幽霊退治の筈ですが(1)
幽霊退治の為、廃墟のビルを訪れたハル・奈美・紫音。
だが、どうにも事情が違うようで……。
ハル、奈美、紫音の三人は、町外れにあるビルにやってきた。
廃墟、と呼ぶのが相応しい程の荒れ模様。
ガラスは割れ、むき出しのコンクリートにはあちこちヒビが入っている。
「ここが依頼の場所なの?」
「えっと……うん、間違いない。このビルだ」
三人は五階建てのビルを見上げる。
「……ふむ、妙だな」
「どうかしたか、紫音?」
「うむ、このビルだが……霊的な力が欠片も感じられないぞ」
思わず紫音を見るハルと奈美。
そんな筈はない。
もし紫音の言葉通りなら、この依頼はあり得ない。
「でも、実際に被害者が出てるんだぜ?」
「肝試ししていた人だっけ?」
「ああ。被害者は十人。内二人は全治一ヶ月の重傷だ」
ハルは事前に資料を思い出して答える。
「だから妙だと言ったのだ。無論、私の力で感知できないレベルの相手、と言う可能性もあるが」
「……となると、考えられるのは二つだな」
ハルは考えを纏めて告げた。
「一つは紫音の言ったとおり、幽霊は居るけど感知できないケース」
「他にあるの?」
「もう一つは、幽霊以外の何かが居て、そいつが犯人ってケースだ」
ハルの考えでは、後者の可能性が高い。
「それじゃあどうするのよ?」
「原因の究明と対処が依頼。中に入って調べるしかないな」
ハルは気合いを入れ直し、奈美と紫音を連れてビルへと入っていった。
今回ハル達が受けた依頼は、廃墟ビルの幽霊退治だ。
依頼主は地元の若者数名。
何でも肝試しをしていたら、突然机やら椅子が襲ってきたらしい。
懐中電灯を壊され、暗闇の中で数名の仲間が怪我をした。
その仕返しのため、幽霊を退治して欲しいとの事だが。
「どうして警察に行かなかったんだろうね?」
「一応不法侵入になるからな。あまり大事に出来ないんだろうよ」
「法を守らぬ者は、法によって守られない。社会の原則だな」
そんなわけで、ハピネスに依頼が舞い込んできた。
そして紫音が休みの土曜日、ハルと奈美と共にこのビルへとやってきた訳だ。
ハル達はビルの一階に入った。
放棄されてかなりの年月が過ぎているのだろう。
中は足跡がハッキリ残るほど、塵や埃が積もっていた。
肝試しなどで多数の出入りがあったのか、廊下は無数の足跡が残っていた。
「……ん、これは……」
ハルが何かに気づいたその時、背後で奈美が噎せ返る。
「げほげほ、随分ほこりっぽいわね」
「資料によると十年以上放置されてるからな。ほら、マスク」
ハルは二人にマスクを手渡す。
「ありがとう」
「助かる」
「それで紫音。何か感じるか?」
「いや、何も。少々感度を上げてみるぞ」
紫音は何やら呪文の様な言葉を呟く。
すると、それを見ていたハルの視界に変化が現れる。
「……また見えちゃったな」
「何が?」
「幽霊の皆さんだよ」
無人だったビルに、何人かの人が出現していた。
当然、それは幽霊と言うことになる。
「霊的な探知能力を増幅する術だ。ハルにも見えているようだな」
「ああ。でも、嫌な感じはしないぞ」
「うむ。彼らは浮遊霊。悪事をする力も、意思もない」
その言葉を証明する様に、幽霊達は何もせずその場に立ち尽くしている。
足がないので立ち尽くすと言って良いかは分からないが。
「だが、やはり悪霊の気配は感じないな」
「じゃあやっぱり、ハルの言うとおり他に原因があるってこと?」
「いや、まだ決めつけるのは早い。もう少し調査してみよう」
ハル達はビルの中を歩き回る。
一応紫音に結界を張って貰い、原因が幽霊だった場合に備えておく。
一階、二階、三階と上に上がっていく。
その途中で、野良猫たちと遭遇した。
雨風がしのげるこの場所は、彼らにとって絶好のすみかなのだろう。
「まさかこの子達が犯人……なわけないか」
「……二人とも、ちょっと離れててくれないか?」
「単独行動は危険だぞ?」
「そうよ。何か理由があるの?」
「何というか……あんまり見られたくないと言うか……」
