幸せの後にも試練がつきもの
夏休み最終日。
と言えば何が起こるか……ええ、お察しの通りです。
八月三十一日。
夏休み最終日だ。
と言っても大学生であるハルの休みは、九月も続く。
今日も何時も通りハピネスで依頼を受けようとしていた時だった。
「ハ~~ル~~。助けて~~~」
ノックもせずにドアを開けて飛び込んできた奈美。
「お前な、せめてノックくらいしろよ」
「そんな場合じゃないの。大変なのよ~~」
「……何かトラブルか?」
「そう、そうなの。大変なことが起こったの」
ただならぬ奈美の様子に、ハルは話を聞く姿勢を取る。
「で、何が起こったんだ?」
「今日で夏休みが終わりなのに、宿題が全然終わってないの!!」
「…………さて、事務所に行こうかな」
「み~す~て~な~い~で~」
外に出ようとするハルの腰にしがみつき、必死に懇願する。
「あのな、どう考えても自業自得だろ」
「分かってるから。反省してるから。次からちゃんとやるから~」
「そう言う奴ほど、同じ事を繰り返すんだよ」
「うぅぅ、お願いよ~。次は絶対やるから。約束する」
涙目と上目遣いのコンボ。
流石のハルもそれには抗えず、
「はぁ~仕方ないな」
奈美の頼みを飲むことにした。
「それで、後どれくらい残ってるんだ?」
「えっと……」
数学ドリル、自由研究、工作、日記、裁縫etc……。
次々に告げられる宿題の山。
「ちょっと待て、お前どれくらい宿題やったんだよ」
「……読書感想文だけ」
そう言えばラノベ読んでましたね。
「……さて、事務所に行こうかな」
「お願い~手伝って~」
「どう考えても俺が手伝っても終わらん。諦めて怒られるんだな」
「そこを何とか」
「秋乃に写させて貰えば良いだろうよ」
「……もうとっくにお願いしたわ。でも……」
「秋乃、宿題写させ……」
『私はこの間の登校日に提出したから、手元に無いわよ』
「って。酷いよね」
「我が妹とは思えぬ抜かりなさだな」
「うう、祟ってやる」
「完全に八つ当たりだ。まあ、素直に諦めて……」
「……なら、沢山の人に手伝って貰えば良いのよね」
「おい、まさか……」
「ふ、ふふ、ふふふ、こうなったら、他力本願を極めるのみよ!」
格好悪い台詞を格好良く叫び、奈美は作戦を行動に移すのだった。
「と言うわけで、皆さんにはこれから、私の宿題を手伝って貰います!」
満面の笑顔でとんでもない事を宣言する奈美。
ハピネス一同も呆れ顔でそれを見つめるのだが、
「「依頼か……」」
正式な依頼として出された以上、反論は封じられてしまった。
「千景さん、どうしてこんな依頼受けたんです?」
「少々事情が変わりまして、この依頼は私達の為にも必要でしたから」
「それは?」
「……とにかく、依頼を受けたからには、全員全力で完遂なさい。いいですね!」
「「イエス・マム!」」
究極の他力本願、宿題の手伝いが始まった。
まずは状況分析。
果たすべき宿題を正確に把握する。
「数学のドリルが二冊。一冊百ページちょっとだから……かなりきついな」
「自由研究は三十枚以上のレポートですか」
「身近な物を使っての工作を一品提出。小学生みたいねぇ」
「日記帳。当日の天気を書かせる辺り、対策してますね」
「英語もドリルだな。こちらは一冊で百五十ページ。かなりの密度だぞ」
「これは……聖書の写本を作るだと。何日掛かると思ってるんだ」
「家庭科は料理を作って、レシピと写真、レポートを纏めて提出……」
「地理は好きな国を選んで、その国の歴史を五十枚以上のレポートに……」
その他モロモロ、とにかく凄まじい量だ。
これをあっさり終わらせた妹に、ハルは今更ながら感服する。
状況分析が終わったら、作戦立てだ。
各々得意分野を分担する。
