夏祭りに行こう
夏休みの定番イベントと言えば夏祭り。
ハピネスは全員で遊びに行くことに……。
夏と言えば、夏祭り。
奈美の大プッシュと、一度も行ったことの無い紫音の希望もあり、
「では、みんなで行きましょうか。夜なら仕事も片づいてますし」
ハピネスメンバーは、揃って夏祭りに参加する事になった。
「うわ~凄い賑わってるわね」
「芍薬商店街が力を入れている祭りですから。外からのお客さんも多いらしいです」
「そう言えばぁ、参加した事無かったわぁ。ハルちゃんは?」
「実は毎年参加してる。秋乃に連れられてな」
浴衣に着替えた一行は、ゆっくりと歩みを進める。
「なあハル。あれは何だ?」
「ん、ああ。金魚すくいだよ。紙で出来たぽいで、金魚をすくんだ」
「すくった金魚を貰えるんですよ」
ハルと柚子の説明に、紫音は興味深そうに頷く。
「気になるならやってみたら?」
「うむ、出来ればそうしたいが……」
チラリと視線を千景に向ける。
「……世話をちゃんとするなら、構いませんよ」
「する、ちゃんとする」
必死に頷く紫音。
その様子は、どうみても年相応の女の子にしか見えなかった。
一行は金魚すくいの屋台へ。
「いらっしゃい。ぽい一個百円だよ」
屋台の親父に代金を渡して、紫音はぽいを受け取る。
水槽の前にしゃがみ込み、
ジャボン
思い切りぽいを水中に突っ込んだ。
「………………」
当然紙で出来ているぽいが、それに耐えられる筈無く、
「…………破けた」
一匹の金魚も掬うことなく、ぽいは役目を終えた。
寂しそうな表情を浮かべ、ぽいを見つめる紫音。
何とも言えない空気が漂う。
「あ~、何だ、初めてなら仕方ないさ」
「そ、そうよ。誰だって最初から出来ないわ」
必死に励ますハルと奈美だったが、
「は~楽勝過ぎてつまんね~ぜ。おい親父、これいらないから返すわ」
その横で数十匹掬った茶髪の男が、嫌みな態度で椀を親父に突き返す。
「全く、これが出来ない奴なんて居ないよな~」
馬鹿にしたように紫音を見下ろし、その場を立ち去る。
紫音は何も言わない。
だが、手の持ったぽいの震えで、心中を察するに充分だった。
「……剛彦」
「私ちょっとトイレに行って来るわぁ」
千景と目配せして、すっとその場から離れるローズ。
紫音以外の全員が、小さく頷いてローズを見送った。
あっちはローズに任せておけば大丈夫だろう。
後は傷つけられた紫音のプライドだ。
「……紫音、俺が手本を見せよう」
ハルは代金を渡してぽいを受け取り、紫音の横にしゃがみ込む。
「水に極力漬けない、金魚は頭から掬う、これがポイントだ」
「なるほど……」
「後はねらい目だ。水面にいてなるべく動かない奴が掬い易い」
ハルはなめらかな動きでぽいを操り、金魚を掬い上げる。
その様子をじっと見つめる紫音。
「……もう一度、挑戦するか?」
「うん、やる」
紫音の目に強い光が宿った。
慎重に狙いを定め、受け取ったぽいをハルのように扱う。
一匹の金魚が乗っかった。
だが、ぽいが耐えきれずに今にも破けそうになる。
「くっ……」
「手首で弾け!」
咄嗟に紫音は手首のスナップを利かせ、金魚を椀に飛ばす。
ぽいが破けると同時に、紫音の椀に一匹の金魚が飛び込んだ。
「「おぉぉぉぉぉぉ!!!」」
その光景に、ハル達だけでなく周囲の見物客からも歓声があがる。
「す、掬えた……掬えたよな?」
「ああ。見事だったよ」
紫音は安堵した表情で、椀の中を泳ぐ金魚を見つめる。
先程のやり取りを見ていた人達から、自然と拍手がわき起こった。
「おめでとう、お嬢ちゃん」
「あ、ありがとう」
親父が金魚をビニール袋に入れ、紫音に手渡す。
愛おしげにそれを受け取る様子に、ハル達も思わず笑顔になる。
「……どうやら、問題解決したみたいねぇ」
「ご苦労でしたね」
「ちょっとお灸を据えてきたからぁ、もう大丈夫だと思うわよぉ」
「最近、マナーを知らない若者が増えて困りますね」
「全くだわぁ。お祭りはみんなが楽しむ場所なのにねぇ」
紫音初の金魚すくいは、色々な人に支えられて無事に終わった。
続いて一行が立ち寄ったのは、型抜き屋台。
お菓子を上手にくり抜けば、景品が貰える遊び。
全員が挑戦したのだが。
「あ~割れた~」
開始数秒で奈美がリタイア。
「む、割れてしまった」
慎重に進めていた紫音も、曲線部で失敗。
「ぬぅぅぅ、まさか吾輩が……」
後僅かの所で、蒼井が痛恨のミス。
続々脱落するメンバーだが、
「っと、これでクリアだな」
ハルが簡単な型抜きを成功させる。
