魔法使いに、私はなる!
小説や漫画、ドラマにアニメ。何かと影響されやすい奈美。
今回彼女が影響されたものとは……。
それは、正に運命の出会いだった。
ハルの部屋に遊びに来ていた奈美は、何気なくテレビを着けた。
丁度やっていたのは、金曜日の夜に放送される、ロードショウの映画。
一目で奈美は、それの虜になった。
食い付くように最後まで見続け、奈美はある決意を固めた。
「……ねえ、ハル」
「ん、どうかしたか?」
「私は、私は…………魔法使いになる!」
某海賊漫画の様に、奈美は声高らかに宣言するのだった。
翌日。
ハピネス事務所を訪れたハルと奈美は、紫音に話を持ちかける。
「……魔法使い?」
「うん。私魔法使いになりたいの」
怪訝そうに視線を向ける紫音に、奈美はきらきらと瞳を輝かせて答える。
「ハルよ。一体何事なんだ?」
「すまん。実は昨日、魔法使いが主人公の映画を見ちゃって……」
眼鏡少年が活躍する、ベストセラー小説が原作のあれだ。
最新作公開に合わせて、一作目が地上波で放送されていた。
「なるほど。それに影響された訳か」
「もう昨日からずっとこの調子だよ」
ハルは疲れた顔で言った。
「事情は分かったが、何故私の所に?」
「だって、紫音は不思議な力があるじゃない。この間、透明人間の手を縛ったし」
「……あれは単なる術だが」
「どう違うの?」
「むっ……むぅぅ……」
奈美の突っ込みに、紫音は思わず答えに窮する。
紫音の知識では、魔法は現実には不可能な手法や結果を実現する力。
そう考えると、実は自分の力と違いが無いような気がした。
「……ハルはどう思う?」
「う~ん、魔法は西洋、術は東洋ってイメージかな」
「性質そのものに区別は無いと言う認識か……」
「素人考えで悪いけど、どっちも超常的な力を使うって点では同じに思うよ」
ふむ、と紫音はハルの言葉を受け入れる。
今まで考えたことも無かったが、確かに同じような力なのかも知れない。
「まあ、仮に同じだとして、奈美は私に何を求める?」
「私に魔法教えて!」
「無理だ」
コンマ数秒で、奈美の野望は敗れた。
「ど、どうしてよ~。教えてくれたって良いじゃない」
「前にも言ったと思うが、奈美には素質というか……霊的な才能が欠片もないのだ」
一刀両断な回答だった。
「そんな~」
「……素質が無いと、その術ってのは全く使えないのか?」
傍目で分かるほど凹んだ奈美を見かねて、ハルは紫音に聞いてみる。
「基本的にはな。厳しい修行を長年積めば、簡単なものなら使えるかもしれんが……」
「ホント!?」
「うむ。俗世から完全に離れた世界で、大体五十年ほど頑張ればあるいは」
上げて落とす、見事な技だった。
「そう気を落とすなよ。あの映画だって、魔法使いはごく一部だろ?」
確か魔法使いの血筋が必要だったはずだ。
「うう……私の野望が……」
「野望?」
失意の奈美が口にした言葉に、ハルは思わず聞き返す。
「そう言えば、お前は何で魔法が使いたかったんだ?」
「実は来週から、休み明けの学力確認テストがあるの」
「……をい、まさかそのテストを魔法で、とか考えてたんじゃ」
「だってね、もし赤点とったら一ヶ月間毎日補習で、ハピネスに来れなくなっちゃう」
寧ろ今までバイトを許可されていた事が驚きだ。
「だったら勉強すれば良いだろ。まだ時間あるし、俺も手伝ってやるから」
「勿論そのつもりだけど……どうしても英語は苦手なのよ~」
ハルに泣きつく奈美。
魔法にすがりつく辺り、相当追いつめられていたのだろう。
「んなこと言っても、魔法は結局使えないしな……」
「……ふむ、そう言うことなら、私に一つ考えがあるぞ」
黙っていた紫音が、不意に二人に告げた。
「本当に?」
「ああ。要はそのテストを突破できる学力を、奈美が身につければ問題ないのだろ?」
「簡単に言うけどな、結構難問だぞ」
「正攻法では、な。だから今回は、少々ずるをするとしよう」
紫音はそう言うと、懐から一枚のお札を取り出した。
「手の平を上に、こっちに向けてくれ」
「こう?」
差し出された奈美の手に、紫音はお札を乗っけた。
「……彼の者に……天の英知を……分け与えよ……添!」
紫音が言葉を発した瞬間、お札が薄く発光し、それが奈美の手に吸い込まれていく。
神秘的な光景を、ハルと奈美は呆然と見届けるしか無かった。
やがて全ての光が奈美に溶け込むと、紫音は小さく息を吐く。
「……よし、これで良いだろう」
「一体何をしたんだ?」
「奈美に魔法を掛けた。学力が向上する、な」
「本当!?」
顔を輝かせる奈美に、紫音は頷く。
「とはいえ、そのままでは効果は無い」
「どうすればいいの?」
「この札を常に身につけて、勉強すればいい。通常の十倍以上の学習効果が得られる」
とんだチートだ。
「来週のテストなら、今から勉強すれば満点を取れる実力が身に付くだろう」
「……紫音、ありがとう」
「礼はそのテストを突破してから受け取ろう」
「うん……そうね。それじゃあ早速勉強しなくちゃ。ハル、先に帰ってるから!」
奈美はやる気に満ちた表情で、意気揚々と事務所を後にした。
「……紫音、あの魔法は本当なのか?」
「勿論嘘だ」
しれっと言い放つ。
「魔法使いでは無い私が、魔法を使える筈が無いだろう」
言われて気づく。
確かに紫音はあの時、術ではなく魔法を掛けたと言っていた。
「とは言え、満更全て嘘だという訳でも無いがな」
「どういうことだ?」
「人は思いこむことで、その力を十二分に発揮する事が出来る」
「らしいな」
「勉強しただけ効果があると、奈美は思いこんだ。さて、どうなると思う?」
「……なるほど」
紫音の意図を察し、ハルは納得の笑みを浮かべた。
人の思いこみは時に不思議な現象も起こす。
偽薬効果と呼ばれるものが分かりやすいだろうか。
薬としては効果の無い物を飲み、それを薬と信じた患者の状態が回復した例があるらしい。
科学的な根拠は無いが、精神が肉体に影響を及ぼす可能性は充分あるだろう。
「何にせよ、奈美が自分から勉強する気になったのは、有り難い話だ」
「うむ。とは言え独学では限界がある。フォローは頼んだぞ」
「分かってるよ」
奈美の勉強に付き合うべく、ハルも事務所を後にするのだった。
そして、一週間後。
全教科平均点以上の答案を誇らしげに掲げる、奈美の姿があった。
「やったね♪ 紫音のお陰よ、本当にありがとう」
「……いや、実は……」
「おいおい、家庭教師の俺は?」
真実を告げようとする紫音を、ハルはそっと制する。
「ハル?」
「紫音は正真正銘魔法を掛けたよ。努力っていう名前の魔法を」
「……少々くさく無いか?」
「うるさいやい」
信じる心が産み出す奇跡。
それが魔法だと、ハルは思うのだった。
タイトルは……ごめんなさい、悪ふざけです。
奈美が主役の話にしては、珍しく、と言うよりも初めて綺麗に終わりましたね。
たまにはこういうご褒美があっても良いと思います。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。