小話《千景の悩み》
文武両道才色兼備、完璧超人の千景。
ハピネスの要である彼女もやはり人の子。悩みはあるもので……。
柊千景。
便利屋ハピネスの女社長。
容姿端麗、頭脳明晰と完璧超人を地で行くような女性。
「所長、ここ三ヶ月ほど、経費が二割ほど増えています」
「ふむ……では事務用品の仕入れ先を変えましょう。既に業者とは交渉済みです」
「最近依頼が溜まり気味ですが」
「最優先の物から処理を。臨時の助っ人を手配しておきます」
「赤紙の依頼が来てますけど……」
「適任者は……良いでしょう、私が引き受けます」
「労働基準監督署から、監査の通知が来てます」
「パターンCにて対応を。αとβの書類は隔離しておきなさい」
「ドクターが研究室を半壊させました!」
「三日以内に修理を。費用は水増しして、ドクターに自腹を切らせなさい」
「奈美さんの成績が芳しくなく、依頼受注に支障が出てます」
「……ハル君に連絡。何とかさせなさい」
「動物関連の依頼が、ハルさんの達成能力を超える量来てるんですけど」
「柚子にドーピング薬の作成を指示します。限界まで頑張ってもらいましょう」
「紫音ちゃんの授業参観日が、全国便利屋協会の会合とバッティングしました」
「………………保留で」
と、ハピネスを実質管理しているのが、千景という女性だ。
困ったときの千景頼み。
まさにハピネスの要にして切り札的存在。
だが、そんな彼女にも悩みがあった。
それは……。
仕事を終えた夜。
千景は一人、下着姿で自宅の洗面所に立っていた。
真剣な面もちからは、決意めいた何かが伝わってくる。
「…………」
精神を集中し、そっとメジャーを胸に回す。
恐る恐る数値を確認し、
「……変化……なし」
落胆のため息をつくのだった。
つまりは、そう言うことだ。
彼女の悩みは、一向に成長しない胸のサイズだった。
「三週間のマッサージで、バストサイズアップ…………とんだデマでしたね」
あらゆる手段を試した。
マッサージや体操、怪しい器具にも手を染めた。
だがしかし、効果は無かった。
「……また次の手を考えなくては」
千景は気持ちを切り替え、入浴することにした。
「ふう、いいお湯でした」
「あがったか。では、私も入らせて貰うとしよう」
お風呂上がりの千景に、リビングでくつろいでいた紫音が声を掛けた。
「ええ。お待たせしてしまいましたか?」
「構わない。丁度興味深いテレビを見ていたからな」
「あら、災害対策の特番ですか」
「うむ。何時起きるか分からない災害への備えは、必要なものだ」
「そうですね。うちも本格的に準備しなくては……」
非常食や必需品の備蓄、避難訓練に緊急時の連絡網。
千景は脳内で計画を立て、明日にでも早速実行するかと考えを纏めた。
「千景、私のシャンプーハット知らないか?」
洗面所から紫音が姿を見せ、千景に尋ねる。
「ああ、今日消毒をしたのであっちの部屋に……紫音、せめてタオルを巻きなさい」
「む、別に構わないだろう。お前しかいないのだから」
「全く貴方は…………」
裸の紫音を見て、ふと千景は思い出す。
つい最近、同じような事があったような……。
「どうかしたのか?」
「いえ、何でもありません。持っていきますから、浴室に入ってなさい。冷えますよ」
「あ、ああ、では頼む」
浴室に引っ込む紫音。
千景はシャンプーハットを手に取りながら、ある案を思いついた。
翌日。
「……千景ちゃん、それ本気なの?」
「ええ。もはやなりふり構ってられません」
休憩時間に、千景は柚子を自室に招き、あるお願いをした。
「出来るとは思うけど……」
「何か問題でも?」
「ハッキリ言うけど、効果があるかは保証出来ないわ」
実感のこもった柚子の言葉。
ある意味経験者の発言だけに、重みを感じずには居られない。
「それでも構いません。今は僅かな可能性にも縋らずにはいられません」
「分かったわ。でもどうして急に?」
「……身近な所に、将来が約束された子がいるので」
「……頑張るわ。私にも責任あるし」
乙女の密約が交わされた。
数日後。
「その……あんまり気を落とさないで」
「気遣いは無用です。私は何も…………くすん」
柚子特製の秘薬も、千景の胸に変化を与えることは出来なかった。
「成長じゃなくて、純粋に増加させる薬を研究してみるから」
「う、うう。心の友よ……」
柚子に励まされ、千景は事務所のドアをくぐる。
するとそこには、女性事務員達と談笑する奈美の姿があった。
「あ、千景さん。こんにちは」
「随分盛り上がってますね。何の話をしてたんですか?」
「可愛いブラを売ってるお店の話です。最近また大きくなったのか、サイズが合わなくて」
ピシィ
千景のこめかみに、青筋が浮かぶ。
「奈美ちゃん成長期ですからね。これからもっと大きくなるかも」
ピシィィィ
青筋が増える。
「でも、あんまり嬉しくないです。動くのに邪魔だし」
ピシィィィィィィ
「奈美ちゃん位のサイズなら、可愛いの沢山選べるわよ」
「そう言う物ですかね?」
「ええ。それにハル君は、胸の大きな女の子がタイプって、この間言ってたわよ」
「本当ですか? よ~し、じゃあ早速豊胸のマッサージしなくちゃ♪」
ピシィィィィィ、プツン
何かが切れた。
グワシ、と千景は奈美の胸を鷲掴みにする。
「ち、千景さん……?」
「胸なんて、胸なんて、所詮は脂肪の塊なんですからぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「ご乱心! 所長がご乱心!!」」
「殿中、殿中でございます!!」
女性事務員と柚子が必死に千景を取り押さえる。
「ええい離しなさい。こうなったら是非もない、その胸貰い受ける!」
「一体どうなってるのぉぉぉ!!」
この一件は「ハピネス胸の変」として、密やかに語り継がれる事になる。
そして以降、便利屋ハピネスでは胸の話はタブーとなった。
破った者は……。
「でさ、このグラビアのEカップ女優、実はDカップらしいぜ」
「まじで? 騙されてたわ」
「加藤君、佐伯君、特別依頼です。シベリアのバイカル湖で水を汲んできなさい」
人事「移動」させられるとか。
真相を確かめる勇者は、未だに現れていない。
前回の柚子に続いて、千景も遂に被害者に……。
この小説は主役になるとろくな事になりません。
千景のサイズは……平均よりやや……結構下といった感じです。
着物を好む理由が何となく分かったような。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。