困り顔のハル。
「説明してくれないか?」
「理由があるなら、私達も納得できるわ」
「ん~~~」
ハルは暫し悩み、
「実は俺、猫と会話が出来るんだ。でもそれを見られたくないんだよ」
正直に言うことにした。
だが、逆効果だったようだ。
「本当? 凄いじゃない。ねえ話してみてよ」
「私も是非見てみたい」
目をきらきらと期待に輝かせる二人。
こうなったら、何があっても離れてはくれないだろう。
ハルは諦めることにした。
「分かった。でもこれからのことは、絶対他の人に言わないでくれよ」
二人が頷いたのを確認して、ハルはそっと猫に近寄った。
「にゃにゃにゃにゃ(ねえ、ちょっと聞きたい事があるんだけど)」
「「へっ!?」」
素っ頓狂な声を挙げる二人を、取り敢えず無視する。
「にゃんにゃにゃにゃ(お兄さん猫語がわかるんだ)」
「にゃにゃにゃんにゃん?(少しだけね。ねえ、このビルに誰か住んでる?)」
「にゃんにゃん(僕達の他は居ないと思うよ。でも)」
「にゃん?(でも?)」
「にゃにゃにゃにゃ(最近、姿は見えないけど何かが居る気配がするんだ)」
「にゃにゃにゃ?(そうなんだ。それは今もする?)」
「にゃにゃにゃ(うん。一番上の階に居るみたいだよ)」
「にゃにゃにゃん(そうか、教えてくれてありがとうね)」
会話を終えたハル。
その姿を、呆然と見つめる奈美と紫音。
「あの、ねハル……」
「何も言わなくて良い。言わなくても分かってるから」
「モノマネ……だが動物の言語まで真似られるものなのか……」
「とにかく、なかなか重要な情報を掴めたぞ」
話を変えるように、わざとハルは大きな声で言った。
「どうもこのビル、何かが居るらしい。ただ、姿は見えないようだ」
「何かって何?」
「それが分かれば苦労しないって」
「姿が見えないか……やはり霊的な存在なのだろうか」
「分からない。だけどそれは今、一番上の階にいるらしい」
ビルの最上階は五階。
そこに何かが居る。
「正体不明、何が起きるか分からない。気を引き締めて行こう」
三人は頷きあうと、慎重に最上階を目指した。
そして、三人は最上階に繋がる階段の前にやってきた。
エレベーターは使用不能で、二つある階段の一つはコンクリートの破片で埋まっている。
つまり、出入りできる唯一の場所というわけだ。
「この上ね」
「被害にあった場所も、やっぱり最上階らしい」
「蛇が出るか鬼が出るか……」
三人が階段を見つめる。
その時、突然階段の上から、ハルを目掛けてカッターが飛んできた。
「なっ!」
「ハル危ないっ!!」
咄嗟に奈美がハルを突き飛ばす。
カッターは奈美をかすめて、窓の外へと落ちていく。
「痛っ! 何なのよ一体」
「すまん奈美。助かった」
「怪我はないか?」
「うん平気。この位なんて事ないわ」
問題ないと笑いかける奈美。
だが、
「……奈美、その頬……」
「ん? あ、ちょっとかすったみたいね」
奈美は頬に小さな傷を負い、僅かに血が滲んでいる。
それを見て、ハルは切れた。
「……上等じゃねえか。幽霊だか何だか知らねえが、絶対許さねえぞ!」
いきり立ったハルは、階段を駆け上り最上階へ。
一変したハルの様子に、奈美は呆然とする。
「ハル、どうしてあんなに怒ったんだろ?」
「……大切な人を傷つけられて、怒らぬ者などいないだろう」
「大切……私が?」
「ハルのあの姿が、何よりの証明だ」
「……ハル」
「だが一人では危険だ。私達も行くぞ」
紫音は惚けている奈美に声をかけ、最上階へと向かった。
遂にハルの猫語がばれました。
いや、別に話に何の影響も無いのですが……相当恥ずかしいと思いますよ。
奈美の負傷によって、恐らく初めてハルが本気で怒りました。
本人も気づかぬ内に、奈美は大切な存在になっているようです。
次はいよいよ謎の敵とご対面。
ハル達は果たして依頼を達成できるのか。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。