ハルを巡る物語5《舞台は整った》
カラーパレットに拉致されたハルを救出すべく、
千景とローズは動き出す。
彼らの本拠地を掴む為、二人が選んだ行動とは……。
ハル誘拐から一夜明けた、土曜日。
ブラックはビルの地下にある、本拠地へと姿を見せた。
多くのパソコンが並び、構成員達は一心不乱に作業を行っている。
「調子はどうかな?」
「はい、予定のスケジュールは順調に消化しております」
声を掛けられた青年が答える。
その答えに満足げに頷くと、ブラックは視線を正面へと向ける。
パソコンのある部屋の正面は、一面ガラス張り。
その向こうには、真っ白な実験室が広がっていた。
様々な器機が備え付けられた部屋の中央には、一つのベッド。
そこに横たわっているのは、試験体こと御堂ハルだった。
「ブラック、お越しでしたか」
「ああ、土曜と言うことで業務が早く片づいたからね」
「実験は第二フェーズに入っています」
「そうか……」
視線をハルから動かさず、ブラックはホワイトに小さく返答する。
「第一フェーズの結果は?」
「現在解析中です。後数時間で結果が出るかと」
「本来なら、結果が出てから危険度の高い第二以降へと移りたい所だが」
「解析と実験を平行しなければ、とても時間が足りませんね」
ブラックは頷く。
検査目的の第一フェーズと違い、第二フェーズ以降は被験者に危険を及ぼす。
満足のいく成果が第一で出ているのなら、それ以上の実験は無意味だ。
だが、時間制限がある現状がそれを許さない。
「彼には気の毒な事になるな」
「同情ですか?」
「否定はしないよ。ただ、それで手を緩める程、私は善人ではないがね」
ブラックの声に迷いや嘘は無かった。
二人は部屋を移動する。
「それで、相手方の反応はどうかな?」
「正義の味方は、貴方の予定通りの反応です。今日一杯は誤魔化せるかと」
「ふむ……化け物共は?」
「任務が終わり、イギリス支部に入ったところまで確認しています。その後、外に出ては居ません」
「連絡が行っていないか……日本支部はやはり隠蔽体質のようだな」
「自力で解決し、もみ消すつもりなのでしょう。彼らにしてみれば、不祥事ですから」
冷やかすようにブラックとホワイトは笑い合う。
「それで、ハピネスに動きは?」
「特に変わりは。ただ……」
「ただ?」
「昨日の夜、隣人の少女と友人が、ハピネス事務所を訪れています」
ピクリ、とブラックの眉が動く。
「タイミングが良すぎるな」
「滞在時間は十分ほど。中の様子はうかがえませんでした」
「……事件が露見した可能性も考えられる。動きがあれば直ぐに連絡させろ」
「畏まりました」
一礼して、ホワイトは部屋を後にする。
残ったブラックは、目を閉じて一息つく。
「大丈夫……大丈夫だ。まだ計画に狂いは生じていない」
自分に言い聞かせる様に呟いた。
「警察も、正義の味方も問題ない。化け物共もまだ海外だ。不確定要素はハピネスだが、たとえ気づかれたとしても、この場所を特定するには時間が掛かるはず」
不安を抑える様に、言葉を続ける。
「やれるはずだ。私なら……やれるはずだ」
※※※※※※
ハピネスの仮事務所。
忙しく動き回るスタッフ達の中に、千景とローズの姿は無かった。
「あの二人はどうした。サボりでは無かろうな?」
「大切な用事があるらしいですよ」
文句を言う蒼井に、柚子は壁の行動予定表を指差して答える。
二人の欄には、重要な案件のため外出中、と記されていた。
「この忙しさを解決する方が重要だろうに」
「……どの口が言いますかね」
原因を作った張本人に言われる筋合いは無いだろう。
「分かっておるわ。だからこうして、必死に働いているんだろうが」
「なら、これもお願いしますね」
ドスン、と紙の束を蒼井の前に積み上げた。
「これは?」
「各方面への謝罪文です。誠意を示すため、直筆でお願いします」
「いや……だって……凄い量だぞ?」
「たかだか数百枚です。後の仕事も詰まってますから、ちゃっちゃと書いてください」
ニコリと微笑む柚子。
その手に握られた注射器を見て、蒼井は悟る。
逆らう余地など無いと。
「うぅぅ、覚えてろよ、この年齢詐称女め」
