懃に一礼するブラック。
「そこまで知っているなら、私達がここに来た理由も分かってますね?」
「ええ。御堂ハルを救出しに、ですね」
「なら話は早いわぁ。死ぬか、従うか、選びなさい」
サッとローズは、サブマシンガンの銃口をブラックに向ける。
それでもブラックの様子は変わらない。
「彼は渡せません。私達の目的のために、必要不可欠なパーツですから」
「OK。なら死になさ……」
「少し待ちなさい」
引き金に掛けた指に力を込めるローズを、千景が制する。
「ブラック、貴方の目的とは?」
「上の豚に聞いたでしょ。最強の兵士を作る事ですよ」
「何故ハル君が必要なのですか?」
「冥土のみやげを貰うのは私の方ですが……まあ良いでしょう」
ブラックは眼鏡をクイっと直すと、語り始める。
「私達は薬によって、超人的な力を得る研究を行っていました。超人的な怪力や速度、跳躍力や耐久力。そして、透明人間を始めとする特殊体質の発現です」
「そこまでは知っています」
「ですが、それらを複合する事は出来なかった。それでは最強とは言えない」
二人はブラックの話を黙って聞く。
「そこで御堂ハルです。彼の特殊能力は、あなた方もご存じでしょう」
「モノマネ……他者の技術を即座に模倣する」
「その通り。それを解明できれば、極めて短時間で、あらゆる戦闘・殺人技術を身につけた兵士を産み出す事が出来る。それも、幾らでも。それがどれだけ恐ろしいことか、お二人ならお分かりかと」
「…………」
「そして、解明が進めば先程の能力の複合も可能かもしれない。そうすれば、最強を超えた究極の兵士を誕生させることも夢では無いのです」
「……なるほど」
千景は納得したように頷いた。
「ご理解頂けましたか?」
「ええ、貴方はあの二人をそうやって騙した……いや、欺いていたのですね」
ピクリ、とブラックの身体が震える。
「貴方の話は一見筋が通っている様に聞こえる。でも、大きな落とし穴があります」
「伺いましょう」
「仮にモノマネが解明出来たとして、その効果を得られる薬を作成、投与、さらに短期間で済むとは言え技術を教え込むのに、かなりの時間が掛かります」
「それが何か? その間一切裏の活動を行わなければ良いだけの話です」
誘拐というのは、犯人からアクションがあって発覚する事が多い。
日本では年間かなりの数、人が居なくなっているが、その殆どが失踪扱いだ。
要求も目撃者もない誘拐が気づかれる事は少ない。
「普通なら、ね。ただ御堂ハルという人間に関して、それは通用しません」
ブラックは無言で千景の言葉を聞く。
「当然、私達も調査に乗り出すでしょうし……何よりあの人達が黙ってる筈が無いでしょう」
「ハルちゃんの両親、勿論調査済みでしょ?」
「私も調べてゾッとしましたよ。表向きは国連の職員となっていますが、その実体は」
「……『闘神』、『戦女神』と呼ばれる、正義の味方」
絞り出すように答えるブラックに、千景は頷く。
「息子が姿を消した。誘拐失踪問わず行方を追うでしょう。そうなれば」
「間違いなく気づくわねぇ。そうなればぁ、確実に潰されるわよぉ」
ブラックは何も答えない。
それが千景の言葉が正しいことを証明していた。
「とすれば、貴方が語った目的は、あくまであの二人に対する建前と考えられます」
「私が愚か者だと考えないのかな?」
「これでもそれなりの経験はしてますので。人を見る目はある方です」
「……やれやれ、そこまで言われては仕方がない」
ブラックは参ったと、両手を上げて笑う。
「モノマネが必要と言うのは本当だ。ただそれは、兵士を産み出す為では無いがね」
「…………」
「私には娘が居るのだが、生まれつき身体の臓器が正常に働かない障害を抱えている。医療機器による補助を受け、どうにか命を維持している状態だ」
「……では」
「そうだ。モノマネを解明出来れば、臓器を機能させると言う動作すら、モノマネという形で実現できるかも知れない。そんな藁にも縋る願望が、私の目的だよ」
「この組織に属したのはぁ、研究の為?」
「それもあるが、上の豚共には娘の治療費を、莫大な金を出して貰った。絶対服従を条件にな」
自嘲気味に笑うブラック。
「……モノマネを解明してしまえば、この組織は不要」
「そうだ。例え組織が潰され、命を失おうとも、私の目的は果たされる」
