怪盗コレクト再び(4)
まんまとコレクトに宝石を奪われてしまったハピネス。
果たして逆転の手はあるのか。
「……それでは、私は追跡班と合流します。後日、改めて謝罪に伺いますので」
一礼して理事長室から出ようとする美園を、
「待ちなさい美樹」
千景は制止する。
「何ですか。話は後にして下さい」
「……面白いショーでしたが、そろそろ幕引きにしませんか?」
「一体何の話です? 私は急いでるんですが」
明らかに不機嫌な顔の美園。
「変装の達人とは聞いていましたが、ここまでとは思いませんでしたよ」
「だから一体何を言ってるんです?」
「もう良いでしょ。美樹…………いえ、怪盗コレクト」
「「えぇぇぇぇ!!」」
千景の言葉に、ハル達は驚きの声をあげた。
「ち、千景さん。それ本当なんですか?」
「ええ。状況から考えて、間違いないと思います」
「ちょっと千景、いくら貴方でも冗談が過ぎるわよ」
怒りの表情を向ける美園。
「勿論これから説明しますが、その前に……変装を解いてくれませんか?」
「だから何の事だか……」
「変装を解け」
ゾッと、思わず背筋が凍るような冷たい声だった。
千景の瞳は一切の感情を失った様に、底知れぬ闇のように暗い。
「友人の姿を奪われて冷静でいられるほど、私は優しくありません」
「……ふぅ、どうやら逆鱗に触れてしまったようだね」
美園は諦めたように笑うと、服を掴んでバッと脱ぎ捨てた。
現れたのは、白いシルクハットにスーツの男、怪盗コレクトだった。
「久しぶりだねハピネスの諸君、そして」
コレクトは理事長へ視線を向け、
「お初お目に掛かる。私は怪盗コレクト、以後お見知り置きを」
優雅に一礼する。
「貴方が有名な怪盗殿ですか。私は新藤麻里亜です。お目にかかれて光栄ですわ」
「ふ、流石はマダム。いささかの動揺も見せぬとは」
「年寄りは、ちょっとやそっとの事では驚かないのですよ」
微笑み合うコレクトと理事長。
「さて、まずは見事と言っておこうか。よく我が変装を見破った」
「……世辞は結構です。それに、消去法で貴方が犯人だと分かっただけですから」
「ほう、詳しく聞きたいね」
「簡単な事です。今回のケースでは、貴方以外に犯行が可能な人がいない。それだけです」
千景はそう言うと、自分の推理を話し始めた。
「今回、幾つかおかしな点がありますが、一番の謎は宝石の入れ替えです」
「どうやって入れ替えたか、ですか?」
「いいえ、「どうやって」ではなく「どうして」入れ替えたかが問題なのです」
ハルの問いに千景は静かな声で続ける。
「宝石を盗むだけなら、わざわざ偽物を残す理由がありません」
「あっ……」
言われてハル達はハッとする。
冷静に考えれば、確かにその通りだ。
「驚かせたかっただけ、とは考えられないか?」
「可能性はあります。怪盗コレクトは愉快犯的な思考を持っていますから。ですが」
千景は視線をスッと細める。
「入れ替えなければならない理由があった、と考えればどうでしょう?」
「理由ですか?」
「ええ。そしてそれは、今回の一連の流れを思い起こせば、容易に想像が出来ます」
ハル達は揃って今まで起きたことを思い起こす。
まず、ハル達が理事長室にやってきた。
部屋のあちこちを確認して、その後美園が紫音に宝石の真贋を確認。
全員が配置に着く。宝石のある引き出しの前に千景が立つ。
予告時間、ガラスが割れ室内に白煙が満ちる。
コレクトの声と、けたたましい音が暫し響く。
音が止むと、コレクトは盗み終わったと宣言。
再びガラスが割れる音がして、見張りの人が空に逃げる気球を発見。
煙が消えた後宝石を確認し、入れ替わりが発覚。
そして今に至る。
「……ん~分からないですね」
「私もちょっと……」
「千景よ、一体何が理由なんだ?」
「視点を変えてみてください。何時なら、宝石を入れ替えられますか?」
