ハルを巡る物語1《悪は静かに動きだす》
平和な日常は終わりを告げ、非日常がやってきた。
ハルと悪の組織編スタートです。
十月某日。
一つの悪の組織が、動き出した。
その名はカラーパレット。
最強の兵士を作りだし、国家転覆を狙う組織だ。
「こちらホワイト。ブラック、聞こえますか?」
「……こちらブラック。よく聞こえている」
「私を含め、各員配置に着きました。何時でも開始できます」
「そうか……」
ブラックは、携帯電話から聞こえてきた報告を受け、暫し目を閉じる。
この作戦、動き出せば一切の後戻りは出来ない。
そして成否は時間が鍵を握る。
引き金を引くタイミングを、慎重に見極めなければならない。
「隣人の少女は、学校に行っている時間だな?」
「はい。帰宅予想時刻は六時間後。その間、目標の周囲に障害はありません」
「化け物共は?」
「現在イギリスにて任務中。連絡は不可能な状況です」
「目標は?」
「本日は大学の講義が無いため、自室に居ることは確認済みです」
舞台は整った。
後は、決断を下すのみ。
「今十時四十二分か……では、午前十一時丁度を持って、作戦を開始する」
もはや、ブラックに迷いは無かった。
※※※※※※
「ふぅ、大分片づいたな」
ノートパソコンから手を離し、ハルは大きく背伸びをした。
大学も後期が始まり、講義やら研究室の作業やらで、それなりに忙しい。
バイトもなく、講義も無い今日のような日に、纏めてレポート等を作成していたのだ。
「しかし、パソコンってのは便利だな」
机の上に置かれた、銀色のノートパソコンを眺めてハルは呟く。
大学の友人が新しいものを購入したので、格安で譲って貰ったもの。
少し古い型だが、レポート作成などする分には、充分すぎる程だった。
「こいつのお陰で予定よりも早く終わりそうだな」
手書きと比べて、作業効率は圧倒的に向上した。
一日かかると見込んでいたのだが。
時計を見ると十一時。僅か三時間ほどであらかた片づいてしまった。
「後は……ああ、そう言えばアレがあったな。今の内に部屋を片づけておくか」
これからの予定を考えていると、
ピンポーン
来客を告げるチャイムが鳴った。
「ん、誰だろ」
奈美ならチャイムは鳴らさないし、友人達が遊びに来る予定もない。
新聞の勧誘かな、とハルは立ち上がりドアを開けた。
「は~い、どちら様?」
ドアの向こうには、一人の女性が立っていた。
千景と同い年くらいだろうか。
スーツを着こなした、黒髪の女性。
俯いているため顔を見ることは出来ないが、少なくとも見覚えのない人だ。
「あの、失礼ですがどちら様ですか?」
「……御堂ハルさんですね?」
こちらの問いかけに答えず、問い返してきた。
無礼にも程があるが、それ以上にハルは得体の知れぬ気持ち悪さを感じていた。
決して勘がよい方ではない。
勘に頼る事も少ない。
だが、今この時だけは身体が勝手に動いた。
「人違いです」
咄嗟に嘘を付き、ドアを閉じようとする。
だが、
「!!!!」
ドアが閉まる前に、女性は足を挟み、それを中断させた。
異様な行動に、思わず背筋が凍る。
「……くっ」
焦ったハルは、思い切り力を入れてドアを閉めるが、女性は全く動じない。
それどころか、隙間に手を入れて、閉まり掛けたドアをこじ開けた。
「なっ!」
小柄とは言え、ハルは男だ。
奈美のような例外はさておき、普通の女性に力で負ける訳がない。
だが、目の前の女性は軽々とハルの力を上回った。
「あんた……一体何なんだよ!」
ハルは恐怖を誤魔化すように、女性に向けて叫ぶ。
「……ご足労願います。返事は結構ですので」
言葉と同時に、女性はハルの腹に拳を叩き込む。
