小話《千景と美園》
とある飲み屋での一コマ。
「それでは」
「互いの無事と、忙しさを祝って」
「「乾杯」」
キン、とグラスが澄んだ音を響かせた。
芍薬商店街の裏路地にある、小さな居酒屋。
看板を出していないが、それでも店内は常連客でそこそこの賑わいを見せていた。
そんな中、カウンター席で隣り合いながら、千景と美園は杯を交わす。
「ふぅ、こうして美樹と飲むのも久しぶりですね」
「お互い、なかなか時間が取れませんから」
美園は答えながら、大将に追加のお酒を頼む。
「最近そっちの様子はどうなの?」
「お陰様で商売繁盛です。今期はかなりの黒字が見込めそうですよ」
「羨ましい限りですね」
美園はくいっとグラスを空にし、お代わりを頼んだ。
「そう言う美樹の方も、最近は特に忙しそうですけど」
「……ええ。もうてんてこ舞いって感じよ」
「犯罪検挙数は、既に去年を大幅に超えているとか。頑張ってますね」
千景は大将に一升瓶を注文し、大ジョッキに注ぐ。
「私の仕事は、暇なほど良いんです。平和な証拠ですから」
「今は、そうではないと?」
「正直な所ね。最近は特に妙な事件が多くて……」
「少し聞かせて貰えるかしら?」
極上の日本酒を頼み、それを美園のグラスに注ぐ。
「……口外厳禁で頼みます」
「当然」
「実は最近、今まで無かった様な事件が増えてます」
「今までに無い?」
「説明しにくいのですが……何というか、犯人が人間離れしてまして」
一升瓶を更に追加して、千景は話の続きを要求する。
「先日起きた銀行強盗事件は知ってますか?」
「深夜に忍び込み、ご用となったあれなら」
「……犯人は素手でコンクリートの壁を破壊して、中に侵入したんです」
「へぇ、それはまた、随分と豪快な犯行手段ですね」
「駆けつけた警官数名は、犯人に殴られ重傷。今も入院中ですよ」
ピシっと美園のグラスにヒビが入る。
千景はグラスの交換と、追加の酒をお願いした。
「結局麻酔銃を使って、何とか身柄を確保しました」
「その判断を下せる貴方は、やはり優秀です」
「部下の犠牲を減らせるなら、始末書なんて安い物ですから」
苦笑する様子から、相当絞られたのだろう。
それを気にもしない美園は、やはり上司として極めて優秀だ。
「犯人の事情聴取は?」
「残念ながらまだ。今は病院の特別病棟で治療中ですので」
「……薬物ですか」
「可能性はかなり高いですね。現在調査チームを編成して、解明に取り組んでいます」
美園は一升瓶の追加を注文する。
「増えている、とさっき言いましたが、こうした事件が他にも?」
「ええ。事件の種類は違えど、犯人の状態は全て同じです」
「人間離れした力を持ち、いずれも薬物の使用が疑われる。確かに妙ですね」
「お陰でここ暫くは、署に泊まり込むことになりそうです」
ゴクリと酒を飲み干し、美園は苦笑した。
「事情聴取が済んだら、是非情報を貰いたいですね」
「……一応機密なんだけど」
「実は先日、年に五本しか生産されない、秘酒『行かず後家』が手に入りまして」
「最優先で連絡するわ」
随分と安い機密だった。
「さてと。湿っぽい話はこれ位にして、後は楽しく飲むとしましょうか」
「ええ、大賛成よ」
微笑み合う千景と美園。
そして、
「「大将、樽お願いね♪」」
何時も通りの酒盛りが始まるのだった。
今回は小休止的な話でした。
美園の話にもありましたが、ぼちぼち非日常が顔を出し始めて来ました。
交わる日も近いかと
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。