「数学は私が引き受けましょう。出題レベルは問題ないので、後は筆記スピードだけですね」
「英語は任せてぇ。これでも結構外国語は堪能なのよぉ」
「自由研究は私に。丁度実験中のよい題材がありますので」
「ならば日記は私が担当しよう。私の宿題を写せば、さほど問題あるまい」
「工作は吾輩だな。開発中のアレを使うとしよう」
「じゃあ俺は地理かな。第二外国語のレポートで、丁度ドイツをやったとこだから」
次々に担当を決めていく。
鈴木、田中ら事務員まで総動員される。
どうにかして、全ての教科の担当が決まった。
「よし、じゃあみんな頑張って!」
「……奈美、お前は何をやるんだ?」
「…………応援?」
「「お前も働けぇぇぇ!!!」」
奈美を一喝したところで、ハピネス各員は宿題に取りかかるのだった。
翌日の午前七時。
「お……わった……」
ハルは宿題最後の一文字を書き終えると、そのまま机に突っ伏した。
実に二十時間以上にも及ぶ死闘。
それを勝ち抜いた勇者の寝顔には、安らかな笑みが浮かんでいた。
事務所の中は、正に嵐が過ぎ去った後のよう。
途中で力尽きた勇者達は、事務所の床で深い眠りについている。
夢の中でも宿題を続けているのか、時折うなされている人も居た。
「みんな……ありがとう!」
奈美は深く一礼すると、山のように積み上がった宿題を手に、学校へと向かった。
「おはよう、秋乃♪」
「お、おはよう……随分ご機嫌ね」
「えへへ、だってほら、宿題全部やってきたからね」
「あれから全部やったの?」
「えっへん。やれば出来る子なのよ」
今ここにハル達が居たら、全力で突っ込みを入れただろう。
だが残念ながら彼らは夢の中。
世の不条理がかいま見える瞬間だった。
「……ハピネスの皆さん、お疲れさまです」
顔も知らぬ犠牲者達に秋乃は本気で同情した。
数日後。
「それで、結局駄目だったのか?」
『うん。他の人にやって貰ったのがばれたの』
「まあそりゃそうだな。筆跡とかバラバラだし」
『そうじゃ無いの。ばれたのは、自由研究と工作が原因よ』
「????」
『提出した内容があまりに専門的で、しかも革新的な技術だったらしくて……』
「まさか……」
『色んな研究所とかから、是非うちで働いてくれってスカウトが押し寄せちゃって』
「担当は柚子と蒼井か。有り得る話だな」
『それで他の人がやったってばれちゃったの』
「……じゃあ、奈美は?」
『一応他の宿題はやったって事で、罰は軽減されて構内清掃一ヶ月で済んだわ』
「自業自得だな。ん、軽減されてって、元々の罰は何だったんだ?」
『……強制的に入寮させられて、補習漬けの毎日』
それを聞いて、ハルは納得した。
何故奈美があれほど、必死だったのか。
何故千景が奈美の依頼を受けたのか。
「今の生活を守るため、か」
『奈美にとって、今の生活は本当に大切な宝物みたいね』
「……次からはちゃんと自力でやらせるよ。宝物なら、尚更自分で守らなきゃな」
『……お兄ちゃんにとってもね』
「ん、何か言ったか?」
『別に何も。それじゃあ、またね』
通話を終えたハルは、近所のスーパーに行くことにする。
きっとお腹を空かせて来る奈美に、少し良い晩ご飯をご馳走するために。
長い夏休みが終わり、季節は秋に移っていく。
冷静に考えると、夏休みの宿題が一番きつかったのは、小学校の頃だった気がします。あの量は異常だったな~と。
夏休みも終わり、いよいよ暦の上では秋に突入。
そろそろ現実の時間軸に追いついて参りました。
一応、一年でこの話の区切りをつけようと考えています。
そろそろペースアップしないと、と気合いを入れ直し頑張ります。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。