納涼百物語をしよう
九月に入っても、残暑が厳しい今日この頃。
そんな暑さを吹き飛ばす妙案があるようで……。
「第一回、怪談で暑さを吹き飛ばせ。ハピネス納涼百物語大会~!!」
「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」
夜のハピネス事務所に、雄叫びが響き渡った。
「怪談やるのに、何でテンション上げるんだよ……」
「おや、ハル君はあまり乗り気では無いようですね?」
「幽霊見てから、こういった話が身近に感じられちゃって……」
割と本気で困っていた。
事の発端は今日の昼間。
暑い夜を過ごしやすくする方法を、みんなで話している時だった。
「怪談は割と良いかもしれません。人は精神的な恐怖で体温が下がりますから」
柚子の一声が全ての始まり。
みんな話には聞いていても、実際怪談をやったことがなかった。
折角だからと、あれよという間に話が纏まり、今に至る。
「因みに、この畳は何処から?」
「倉庫にあった物を運び込みました」
「何でもあるんですね」
ハルは事務所の床に並べられた畳に座りながら、呆れ半分に呟いた。
床に敷かれた畳、火が点けられた百本の蝋燭、そして、
「……あれは何だ?」
ハルは事務所の壁に飾られた、白い紙の飾りに気づく。
「私が設置した物だ」
「紫音が?」
「百物語は少々危険が伴うからな。簡易だが結界を張らせて貰った」
そこまでされると、逆に不安になるのは何故だろう。
ともかく、準備は整ってしまった。
そして、百物語は始まった。
「最初は誰から行きます?」
「……じゃあ、私が先陣を切ろうかしらぁ」
スッと手を挙げたのはローズだった。
「ローズの怪談か……これはきつそうだな」
「えっとぉ、怖い話をすればいいのよねぇ?」
「はい。それでは、お願いします」
「では……コホン。これは、私が十年以上前に実際体験した話よぉ」
咳払いを一つ、ローズは静かに語り始めた。
~~~~~~~~
私は当時、とある軍の部隊に在籍してたの。
三十名ほどの部隊は精鋭でね、今まで数々の作戦を成功させてきたわ。
今回の任務である、敵の前線基地強襲作戦も、問題なくこなせるはずだった。
「隊長、全員配置に着きました」
「ご苦労。定刻通り、二○○○をもって、作戦を開始する」
「了解!」
私の役目は狙撃班。部隊から少し離れて、作戦開始の号令を待ったわ。
でも、それは永遠に訪れなかった。
「敵襲! 敵襲!」
「馬鹿な! 何故背後から敵が……うわぁぁぁぁぁ!!」
安全なはずの後方から、突然敵が奇襲を掛けてきてね。
必死に応戦したけど、前後を敵に挟まれた状態では勝ち目は無かった。
「隊長!!」
「タケ、お前だけでも逃げろ」
「出来ません。自分も最後まで戦い抜きます!」
「命令だ! お前はこの場を離脱して、本部に状況を連絡するんだ」
「し、しかし……」
「お前はまだ若い。この戦いの結末を見届ける義務がある。分かるな?」
「……了解しました」
私は隊長に敬礼をすると、全力で逃げたわ。
無我夢中に、なりふり構わずにね。
銃声、怒号、爆発音の中を、とにかく駆け抜けた。
自分が今どこにいるのかも、何処に向かっているのかも分からなくなって。
やがて私は、戦場から離れた川岸で意識を失ったわ。
「おい、おい、生きてるか?」
倒れた私は、運良く友軍に発見されて、救出された。
そして、全てを知ったわ。
あの奇襲は、部隊をよく思わない一部の将官が、敵に情報を漏らしたことが原因だったこと。
私の部隊は、全滅したこと。
その後、別の部隊に編入され、終戦まで生き残ったわ。
~~~~~~~~
「本当に怖いのは、人間の嫉妬だって話よぉ。どう、怖かったぁ?」
「「重いわ!! しかも怖い違いだ!!」」
綺麗に突っ込みがハモった。
「妙にリアルだから、少し感情移入しちゃったぜ」
「幽霊よりも怖いのは人間、ある意味真理かもしれませんね」
千景が妙に共感を覚えているようだが、あえて突っ込まない。
「これで私の話は終わりよぉ」
「確かに怖い話ですが……何か違う気が……」
残る蝋燭は、九十九本となった。
「で、では気を取り直して、次は誰が話しますか?」
「は~い、私話します」
元気一杯に名乗りを上げたのは奈美だった。
「……大丈夫か?」
「任せてよ」
自信満々に胸を叩く奈美に、一抹の不安を感じずにはいられない。
「じゃあ、行くわね」
奈美は静かに語り始めた。
~~~~~~~~
ある家に、赤ちゃんが産まれたの。
その家は代々お酒を造る家柄で、跡継ぎの誕生を一族揃って喜んだのよ。
