男嫌いを治しましょう(1)
ハルに用意された依頼。
それは非常に厄介なもので……。
それは、肌寒いある日の事だった。
いつものようにハピネスの事務所にやってきたハル。
そしていつものように掲示板の依頼を吟味していると……。
「?? 何だこれ?」
張り出された一枚の依頼用紙に、思わず首を傾げた。
【急募】
依頼内容:治療の協力
受諾資格:見た目が男らしくなく、耐久力と忍耐力のある男性
依頼期間:頑張り次第(最短一日~最長でずっと)
成功報酬:要相談
追記:ハル君にピッタリだと思います。是非受けて欲しいです。
明らかに他の依頼とは毛色が違っていた。
何というか、非常に抽象的な内容で具体的な事が何も書いていない。
それ以前に名指しで指名とはこれ如何に?
「あらハル君。早速その依頼に目を付けるとは、流石ですね」
困惑するハルの背後から声が掛けられる。
ゆっくり振り返ると、そこには微笑みを浮かべた千景が立っていた。
「千景さん……これ一体何なんですか?」
「見ての通り緊急の依頼です。ハル君以外に適任者が居ない、ね」
「あのーどう考えても怪しいので、パスする方向で検討してますけど」
「別に構いませんよ」
予想外の答えだった。
てっきり無理矢理押しつけられると思っていたのだが。
「私達は依頼を提示するだけ。依頼を受けるかどうかはハル君が決める事ですから」
「そ、そうですか。じゃあ今回は見送りと言うことで……」
「ただ」
「……ただ?」
「いえ、ただこの依頼人は私なんです」
嫌な汗がハルの頬を伝う。
「勿論断るのも自由ですけど……」
笑顔で圧力を掛けてくる千景。
言葉とは裏腹に、断ったらどうなるか分かってるな? と暗に告げている。
「話くらいは聞いてくれたら嬉しいな、と思ったりするわけですね」
「………………はい」
断ることなど出来るはずがない。
ハルは小さく頷くのが精一杯だった。
「それで、俺にピッタリの依頼って何なんです?」
ソファーの置かれた応接スペースに移動したハルと千景。
手元のお茶を啜りながら、ハルは尋ねる。
「実は奈美の事なんです」
「奈美? ああ、早瀬の事ですか」
一瞬誰のことか分からなかったが、直ぐさま隣室の少女を思い出す。
そう言えばあれから一度も遭遇していないような気がする。
「ええ。あの子が男性恐怖症なのは……知ってますね」
「そりゃまあ」
いきなりぶん投げられ、床に叩き付けられたのだ。忘れるはずもない。
「……なるほど。話が見えてきましたよ」
「話が早いのは助かります。答え合わせをしても?」
「俺にあいつの男性恐怖症を治せっていうんでしょ?」
「グッド。補足するなら、恐怖症を治す手助けをして欲しい、と言ったところでしょうか」
千景は満足げに頷きながら、ハルの言葉を肯定する。
口に含んだお茶が一気に渋くなった気がした。
「えっと千景さん。聞きたいことがあるんですけど」
「答えられることなら、お答えしましょう」
「まず、何で俺を指名したんですか?」
「条件に当てはまると言うのもありますが……一番は可能性ですね」
千景の言葉にハルは首を傾げる。
「どうもハル君はあの子にとって、普通の男と違う存在のようです」
「思い切り投げられましたけど……」
それも意識を失うほど強く。
「あの子にとってはギリギリまで手加減してました。これは初めてのことです」
「あれで……ですか?」
「昔不用意にあの子をナンパしようとした男が居まして……」
「まあ外見は良いですからね。それで?」
「二度とナンパが出来ないような顔になりました」
ゾッと背筋が凍った。
「あの子とは長い付き合いですが、初めてです。男を攻撃するときに手加減したのは」
「……よく今まで警察のご厄介にならなかったですね」
「まあ、まだ未成年ですから。日本の法律は子供に甘く出来てますので」
さらりと危険な発言をする千景。
どうやらハルが思っていた以上に、壮絶な過去があったようだ。
「そんな訳で、ハル君なら何とか出来るのではないかと思ったのです」
「俺に死ねと?」
「成功すれば大丈夫です。正に生か死かです」
言葉とは裏腹ににこやかな笑みを浮かべる千景。
だが纏った空気は真剣なまま。
間違いない。
この人は本気で言っている。
そして同時に悟る。
この依頼は今から断ることなど、出来はしないと言うことを。
「ハル君を指名した理由は以上です。他に何かありますか?」
依頼を断れない以上、やるべき事は一つ。
何としても成功して我が身を守るだけだ。
その為にもここでの情報収集は重要だ。
「えっと、あいつが男性恐怖症になった原因とか……」
「それは直接本人に聞いてください。プライバシーに関わりますので」
正論だ。理不尽ではあるが。
情報収集は第一歩を踏み外した。
「個人的な情報も同様の理由でお見せできません。申し訳ないですが」
情報収集は第一歩を踏み出す前に終わりを告げた。
「手段は全てハル君に任せます。お願い出来ますか?」
1.分かりました。
2.何とかやってみます。
3.頑張ります
「な、何て根性のない選択肢だ……」
「どうかしましたか?」
「いえ、こっちの話です。えっと……2かな」
「引き受けて貰えるんですね。ありがとうございます」
ありのまま今起こった事を言う。
選択肢を頭に思い浮かべた。でも声に出してはいない。
ひょっとして……。
「嫌ですよ。さとりじゃあるまいし、心なんて読めるわけないじゃないですか」
本当ですか?
「ええ。勿論です」
……まあいい。喋る手間が省けて儲けもの、と思おう。うん、それがいい。
「ポジティブな人は好きですよ」
微笑む千景に、ハルはこれ以上深く考えることを止めた。
かくしてハルの、「奈美の男性恐怖症を治しちゃおう大作戦」は幕を開けるのだった。
タイトル通り奈美の話です。
これからはキャラクター紹介編に入ります。
予定している新キャラも順次登場させていく予定です。
と言いますか、彼らが登場しないとなかなか馬鹿話をやり辛いので。
一通り登場人物が揃ってからが、ようやくスタートが切れます。
投稿ペースを少し上げて参ります。
これからもお付き合い頂ければ幸いです。