幽霊退治の筈ですが(2)
奈美を傷つけられ、怒りのハルは最上階へ。
果たして姿の見えぬ敵の正体とは。
ビルの最上階は他の階のように壁が無く、大きなワンフロア構造になっていた。
テナントで入っていた会社が残していった、事務机や椅子などの事務用品。
そして崩れたコンクリートの破片などが、あちこちに放置されている。
「こそこそ隠れてないで出てこい!」
ハルは勢いよく最上階に突入すると、周囲を威嚇するように叫ぶ。
しかし、そこには人の姿は見えない。
試しに足下を転がる小さな破片を投げつけてみるが、全く反応無しだ。
悩むハルの元に、奈美と紫音が遅れて合流する。
「ハル、大丈夫?」
「ああ。でも、見ての通りここには何も居ないみたいだ」
「……だが霊的な力は、やはり感じない」
「だとしたら、一体何が居るっていうんだよ……」
「ん~~」
思考の袋小路に突入しようかと言うとき、奈美が何かを考えるように唸る。
「どうかしたか?」
「あのね、人の気配がするの」
「そりゃ本当か?」
「うん、あの辺から。でも誰もいないし、気のせいなのかな……」
ハルと紫音は、奈美が指差す方を見る。
人の姿は当然ない。ないのだが……。
「ハルよ、どう思う?」
「口にするのも馬鹿らしい考えだけど、一つ思いついたことがある」
「霊的な力は感じず、人の気配はするが、姿は見えない。これから導き出せる答えは」
「「透明人間」」
ハルと紫音が口を揃えて言った瞬間、ガサッと視線の先から物音が聞こえた。
「……どうやら正解みたいだな」
「ああ、俺はどうかしてた。よく見れば、ここ、足跡がくっきり残ってるしな」
埃と塵が積もった床には、人の物と思われる裸足の足跡が多数あった。
頭に血が上っていた時は気づかなかったが。
「えっと、どゆこと?」
一人話に乗り遅れた奈美が、首を傾げて尋ねる。
「つまりだ、あそこに姿の見えない人間が居て、そいつが今回の犯人って訳だ」
「じゃあそいつをとっ捕まえれば良いのね?」
「……いや、まずは話をしてみよう」
奈美の怪我の貸しは、後で一発殴ればいい。
ハルは姿の見えない相手に声を掛ける。
「俺達は便利屋ハピネスの人間だ。貴方に危害を加えるつもりはない」
まずは名乗り、相手の警戒を解くことから始める。
「もし言葉が通じるなら、話をしたい。どうか答えて欲しい」
しかし返答は無い。
「恐らく貴方は、つい最近透明人間になったばかりだろ? もしそれで困っているなら、うちには科学者や医者がいる。きっと力になれると思う」
ハルは語りかけながら、相手に近づいていく。
その時。
「痛っっ!」
前から飛んできた、コンクリートの破片がハルの額を直撃した。
思わずうずくまり、額を手で押させる。
「ハルっ!」
「大丈夫か?」
「あ、ああ、平気だよ」
駆け寄る二人に笑顔を見せるハルだが、
「血が出てるじゃないか」
皮膚の薄い額は、固い物の直撃で少し出血していた。
「大した事じゃない。女ならともかく、男の顔なら少しくらい傷ついても問題ないよ」
「そう言う問題じゃないだろ。まず傷口を…………奈美?」
「おい、奈美」
ハルと紫音の呼びかけに答えず、奈美は無言で歩み寄る。
見えない何かに向かって。
その奈美に、再びコンクリート片が投げつけられる。
が、
パシィィィィィン
右拳を軽く振るうと、コンクリートは砂糖菓子のように砕け散った。
「……マヂかよ」
「これは……不味いぞ」
「ああ、確かにやばいな」
二人が心配しているのは、奈美のことではない。
これから悲劇を迎えるであろう、見えない何者かの事だ。
次々に投げつけられる、コンクリート片を、奈美は何事もなく全て打ち砕く。
そして、辿り着いた。
拳の届く距離に。
「だ、だがどうするつもりだ。相手は姿が見えないんだぞ」
「……嫌なこと思い出した。あいつ、物凄く勘が良かったよな?」
「……透明人間の天敵だったと言う訳か」
ハルと紫音が見つめる中、
「すぅぅぅぅ、よくもハルにぃぃぃぃぃ!!!」
奈美が何もない空中に突き出した拳は、しかし確実に何かに直撃した。
ボキメキバキゴキ
「がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
何かが砕ける嫌な音と、男の絶叫が広いフロアに響き渡る。
そして、どさりと床に人が倒れる音。
決着は一瞬でついた。
「……うん、何とか生きてるみたいだ」
ハルは透明人間の身体に触れて、脈があることを確認する。
傍目には間抜けな光景だった。
「本当にそこに居るのか?」
「ああ、間違いない。取り敢えず拘束するか……何か縛る物が欲しいな」
「ふむ、少し待て」
紫音はお札を取り出すと、何事か呟く。
そして、
「この者の手は何処だ?」
「ここだけど……」
「……確認した。では…………縛!」
透明人間の両手首を合わせ、そこにお札を貼り付けた。
「これで、腕の自由は封じた。足も封じておくか?」
「いや、それは平気だけど……」
「お札って便利なのね」
感心したように呟くハルと奈美。
「別に大した術ではない。それより、これからどうするのだ?」
「完全に気絶してるみたいだし、今の内に事務所に連れて行くのが良いだろうな」
正直、ここに居るメンバーでは手に余る話だ。
事務所に戻り、千景達に相談すべきだろう。
「透明なら目立たないだろうし、俺が背負っていくか…………んっ!?」
「どうした?」
「いや……こいつ……結構重い……」
ハルは担ぎ上げようとするが、なかなか上手くいかない。
透明云々ではなく、単純に男がハルより大きいからだ。
「もう、怪我人が無理しちゃ駄目よ。いいわ、私が担いでいくから」
奈美は手探りで透明人間の首と股下に手を差し込み、
グニュゥ
「…………ん?」
奇妙な手応えを右手に感じ、動きを止めた。
「奈美、どうした?」
「えっと、何か変な物を掴んじゃったけど……これ何かな?」
「……奈美、冷静に聞いて欲しい」
全てを察したハルは、奈美を刺激しないように語りかける。
「透明人間は身体だけ透明、服とかが消える訳じゃない」
「うん、それで?」
「だから透明人間は、基本的に衣服を着れない……つまり全裸な訳だ」
「服だけ浮いてたらばれちゃうものね」
「で、だ。当然ズボンもパンツもはいてないから……お前が掴んだのは……」
「……………………」
見る見る奈美の顔色が青ざめていく。
「つまり…………男の…………アレだ」
「っっっっっっっっっっっっ!!!!」
そして、惨劇が起きた。
あまりに凄惨な事件。
偶然が重なって起きた悲劇だった。
彼の名誉のため、詳しくは語るまい。
ただ一つだけ。
事務所に運び込まれた彼に待ち受けていたのは、事情聴取でも身体検査でもなく、
「……私のキャリアで、最も難易度の高いオペになりそうです」
柚子による男の尊厳回復手術だった。
と言うわけで、正体は透明人間でした。
紫音が霊ではないと言っていたので、気づいていた人も多かったかと。
透明人間自体は、数多くの小説や漫画、映画などに登場しているので、恐らく知らない人は居ないのではないかと言うくらいに、メジャーです。
作者のイメージでは、包帯グルグル巻きの男、が一番強かったです。
ひとまず透明人間の捕獲に成功したハル達。
次は後日談的な話になります。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。