夫婦だけでなくて、お爺ちゃんお婆ちゃんも、よく面倒を見てたわ。
愛情を一心に受けた赤ちゃんは、すくすく成長したの。
そんなある日、ようやく赤ちゃんが言葉を憶えてね、みんな喜んだわ。
最初に赤ちゃんが喋った言葉は、
「お・か・あ・さ・ん」
だったわ。
最初に呼んで貰えたことを、その母親は家族に自慢してたんだけど。
次の日、母親は死んだわ。
外傷は一切無く、原因不明の病死で警察は処理したの。
悲しむ家族の中、あかちゃんが再び喋ったわ。
「お・じ・い・ちゃ・ん」
そして次の日、今度は祖父が死んだの。
母親と同じく原因不明の病死。
家族は少し赤ちゃんが怖くなった。
ひょっとしたら、この子に名を呼ばれると死んでしまうんじゃないかって。
次に呼ばれたのは、旦那さんの弟、つまりおじさん。
翌朝、おじさんも死体で発見されたわ。
やはり原因不明の病死。
予感は確信に変わり、残った旦那さんとおばあさんは大層怯えたわ。
この子は死を呼ぶ子供だと。
そして次に赤ちゃんが喋ったのは、
「お・と・お・さ・ん」
旦那さんの顔は恐怖に引きつっていたわ。
でも、旦那さんは死ななかった。
やっぱりこれは偶然だったのか、と自分の母親と抱き合って安心する旦那さん。
その時、隣家に住むおばあさんがやってきて、こう言ったの。
「私のの息子が死んだ」
てね。
~~~~~~~~
「どう、怖かった?」
「確かに怖い話だけど……最後完全にブラックジョークだよな」
「千景よ、結局どういう事なのだ?」
「赤ちゃんの母親は不貞を働いており、本当の父親は隣の家の息子だったのです」
なるほど、と頷く紫音。
情操教育に良くない話だった。
「赤ちゃんのその後が気になるわねぇ」
「あ、それなら、声帯を切って喋れなくしたんですよ」
「「何故知ってる!?」」
「だって、これ私の地元であった本当の話ですから」
「……やべ、今本当に怖くなった」
他のメンバーも同様らしく、小さく身体を震わせている。
予想に反して、奈美の怪談は充分すぎる効果を発揮したのだった。
「な、なかなかの怪談でしたね。この調子で次に行きましょう」
「ふん、ようやく吾輩の出番だな」
「あれ、蒼井は服役中じゃ無かったのか?」
ミサイル事件で警察にご厄介になってるはずだが。
「恩赦が貰えたのだ。あのミサイルの技術を自衛隊に提供してな」
お勤めご苦労様です。
「では話そう。吾輩が実際に体験した、見も凍るような話を」
蒼井の怪談が始まった。
~~~~~~~~
死体洗いのバイト、は一度は耳にしたことがあるだろう。
ホルマリンプールに入った死体を、棒で沈めるあれだ。
都市伝説とか言われているが、あれは実在する。
吾輩は大学の教授から紹介され、一度だけ引き受けたことがあった。
発明には金がかかる。高額のバイトは魅力的だったからな。
「ふん、退屈な仕事だ」
作業自体は極めて単純で簡単なものだ。
幽霊など信じぬ吾輩にとって、退屈な方が苦痛だった。
数時間経ち、もうすぐ交替だと言うときに、それは起きた。
「む、交替が来たな。楽な仕事だった……ぬ、おぉぉぉぉ」
足を滑らした吾輩は、頭を強打して気を失い、ホルマリンプールに落下した。
意識を取り戻した吾輩は、慌てて浮き上がろうとする。
だが、
「あら、生きのいい死体がありますね。えい」
交替に来た奴が、吾輩を死体と間違えて、棒で水中に押し戻そうとしたのだ。
(違う、吾輩は生きてるんだ)
「死にたてでガスが溜まってるんですかね」
容赦なく棒で突かれ、吾輩はどうしようもなかった。
酸素を全て吐き出し、万事休すかと言うとき、
「あれ、でも白衣を着てる? ひょっとして生きてます?」
交替員がようやく気づいた。
薄れ行く意識の中、吾輩は地下から地上の病院に搬送され、九死に一生を得たのだ。
~~~~~~~~
「今思い出しても恐ろしい話だ」
身体を抱きしめて震える蒼井。
味わった本人にしか分からない恐怖なのだろう。
つまり、聞いていたハル達には、全く伝わらなかった。
「む、何だその顔は。怖かっただろ?」
「「……え、ええ、まあ」」
曖昧な返事をするしかない。
正直に言えば、また面倒なことになるから。
「…………」
「柚子、どうかしたか?」
「えっとですね、蒼井さん。先に謝っておきます、ごめんなさい」
突然頭を下げる柚子。
「何だいきなり。お前が謝るなど、明日は雹が降るぞ」
「蒼井さんを沈めたの、私です♪」
「お前かぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
衝撃の新事実だった。
