小話《ハルとローズ》
ハピネス事務所でのちょっとしたやり取り。
便利屋ハピネスの事務所。
「う~ん」
ハルはアゴに手を当てながら、真剣に悩んでいた。
目の前には様々な依頼が張り出された掲示板。
まあつまりは、どれを受けようか吟味中という訳だ。
既に十分はそうしていただろうか。
結論は出ないまま、時間だけが過ぎていく。
そんなハルの背後から、
「あらぁハルちゃん。何を悩んでるのかしらぁ?」
野太い声がかけられた。
「あ、たけひ…………ローズさん」
「もぅ他人行儀ねぇ。呼び捨てで良いわよぉ。ローズってぇ」
「いやそれは……ここの先輩ですし年上の人を呼び捨てというのは」
「本人が言ってるんだしぃ、良いじゃないのぉ。ねぇ、お・ね・が・い♪」
「うわぁぁ、分かりました、分かりましたから。首筋に息を吹きかけないで下さい」
全身に浮き出た鳥肌を振り払うように、ハルは身体をよじる。
「呼び捨ててくれるわよねぇ?」
「……分かりました。ローズ」
「敬語も止めてよぉ。ここでは仲間なんだしぃ」
「流石にそれは…………わ、分かりまし……分かったよ」
ため口のハルに満足げに頷くローズ。
どうやら対等な関係を望むタイプのようだ。
未だ少し抵抗はあるが、郷に入っては郷に従え。ハルは友人として接することに決めた。
「それで何を悩んでたのぉ?」
「あ、うん。どの依頼を受けようかと思って……」
ハルはチラリと掲示板へ視線を向ける。
「ふぅ~ん。仕事の内容とかぁ、報酬とかに何か要望があるのかしらぁ?」
「そんな贅沢は無いよ。ただ、この間ちょっと痛い目を見てね」
少しだけ顔を引きつらせてハルは言った。
三日ほど前だろうか。
庭の雑草取りで報酬が五万円。あまりにも美味しい話に飛びついてしまったのだ。
意気揚々と向かった家は大層な豪邸。
当然庭もそれに比例して広く、作業を終えるのに半日以上掛かった。
翌日は極度の筋肉痛に襲われ、大学を泣く泣く休む羽目に。
それ以来依頼はしっかり吟味してから受けようと、固く心に誓ったのだ。
「なるほどねぇ。確かに新人さんは引っかかりやすいかもぉ」
「だから依頼の内容に対して報酬が適切かどうか、吟味してる所なんだ」
実際雑草取り何かは数千円が妥当。何万円なんてどう考えても罠。
それを頭に入れながら、自分でも出来そうな依頼を選んでいく。
「……これかな」
張り出された依頼の中から、一枚の依頼用紙を手に取る。
ご近所のドブ攫い手伝い。拘束時間は数時間。報酬もそこそこだ。
「なかなか珍しいのを選んだわねぇ」
「ん、そうかな?」
「そう言った依頼はあまり人気無いのよぉ。出来ればやりたくない仕事って奴ねぇ」
「人がやりたがらないから仕事になるんだろ。何言ってんだか」
さらりと言い放つハルを、ローズは珍しいものを見るように目を見開く。
その驚きの表情は、次第に柔らかな笑みへと変わっていった。
「……うふふ、私ハルちゃんの事気に入っちゃったわぁ」
「そ、そうかい?」
「色々な意味で、ねぇ」
ニヤリと口元に笑みを浮かべたローズに、ハルは少しだけ顔を引きつらせる。
どんな意味か聞くのは自殺行為に他ならないだろう。
ならやるべき事は、可及的速やかにこの場を離脱することだ。
「じゃ、じゃあ俺はこの依頼に行くから」
「あら残念ねぇ。今度ゆっくりお話しましょうねぇ」
「ははは、そうですね。機会があれば……」
曖昧な笑みを顔に貼り付けたまま、ハルはローズから距離を取る。
そのまま事務員に声を掛け、急ぎ足で事務所を後にするのだった。
本当に小話です。
特に山も落ちも無いですが、日常風景と言うことで。