「まるで捨て身ねぇ」
「否定はしないよ。だが、私の信念に基づいてこの道を選んだ」
そう言うと、ブラックは拳法の様な構えをとった。
「勝てるとは思わない。だが、一分一秒でも足止めさせて貰うぞ」
「充分時間稼ぎは出来た、と言うことですか」
「他の構成員とハルちゃんはぁ、今頃秘密の出口から脱出したかしらねぇ」
二人の言葉に、ブラックは動揺する。
「おや、不思議ですか? 何故知っていてわざわざ時間稼ぎに付き合ったのか」
「……囮か!」
「敵の拠点を攻めるのに、正面から無策で挑むほど私も自信家ではありませんので」
「脱出する所を捕らえる伏兵が居ると言うことか。だが」
「勿論脱出班にもぉ、それなりの使い手が居るんでしょ? 並の正義の味方なら倒せる位のぉ」
「安心して下さい。考え得る中で、最も強力な伏兵ですから」
「まさか…………」
二人が言わんとする事を理解し、にわかに青ざめるブラック。
その時、ブラックの携帯が着信を告げる。
「どうぞ」
「…………私だ」
千景達を見据えながら、ブラックは電話に出た。
『は~い、もしもし~、聞こえますか~』
画面に表示された相手は、ホワイトだった。
だが今受話器から聞こえた声は、間違いなく他の女性のものだった。
「……何者だ?」
『えっとね~、御堂菜月って言います♪』
「っっっっっ!!」
一瞬、心臓が停止する程の衝撃を受けた。
『あれ、聞こえてますか~。ブラックさんで間違いないですよね~』
「……そうだ」
『良かった~。間違いだったらどうしようかと思っちゃった♪』
「こ、この電話の持ち主はどうした!」
『えへへ~、さ~て、どうなったでしょう?』
悪戯っ子のように笑いながら告げる菜月に、ブラックは思わず携帯を落とす。
相手が本物であるかなど、もはや意味はない。
ただ一つ確かなのは、自分の腹心が携帯を奪われる様な事態に陥っていると言うことだ。
『あれ~お~い、もっしも~し』
床に転がる電話から、菜月の声が漏れ聞こえている。
千景は呆然と立ち尽くすブラックに近寄って、携帯を拾い上げた。
「もしもし、ハピネスの千景です」
『あ、ちーちゃん。こっちはぜ~んぶ終わったよ♪』
「お疲れさまです。それで、ハル君は?」
『ちょっと良くない感じだったから、パパが病院に運んでるの』
「そうでしたか……心中お察し致します」
『うん、ありがとうね。あ、そうそう、もうすぐそっちに部下が行くと思うけど~』
菜月の言葉通り、千景達の居る部屋に、複数の人影が現れる。
銀と青を基調としたジャケットに身を纏った、正義の味方だった。
「……はい、今私達の元に来ました」
『そっか~。じゃあ後始末は彼らに任せて、ちーちゃん達は上に出てきてくれるかな~?』
「分かりました」
通話を終えると、千景はジャケットの面々に視線を移す。
身のこなしや雰囲気から、いずれも凄腕だと分かる。
「ハピネスの方ですね。後は我らにお任せを」
「……そうさせて貰います」
彼らでも、正面から戦えばブラックに勝てるかは分からない。
だが、戦意を喪失したブラックには、もはや抵抗の意思はなかった。
正義の味方に身柄を拘束される様子を見てから、千景とローズは地上へと戻って行くのだった。
まずは、一応の決着を見ました。
随分呆気なく終わったように感じますが、元々カラーパレットには千景達に対抗する戦力が無いため、本拠地を特定された時点で負けは決まっていました。
ブラックが足止めする間に、他の拠点に移る予定でしたが、千景達を超えるチートの登場でゲームオーバーです。
本来であれば、場所の特定をされる恐れのある監視は、作戦成功時に撤退させるつもりでしたが、奈美と秋乃がハピネスを訪れた為に、今後の動向を知るためのこしてしまいました。結果として、それが裏目に出た形です。
千景が秋乃から聞き出したのは、冬麻と菜月の携帯番号です。これで、イギリスにいる二人と連絡を取りました。直接の面識はありませんが、二人はハピネスのことを調べていたので、この話を信じました。
決着は着きましたが、まだハッピーエンドにはほど遠いです。
ハルを巡る物語は、これから後半戦に突入です。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。