「私もです。職業柄、手先は器用なんですよ」
柚子も続く。
「よ~し、私も終わったわぁ」
ローズが中級レベルの型抜きを、見事完遂した。
残るは千景だが、
「あれ、まだ始めてないんですか?」
何故か手をつけていない。
「みんな終わりましたね。では……」
千景は爪楊枝をお菓子に突き刺し、ピンと指で弾く。
パリィィィン
乾いた音を立てて、お菓子は崩れ、後には完璧にくり抜かれた型が残った。
「「んなアホなぁぁ!」」
「まあ、コツさえ掴めばこんなものです」
呆然とする店主から景品を受け取り、千景は優雅な笑みを浮かべる。
「多分一生かかっても、それは掴めないです」
ハルの言葉に、その場にいた全員が頷くのだった。
次の屋台はくじ屋だ。
無数のひもの中から一本を選んで引き、先端に結ばれていた商品を貰える遊びだ。
上位の商品は、ゲーム機などかなり良い物が揃っているのだが。
「……当たらないんだよな、これ」
「まあねぇ。それが分かってる大人はぁ、誰も手を出さないものぉ」
「何故だ。くじなら運次第では無いのか?」
「大人の事情と言うものです。大多数の子供は、これで世間の厳しさを学ぶのです」
ハルも子供頃は純粋に信じていものだ。
今思えば、あの時両親が苦笑していたのは、全てを知っていたからだろう。
ここはスルーしようとしたのだが、
「あの~私やってみても良いですか?」
柚子が申し訳なさそうに手を挙げる。
「実は私、一度もやったこと無いんです」
「まあ、物は試し。話のネタに一度くらいは良いんじゃないか」
ハルの言葉に頷き、柚子は代金を払ってひもを一本選ぶ。
そして、
「「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」
ハル達と店主が同時に驚きの声を挙げた。
柚子が見事、一等の最新ゲーム機を引き当てていた。
「これ、一等ですよね。やりました♪」
「ば、馬鹿な。それはひもに繋がって無いはず……」
それは言わないお約束でしょうに。
「えへへ、得しちゃいました」
「……強運にも程があるだろう」
「豪運、ここに極まれりねぇ」
そんなハル達のやり取りを余所に、景品を受け取る柚子。
店主の親父は思い切り凹んでいるが、そんな悲観する事はない。
何せ、今のやり取りを見ていた子供達が、目を輝かせて待っているのだから。
「まさにサクラだな。この女、悪事の片棒を担いだぞ」
「こうやって、子供は学ぶんです。お金の尊さをね」
大勢の子供で賑わうクジ屋を、ハル達はすごすごと立ち去った。
食べ物屋台を数軒巡り、訪れたのは射的の屋台だ。
コルクを飛ばし、並んだ景品を棚から落としたら、それを獲得出来る。
景品は多種多様で、ゲーム機やぬいぐるみから小物まで並んでいた。
多くの客で賑わう屋台に、鬼が一人現れる。
「「おぉぉぉぉ」」
一つ、また一つと景品が落とされ、その度にギャラリーから歓声が沸く。
正確無比な射撃を披露するのは、「完璧な兵士」ことローズだった。
「す、凄いな。何かコツとかあるのか?」
「そうねぇ。銃の癖を掴む事とぉ、景品の重心を正確に打ち抜く事かしらぁ」
「なるほど。参考になる」
なるわけがない。
ローズだからこその技だ。
ハル達も適当に楽しんでいると、
「って、っと、やっ、ああ、もう、全然駄目だわ」
「随分苦戦してるけど、何狙ってるんだ?」
「べ、別に何も」
奈美はハルの問いかけに、口笛を吹いて誤魔化す。
今日日子供でもやらないだろうに。
「……あのぬいぐるみか」
奈美が集中的に狙っていたのは、大きな熊のぬいぐるみ。
目玉商品の部類で、あれを落とすのはかなり難しい。
さっきから命中してはいるのだが、僅かにぐらつくだけで落ちる気配は全くない。
「ふむ……」
ハルは暫し考える。
アレを一人で落とすのは厳しい。ならば、協力者が必要だ。
「千景さん、ローズ、ちょっと手伝って貰って良いですか?」
「あらぁ、何かしらぁ?」
「実は……ごにょごにょ」
ハルは二人に頼み事を伝える。
「へぇ、面白いじゃない。私は構わないわよぉ」
「私も問題ありませんが、そんなにあれが欲しいんですか?」
「俺と言うよりも、奈美がさっきから狙ってまして」
「あらあら、それは余計気合い入っちゃうわねぇ」
「分かりました。ただ、ハル君は射的得意ですか?」
「……目の前に、絶好のお手本がいますので」
千景は納得の表情を見せる。
猛者達の協力を得て、ハルは巨大ぬいぐるみに挑む。
三人が一列に並び、照準を合わせる。