「……蒼井さんこそ覚えていて下さいね」
何だかんだで、ハピネス正所員達は頑張っていた。
同時刻。
ハピネス事務所からほど近いビルの一室。
そこに、一人の男が居た。
スーツ姿の三十代中頃と思われる男性。
彼は閉じたカーテンの隙間から、望遠鏡でハピネスの事務所を監視していた。
「……あの二人は外出中か。一応連絡を入れておくか」
小さく呟き、懐から携帯電話を取り出そうとして、
「お邪魔しますね」
誰もいないはずの背後から声を掛けられ、驚きのあまり身体を硬直させた。
慌てて後ろを振り返る。
そこには、着物姿の女性が立っていた。
「お、お前は……」
「直接会うのは初めてですね。柊千景、貴方がずっと見ているハピネスの所長です」
「何で……この場所が……」
「視線を感じて気づかぬほど、腑抜けてはいませんので」
しれっと告げる千景に、男は驚きを隠せない。
「馬鹿な。じゃあ何で今まで……」
「ええ、分かっていて泳がせていました」
思わず後ずさりする男。
だがそこは窓際。もはや逃げ場所は無い。
「必要最小限の情報をエサとして与えつつ、あえて泳がせていたのは……この時のため」
千景の意図を察し、男は携帯電話をその場で踏みつぶす。
これで携帯のデータを知られる事は無い。
「俺は何も喋らないぞ。尋問されたってそれは同じだ」
「尋問? そんなことするつもりはありませんよ」
千景はニッコリ微笑み、
「これからするのは、拷問ですから」
ゾッとする程冷たい声で告げた。
一時間後。
「千景ちゃん、入るわよぉ?」
「ええ、構いません」
ローズは一声掛けてから、千景が居る部屋へと入った。
足を踏み入れた瞬間、室内の光景から全てを察する。
「随分派手にやったみたいだけどぉ、聞き出せたのねぇ?」
「ええ、少々時間が掛かりましたが」
千景の足下には、先程の男が倒れている。
気絶しているのか、ピクリとも動かない。
「さっさと喋っちゃえばぁ、ここまで傷つく事も無かったのにぃ」
「忠誠心はかなりの物です。七本まで耐えたのは立派と言えるでしょう」
「……そうねぇ」
ローズは拷問の本質を知っている。
どれほど痛みに耐える訓練をしたところで、絶対に耐えられない。
程度に差はあるだろうが、いつかは必ず口を割る。
対抗手段は、自ら死を選び口を閉ざすことだけだ。
「それで、そちらの準備は?」
「問題ないわぁ。整備は完璧よぉ」
爆発事故により、ローズが事務所に隠していた武器類も被害を受けた。
目立った損傷は無かったが、実戦で使うためには一度整備が必要だった。
「あっちへの連絡はぁ?」
「既に終えています。タイミング的にはギリギリですが」
「まぁ、大丈夫でしょ」
「ええ、正直連絡した時点で決着は着いていますから」
「私達はやれることをやるだけねぇ。それでぇ、彼らのアジトはぁ?」
「カラーパレットの本拠地は、色彩製薬という会社の地下です」
「なるほどねぇ、隠れ蓑にはピッタリって訳かぁ」
「ええ、薬の開発に何の不自然さもありません。例えそれが裏の薬でも」
「……直ぐ仕掛ける?」
「ハル君の安全を考えれば、もはや一刻の猶予もありませんね」
千景の言葉に、ローズは頷く。
色々な薬を研究している組織に囚われれば、どんな扱いを受けるかは容易に想像がつく。
救出が目的なら、時間を掛けるほど状況は悪化するのだ。
「行きますよ剛彦。戦場へ」
「イエス・マム」
二人は静かに出陣した。
遂にカラーパレットの本拠地が特定されました。
ここからは、直接対決を残すのみです。
千景が監視の人間に行った拷問については、全面カットしました。
書いていても、読んでいてもいい気分にはならないので。
七本、と言う単語で大体察して頂けるかと。
いよいよ本拠地に乗り込むのですが、メンバーは千景とローズだけです。
裏の世界には裏の人間、と言うことで。
今回は綺麗事で終わらせるつもりは無いので、他のメンバーには一切知らせていません。汚れ仕事をさせたくないと言う思いもあります。
長々語ってしまいましたが、ハル編も大詰め。
最初以外出番の無い主人公の運命は……。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。