「そりゃ……あの音が鳴っている間では?」
「…………いや、違う。それがコレクト殿の狙いだ」
紫音が何かに気づいたように、ハルの答えを否定する。
「如何にもあのタイミングで作業したように思えるが、大きな落とし穴がある」
「落とし穴?」
「千景が宝石の周辺に居ることだ」
「ご名答。私があそこに立っている以上、宝石に近づく気配に気づかぬ筈がありません」
「随分自信がありますね」
ハルの問いに千景は薄く笑う。
「色々ありましてね。とにかく、私があそこに立ってから宝石は動いていない。これは確実です」
「ではコレクトは何時入れ替えたの?」
「答えはもう出ている筈です。私が配置に着いたら犯行は不可。ならば」
そこまで言われ、ようやくハルと柚子も察しがいった。
「……紫音に真贋を鑑定させる時、ですか?」
「そうです。本物と言わせた後、理事長に返すまでの間に、入れ替えは行われました」
天使の肝臓は拳半分ほどの大きさ。
コレクトほどの怪盗なら、苦もなく入れ替えは行えるだろう。
「後は全てお芝居。ガラスは遠隔装置で割れるでしょうし、発煙筒をタイミング良く転がせば、さも窓の外から投げ込まれたように見えるでしょう」
「あのコレクトの声は?」
「コレクトがピンマイクで、スピーカー越しに話していたのでしょう。視界は封じられていますので、私達には美樹とコレクトが言い合っている様に思えますので」
「大きな音の意味は何?」
「ブラフです。あの時間に盗んだぞ、と思わせるだけのものです」
「気球は見張りの人が目撃してますが?」
「ラジコン飛行機のオモチャがあるご時世です。気球の遠隔操作は容易でしょう」
千景は最後に一連の本当の流れを説明した。
コレクトは紫音に宝石を見せた後、理事長に返す前に偽物とすり替える。
予告時間に何らかの装置で窓ガラスを割り、タイミングを合わせて発煙筒を床に投げる。
マイクを使い、校内スピーカーから台詞を発してコレクト登場をアピール。
肉声で美園を、マイク越しにコレクトを演じ分けた。
そして、大きな音を鳴らし、今犯行が行われている様に見せる。
頃合いを見て音を消し、再度ガラスを割って、外に逃げたように思わせる。
後は気球を遠隔操作して、空から外に逃げたと信じ込ませれば、計画は完了。
自分も追跡するふりをして、この場を離脱すれば全てが終わる筈だった。
「……以上が私の推理ですが、何か間違いはありましたか?」
「くっくっく、いや、見事だよ。ほぼ全て正解だ」
コレクトは拍手をして、千景を称えた。
「まさかここまで見破るとは。正直驚いたよ」
「では、天使の肝臓を」
「ああ、主の元に返すとしよう」
コレクトはゆっくりと理事長へ近づき、懐から宝石を手渡した。
「あの子に鑑定して貰うと宜しいでしょう」
「いいえ、怪盗の貴方が負けを認めた以上、これは本物でしょうから」
理事長は箱に宝石を収める。
コレクトは僅かに驚きの表情を浮かべたが、小さく頷き恭しく一礼した。
「やれやれ、まさかリベンジマッチでも敗れるとはね」
「今回の事件は、やはり私達への挑戦でしたか」
「気づいて貰えたのだろ?」
「何故か美樹に届けられた予告状と、謎めいた文章を考えれば当然です」
千景の言葉にコレクトは満足げに笑った。
「彼女なら、きっと君に頼ると思ったからね」
「……その彼女、美樹は無事ですか?」
「ああ。一切危害を加えていない。私の誇りに誓おう」
「今何処に?」
「自宅で眠っているよ。そろそろ睡眠薬の効果も切れる頃だ」
人を傷つけない。
コレクトの誇りだった。
「さて、そろそろ私はお暇させて貰おうかな」
「……残念ですが、そうは行きません」
「私を捕まえるかね? 正義の味方でも警察でも無い君が、何の為に?」
「貴方は美樹の、私の友人の誇りを傷つけました。少し見過ごせませんね」
再び千景とコレクトの間の空気が張りつめる。
「捕まえられるかな?」
