ハルを巡る物語4《そして事件は発覚し》
千景の元を訪れた奈美と秋乃。
二人から事の次第を聞かされた千景がとる行動とは……。
奈美と秋乃が、ハピネスの仮事務所に辿りつく頃には、日はすっかり落ちていた。
事務所に駆け込む二人を待ちかまえていたのは、千景とローズだった。
「ち、千景さん!」
「……まず落ち着きなさい」
掴みかからんとばかりに駆け寄る奈美に、千景は一息つかせる。
動揺しているのは一目で分かる。
そんな状態で話を聞いても、余計に時間を取られるだけだ。
「す~は~す~は~」
奈美と秋乃は大きく深呼吸し、呼吸と動揺を落ち着かせる。
「それで、ハル君の身に大変なことが、と言うことでしたが」
「そう、そうなんです。ハルが……攫われちゃったんです!」
「「!!!!」」
奈美の言葉に、千景とローズは目を見開いた。
「本当なのぉ?」
「詳しく話を」
「えっと……だから……」
気持ちが先走り、奈美は上手く話を纏められない。
その様子を見て秋乃がそっと一歩前に出る。
「私から説明させてください」
「あら、貴方は」
「確かハルちゃんの妹さんでぇ、秋乃ちゃんだったわねぇ?」
「はい。私は奈美と同じ情報を持っていますし、幾分冷静ですから」
千景は秋乃の目をじっと見た後、小さく頷いた。
「実は――」
秋乃は今までのこと、そして自分の考えを千景達に説明する。
勿論秋乃も動揺していたが、ハイスペックな彼女は筋道を立てて整然と説明する事が出来た。
「――そして、今ここにやってきました」
話を聞き終えると、千景とローズは真剣な顔で考え込む。
「どう思う?」
「突飛な話ではありますが、可能性は高いかと。私も秋乃さんと同意見です」
「じゃあやっぱりハルは……」
呆然とした顔で呟く奈美。
秋乃だけでなく千景も同意見と言うことで、ハルが誘拐された事実を認識させられたのだ。
「……最悪のケースを想定して手を打ちましょう」
懐から携帯電話を取りだし、電話を掛ける。
「……私です。……ええ、御堂ハルの行方とカラーパレットの本拠地を。……最優先です」
短い通話を終えると、千景は不安げな視線を向ける二人に向き直る。
「私の情報網をフル活用して、ハル君の行方を捜させます」
「ならぁ、私も知り合いに声を掛けてみるわねぇ」
ローズは三人から離れると、携帯電話で連絡を取り始めた。
「大丈夫ですよね?」
「ええ、私達ハピネスの総力を結集して、何としてもハル君を取り戻して見せます」
力強く言い切る千景に、奈美はホッとした顔を見せた。
「今日はもう遅いです。進展があれば連絡するので、ひとまず二人は帰りなさい」
「でも……」
「もしもの場合、貴方の力も必要です。その時のため、身体を休めておいて下さい」
千景の言葉を聞いても、不満げな奈美。
「奈美、今私達が出来ることは無いわ。ここは、柊さん達を信じて待ちましょ」
「……うん」
秋乃が肩を叩いて説得し、ようやく奈美は納得した。
そのまま事務所の外に出ようとしたところを、
「あ、秋乃さん。ちょっと宜しいですか?」
千景が呼び止める。
「はい、何でしょう?」
「実は――」
「……構いませんけども。ではメモを」
「いえ、口頭で結構ですので」
「分かりました。えっと――」
秋乃の言葉を、千景は瞬時に記憶する。
「ありがとうございます」
「これが、お兄ちゃんを捜すことに役立つのですか?」
「ええ。場合によっては、切り札になります」
そう断言されてしまえば、秋乃もそれ以上追求する訳にもいかない。
千景の用事は終わった。
だが、秋乃は帰ろうとしない。
「何かありましたか?」
「柊さん、失礼ですが、貴方は兄が誘拐される心当たりがあるのでは?」
「何故そう思います?」
「先程の電話中、カラーパレットと言う単語が出てきましたから。本拠地という言葉から、それが何らかの組織、あるいはグループ名と推察できます」
「…………」
「兄の行方と同時に調べさせると言うことは、恐らくそれが犯人グループですよね?」
「……ええ、確証はありませんが、十中八九間違いないかと思います」
この時点で、秋乃は千景がこの事態を半ば予測していた事に気づく。
胸を渦巻く複雑な感情を押し殺して、一言だけ。
「どうか……お兄ちゃんを助けて下さい」
「……必ず」
深々とお辞儀をして、秋乃は奈美の待つ外へと出ていった。
「手当たり次第連絡したわぁ。今のところ目撃報告は無いみたいだけどぉ」
「ご苦労です」
千景は背後のローズに振り向かず答えた。
「それにしてもぉ……なかなか抜け目無い連中みたいねぇ」
「ええ、ハル君を取り巻く環境の変化を見逃さずに、誘拐を実行した」
「私の知るカラーパレットはぁ、そんな優秀な組織じゃ無かったけどもぉ」
「……居ますね。コレクトが凄腕と言っていた、文武兼ね備えた強者が」
ようやく千景は振り返る。
何時も通り表情は変わらない。
「侮っていた訳ではありませんが、少し見込みが甘かったようです」
情報屋から寄せられた情報では、カラーパレットはそれほど驚異では無い筈だった。
規模も三十人前後、そしてボスは無能な人物。
まさかここまで大胆に行動すると、千景は予想していなかった。
「調査報告の結果を鵜呑みにしてしまった事が、私のミスです」
「それでぇ、反省が済んだ後はぁ、どうするのぉ?」
「ふふ、決まってます」
口元を僅かにつり上げる。
「私の身内に手出ししたのです。徹底的に…………潰す」
千景の瞳は、深い闇のように何処までも暗く、冷たかった。
「まずカラーパレットの拠点を特定。その後、奇襲を掛けます」
「面子はぁ、貴方と私で?」
「他の子達には、あまり見せたくない世界ですから」
「……了解よぉ」
「ハル君を攫った目的が私の予想通りなら……急ぐ必要がありますね」
千景は決意を込めて呟いた。
拉致当日中に、事態が発覚してしまいました。
これは、黒田にとって、最悪の予想外です。
何せ、ハピネスが自分達の事を調べており、拉致の実行犯と自分達を結びつけられるのは、千景達が一番可能性が高いのですから。
日常サイドは、ハルの救出の為に動き出しました。
果たしてどの様に事態は動くのか。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。