腹部に走る激痛と息苦しさに、思わずハルはうずくまる。
そして、首筋に衝撃を感じると、ハルの意識は闇の中へと落ちていった。
※※※※※※
アパートの屋上。
そこに、三つの人影があった。
一人は全身黒のスーツ姿の男、ブラック。
対峙する二人は、銀と青を基調としたジャケットを着た男達。
「貴様、一体何者だ?」
「……あなた達の敵ですよ」
「悪の組織か。何処の手の者だ?」
「答える必要はありませんね」
油断無く距離を取りながら、両者は睨み合う。
「自分達は彼の周囲の監視、及び護衛を任されている」
「貴様の正体は、彼の安全を確保してから確かめさせて貰う」
一人は警棒を、そしてもう一人は拳銃を構える。
その構えに無駄はなく、男達の技量が確かな事が伺い知れる。
「……時間がないので、手短に済ませるとしよう」
ブラックは身をかがめると、思い切り男達に突進した。
凄まじい速さで拳銃を構えた男の懐に入ると、勢いそのままに拳をアゴに打ち込む。
「がっ……」
一撃で意識を刈り取られた男は、屋上に力無く崩れ落ちた。
「き、貴様……」
「ふんっ!」
仲間をやられた動揺を見逃さず、ブラックは回し蹴りを警棒の男に放つ。
綺麗に側頭部を捕らえた蹴りは、男の意識を奪うのに充分すぎる威力だった。
対峙から僅か数分。
ブラックは正義の味方二名を、あっさり打ち破った。
「……特A級の化け物共や、『ジャスティス』クラスならともかく」
倒れた男達に視線を向け、
「貴様らのような雑魚に後れは取らないよ」
ニヤリと悪役らしい笑みを浮かべてブラックは呟いた。
倒れた男達の身体を探り、通信機を見つけると、踏みつぶして破壊する。
そして、男達の身ぐるみを剥ぐ。
「定時連絡は一時間後か」
呟きながら、ブラックは気絶した男達の身体を縄で拘束して、両肩に担ぎ上げる。
そして、アパートの二階に降り立つ。
「やあホワイト、終わったみたいだね」
「ええ、問題なく。そちらも?」
「所詮は連絡係、大した相手じゃない」
ブラックは微笑みながら、男達を担いで一階へと移動する。
そして、一番は端の空き部屋の鍵を開け、男達を放り込み鍵を掛けた。
「後はこれだな……」
ブラックが呟くと、アパートに一人の男がやってきた。
ごく普通の中年男性だ。
「手配は済んでいるな?」
「はい、まもなく来ると思います」
「よし、では頼むぞ」
ブラックは男性に、男達の衣服を手渡す。
男性は衣服を受け取ると、直ぐさまアパートから離れた。
「これで、異常に気づいた連中が状況把握するまでの時間は稼げる」
「では早急に離脱しましょう」
ホワイトの言葉に頷くと、ブラックは下に用意してある車に乗り込んだ。
ごく普通の乗用車。
町中を走っていても、何一つ違和感はない。
例えトランクの中に、男が一人放り込まれていたとしても。
「実験の手配は問題ないね?」
助手席に座ったブラックは、運転席のホワイトに尋ねる。
「はい、到着次第直ぐさま始められます」
「結構だ」
ブラックは満足げに頷くと、携帯電話を取り出す。
「……ああ私だ。作戦終了、各員折を見て帰投してくれ」
指示を出し終えると、大きく息を吐く。
(ここまでは計画通りだ。後は時間と……天が私を見捨ててないか、だな)
祈るように目を閉じるブラック。
その様子を横目で見ながら、声を掛けずに車を走らせるホワイト。
車は様々な思いを乗せて、怪しまれない速度で進んでいく。
賽は投げられた。
どの様な目が出るかは、まさに神のみぞ知る。
遂にカラーパレットが動きました。
まずは彼らの予定通り事は運び、ハルは悪の手に落ちました。
果たして彼らの狙いとは。
次回もまたお付き合い頂けたら幸いです。