「……そのつもりはありません。ただ、五体満足で返すつもりもありません」
「ふっ、『死刑宣告者』に言われると、生きた心地がしないね」
「………………」
コレクトの軽口に千景は無言。
しかし、その身体から発せられる空気は、明らかに冷たさを増していた。
「これは失礼。もう廃業していたか」
「………………」
もうハル達は一言も発せられなかった。
それほど千景の纏う空気は、異質な物だった。
次コレクトが下手を打てば即座に千景は仕掛けるだろう。
そんな一触即発の空気が、理事長室に満ちていた。
「……取引をしないか?」
「……貴方の命と釣り合う物を提示出来ると?」
「情報だ。君の身内に危機が迫っている、と言う情報ではどうかな?」
コレクトの言葉に、千景は暫し思考する。
互いに視線を向け合うこと数秒。
「……良いでしょう。ただしその情報が下らぬ物なら……」
「万が一そうなら、互いに命懸けの勝負と行こう」
千景は軽く頷き、コレクトに情報を告げるよう促した。
「とある悪の組織が君達のことを調べている」
「……知っています」
その程度の情報は、千景も情報屋を通じて掴んでいた。
「彼らの狙いは、ハピネスではなく、そこに所属するある人物だ」
「……続きを」
「その人物とは…………御堂ハルだ」
思いがけず名を呼ばれ、ハルは心臓が飛び出る程驚いた。
柚子も、紫音も、驚きの表情でハルを見る。
だが千景は眉一つ動かさずに、コレクトを見据えていた。
「彼らの目的と御堂ハル、それはある一点で結ばれる」
「…………」
「精々気をつける事だ。少なくとも彼らの中に一人、凄腕が居るからね」
情報は以上だ、とコレクトは千景の答えを待つ。
一分ほど沈黙が続き、
「……行きなさい」
千景は瞳を閉じてコレクトを解放した。
コレクトが去った後、千景はローズ達と警官達に事の次第を伝えた。
気球はフェイク。本物の宝石は守り抜いた。
後の処理は美園に任せ、全員帰投するようにと。
指示を出し終えた後、千景は理事長の前に立ち頭を下げた。
「申し訳ありません。私事で賊を逃がしました」
「ふふ、何を謝るのです。貴方は私の宝石を守ってくれた、これ以上何も望んでませんよ」
「そう言って頂けると助かります」
理事長の優しい笑みに、千景も自然と表情が軟らかくなる。
先程までの殺気ばしった空気は、すっかり消え去っていた。
「ここの修理費は警察……美樹に言えば支払うと思いますので」
「構いませんよ。良い物を見せて頂いた駄賃とすれば、安いくらいですから」
「…………」
「過去は過去、今は今です。心乱して未来を失う事は許しませんよ?」
「……心に刻んでおきます」
千景は深々と頭を下げた。
ハピネス一同も事務所に戻るべく、理事長室を後にしようとして、
「ああ、一つ言い忘れてました」
理事長の言葉にその足を止めた。
「今日は非常事態でしたし、学校もお休みなので大目に見ますけど……」
視線はハルに向けられる。
「うちは基本男子禁制なので、お願いしますね」
「…………いつからお気づきに?」
「ふふ、最初からです」
お見それしましたと、ハルは本気で謝るのだった。
こうして、怪盗コレクトとの再戦は幕を閉じた。
入れ替わりは怪盗のお約束ですね。
美園は食べ物に混入された睡眠薬で、当日の朝からお休み中。
白百合女子高校に来た時から、既に入れ替わっていました。
紫音に宝石の鑑定を頼むなんて、明らかにおかしかったですからね。
予想外の方向から、話が進展しました。
以前コレクトに接触したブラックは、ハルのことを訪ねました。
容姿と、モノマネについての確認です。
その情報を、今回千景達に提供しました。
少しずつ見え隠れする非日常の影。
果たしてハルを狙う目的とは。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。