「じゃあ行きますよ。三、二、一……」
ポンッ
三つのコルクが、同時に放たれた。
一本の矢より三本の矢、と昔の偉い人が言っていた通り、三つのコルクは強力だった。
不動と思われたぬいぐるみが、大きくぐらつき、そして。
「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」
今日一番の歓声と共に、見事棚から落とされた。
「うん、いい感じだったわよぉ」
「よい仕事でした」
「二人とも、ありがとうございます」
ハルは二人に礼を言い、店主からぬいぐるみを受け取る。
そしてそれを、ポカンとしている奈美に手渡す。
「ほい、やるよ」
「べ、別にいらないわ……」
「そうか。奈美にプレゼントしたかったけど、いらないなら仕方ないか……」
「でも……どうしてもって言うなら、貰ってあげても良いわよ」
「……じゃあ、どうしても」
ハルが優しく微笑むと、奈美は真っ赤な顔を隠すように、ぬいぐるみを抱きしめた。
嬉しさを隠しきれずに、笑みがこぼれる。
そのやり取りに、周囲はさっきまでと違う意味でざわつく。
「あれ、天然かしらぁ」
「だとしたら、天性のジゴロですね」
「奈美が嬉しそうで何よりだ」
「……落ちましたかね」
「まだ土俵際だな。だが、かなり押し込んだと見えるな」
好き勝手言うハピネスメンバー。
だが、奈美の笑顔と引き替えなら安いもの、とハルは本気で思っていた。
祭りの締めは、やっぱり花火。
夜空を彩る火の華に、参加者達は目と心を奪われる。
日本人で良かったと思える瞬間だ。
「はぁ~これは見事だな」
「やっぱり花火は打ち上げに限るわねぇ」
「……あれ、蒼井は?」
「打ち上げに参加してます。ドクターも自家製花火を提供しているので」
「役に立つこともあるんですね」
蒼井が柚子に認められる日は、果たして来るのだろうか。
色とりどりの花火を眺めていると、
「……あの、ハル」
隣に立つ奈美が不意に声を掛けてきた。
「どうかしたか?」
「あのね……その……ありがとうね」
一瞬考え、それがぬいぐるみの礼だと気づく。
「別に良いよ。俺がプレゼントしたかっただけだから」
「でもやっぱり、ありがとう」
「まあ、気に入って貰えたら俺も嬉しいよ」
「勿論。私これ、家宝にするわ」
由来を聞かれたら恥ずかしいので、それは止めて欲しい。
「それでね、何かお礼をしたいんだけど……」
「気にしなくて良いって」
「私の気が済まないの。何かして欲しい事ってない?」
「……頑張って勉強して欲しいかな」
「むぅぅぅぅ、それ以外で」
「……なら、ずっと元気で、笑顔で居て欲しいかな」
「えっ!?」
「お前が笑ってると、俺も楽しい気持ちになるから。ずっと笑顔を見せて欲しい」
「そ、それって……」
何故か奈美は困惑した表情。
おかしな事を言ったつもりがないハルも、つられて困惑する。
「ずっと、って事は……つまり……」
奈美が言葉を続けようとした瞬間、
ドォォォォォン、バァァァァァン、ドカァァァァン
明らかに花火とは違う爆音が、夜空に響いた。
「な、何だ!?」
異変に気づいたのか、周囲の観客達もざわつく。
「……剛彦、これは」
「戦場で良く聞いた音だわぁ」
と言うことは。
ポンポンパンポーンと、アナウンスが流れる。
『ご来場のお客様に、お知らせ致します。
只今、花火に混じっていた対空ミサイルを打ち上げてしまいました。
幸い、被害はありませんでしたので、ご安心下さい。
下手人は運営委員会が、既に捕縛しております。
引き続き、夜空を彩る花火をお楽しみ下さいませ』
アナウンスが終わる。
観客達は沈黙の後、
「「楽しめるかぁぁぁぁぁ!!!」」
再び夜空に上がった花火に、一斉に突っ込みを入れるのだった。
夏祭りは、最後に大波乱を起こして終わった。
因みに蒼井は、人知れずパトカーで連行されて行く。
「誤射だ! ちょっと間違っただけだぁぁ!」
「ミサイルを所持している時点で、アウトですから!!」
美園さん、お疲れさまです。
夏祭りって楽しいですよね。
建ち並ぶ屋台を見るだけで心が騒ぐのは、やはり日本人の血でしょうか。
今回は久しぶりにハルが活躍しました。
子供の頃から秋乃に、あれこれせがまれた事が功を奏した形です。
ハルと奈美の関係は、少しずつ変わりつつあります。
敵対→知人→友達→信頼→?。
どの様な結末を迎えるのか、お楽しみに。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。