世間は狭い、本当に。
その後も怪談は続いた。
メンバーが順々に怪談を披露し、蝋燭を減らしていく。
そして、残り十本になったとき、ある問題が起きた。
平たく言えば、ネタ切れだ。
稲川さんレベルならともかく、一般人のストックには限界がある。
どうしようかと一同が困っていると、
「そう言えば、紫音はまだ話してないよね?」
奈美が不意に気づいた。
確かに今まで紫音は聞き手に徹している。
専門家なら、かなり怖い話が期待できる筈だが。
「ねえ紫音。今まで出た話以外に、何か話を知らない?」
「多少は持ち合わせているが、あまり気がすすまん」
紫音は困ったように言う。
「え~聞かせてよ。ね、お願い」
「むぅ…………仕方ないな。あまり話は得意で無いから、期待するなよ」
「「(ワクワク、ドキドキ)」」
渋々了承する紫音に、一同は期待の眼差しを向ける。
怖い物見たさ、と言う奴なのだろう。
「では語るか……それは、そう。今日みたいに暑い日、百物語をしている者達が……」
「…………そして、最後には誰も残らなかった」
紫音は語り終えると、ふっと蝋燭を一本消した。
「ん、皆黙り込んでしまったな。やはりつまらなかったか」
無言のメンバーに、紫音は寂しそうに呟く。
だが、それは違う。
「「(ガクガク、ブルブル)」」
みんな、あまりの恐ろしさに口が利けなかったのだ。
「し、紫音……それ……作り話だよな?」
「お願い、そうだと言って。う、ううう」
「申し訳ないが、私は創作話が出来るほど器用ではないので、当然実話だ」
だめ押しされ、一同は恐怖に震える。
「ふ、ふふ、なかなか良い怪談でしたね……」
「あ、あらぁ、千景ちゃん、強がってるけど……どうして後ろを振り返らないのぉ?」
「き、気のせいじゃ無いですか? 私は別に……剛彦こそ」
「べ、別に……後ろにあれが居るなんてぇ、し、信じて無いわよぉ……」
「無理だ……この話を聞いて後ろを振り返る事など……無理だ……」
トラウマが産まれた瞬間だった。
「結局、私の話は楽しんで貰えたのだろうか」
「充分すぎる位だ……うう」
「そうか。ならば、残りの九本、私に任せて貰おうか」
「「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」」
「今回のは控えめだったからな。次は少し怖い話をするとしよう」
死刑宣告だった。
「では語ろう。あれは、今日の様に月のない夜の事…………」
「…………彼の死に顔は、恐怖で引きつっていたそうだ」
最後の蝋燭を吹き消し、百物語は終わった。
終わったのだが、
「「(…………………)」」
もはやハル達の精神は完全に、恐怖に飲み込まれていた。
「そんなに心配せずとも、幽霊は出ないぞ。対策を立てておいたからな」
ずれたフォローを入れる紫音。
しかし、それに突っ込みを入れる力は、誰にも残っていなかった。
「で、では……これにて……解散しましょう。全員、頑張って帰宅して下さい」
好奇心は猫を殺す。
二度とやるまい、と紫音以外の全員は固く心に誓ったのだった。
アパートに辿り着いた時、奈美が不意に切り出す。
「ね、ねえハル。お願いがあるんだけど……」
「何だ……?」
「今日……一緒に寝てくれないかな?」
普段なら当然断るのだが、
「し、仕方ないな。今日だけだぞ」
あっさり了承する。
正直一人で眠れる気がしなかったので、正に渡りに船。
臆病者と言う無かれ。
あの話を聞いて一人で寝れる人間なんて、存在しないはずだ。
二人はハルの部屋で、同じ布団に入る。
本来ならドキドキの展開になるはずが、欠片も邪な気持ちが沸いてこない。
身体を密着させ、恐怖に耐えながら眠ろうとしたが、
「……暑いね」
「……暑いな」
二人がくっついていれば、それは暑いに決まってる。
そもそも何のための百物語だったのだろうか。
恐怖と暑さで、二人は眠れぬ夜を過ごすのだった。
「……紫音」
「む、どうした千景?」
「トイレに行きたくありませんか?」
「私は別に……」
「行きたいですよね。なら私が着いていってあげましょう」
「………………」
紫音の怪談は、各地に被害をもたらしたのだった。
まず最初に謝ります。ごめんなさい。
全然怪談話では無かったですね。
一番怪談ぽい奈美の話は、作者がこの間実際に怪談大会で聞かされた話です。
ネットで検索すると、割と有名な話らしいですね。
笑い話の筈なのに、何故か薄気味悪さを感じる怪談でした。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。