小話《二つ名持ってます?》
今日も平和なハピネス。
そんな中、奈美がまたもや妙な事を言い始め……。
八月下旬。
夏休みも残り少なくなったある日。
事務所にやってきた奈美は、何やら難しい顔で考え事をしていた。
「何か困り事か?」
「あ、ハル。ちょっと気になる事があって」
「へえ、一体なんだよ」
「あのね、ハルは二つ名って持ってる?」
実に下らない事だった。
事の発端は数日前。
読書感想文の為、奈美はライトノベルを購入した。
何度も挫けそうになりながら、何とか読破したのだが。
「登場人物がね、みんな二つ名を持ってるのよ」
「……まあそう言うものだからな。てか読書感想文にラノベって……」
「でね、気になったの。みんな二つ名って持ってる物なのかな~って」
「普通は無いと思う。あれはあくまでフィクションだから」
ここで話は終わる筈だった。
だが、
「でも、二つ名って格好いいわよね。欲しくない?」
奈美は予想以上に、ラノベにはまったらしい。
あまり良くない兆候だ。
「いや、俺は別に……」
「あらあらぁ、今日も元気ねぇ。何の話をしてるのかしらぁ」
「あ、ローズさん。実は――」
話に加わったローズに、奈美はいきさつを説明する。
聞き終えると、なるほどねとローズは頷く。
「二つ名ねぇ。昔の事だけどぉ、私も持ってたわよぉ」
「本当ですか!?」
嬉しそうに食い付く奈美。
「ええ。確かぁ……『完璧な兵士』て呼ばれてたわぁ」
「由来が聞きたくない……てか、それ二つ名じゃない気が」
「……格好いい」
げんなりするハルだが、奈美はうっとりした表情を浮かべる。
完璧にそっちの方向に染まりつつあった。
「良いな~私も欲しいな~」
「正気か?」
「別に勝手に名乗っても良いんじゃない?」
「んな無責任な!」
「自分でつけた二つ名がぁ、後で世に広まる何て事、良くある話よぉ」
「成る程。無ければ作ればいい。確かにその通りですね♪」
奈美の暴走が始まった。
話をしている間にやってきたメンバーを捕まえ、二つ名命名式が開催される。
「当然、最初はボスの千景さんよね」
「二つ名ですか……昔、勝手に呼ばれた名がありますけど」
「嫌な予感しかしませんが……因みにそれは?」
「『死刑宣告者』です。ただ私は認めてませんし、呼ばれたくありませんけど」
聞かなきゃ良かったと、心底後悔した。
「じゃあ、千景さんの新たな二つ名を付けちゃいましょう♪」
ノリノリの奈美。
こうなったら手がつけられない。
「千景さんのイメージにピッタリなのを、一人一個ずつ上げていきましょう」
一同は暫し考え、順に答えていく。
「万能超人、とか?」
「氷の女かしらぁ」
「鉄面皮」
「知将とかどうでしょう……」
「金の亡者だろう。これ以外にありえん」
「……みんなが私をどう思っているのか、よ~く分かりました」
額に怒りマークをつけた千景に、一同は震え上がった。
「それじゃあ次は、ローズさんの二つ名を」
「……筋骨隆々かな」
「威風堂々でしょうか」
「質実剛健が適当だろう」
「金剛力と言うのは」
「筋肉ダルマで決まりだ」
「……少し、身体を絞ることにするわぁ」
可愛らしさの欠片もない二つ名に、ローズは少し意気消沈する。
「お次は柚子さんですね」
「柚子は二つ名を持ってますよ。確か……」
「『神の手』だったわねぇ」
医者としては文句ない二つ名だろう。
しかし奈美は納得せず、新たな二つ名を考えさせる。
「……小さい天使とか」
「小さな名医なんて良いかと」
「ちっちゃなお医者さんはどうかしらぁ」
「山椒は小粒でぴりりと辛い、はどうだ」
「年齢詐称女、これで決まりだ」
「……牛乳飲んでるもん」
柚子が拗ねた。
「この調子で、紫音に行きましょう」
「……霊感少女かな」
「未完の大器、少し叔母馬鹿でしょうか」
「子供霊能者とかぁ」
「地獄少女は如何でしょう」
「電波女だ」
「……これは何かの罰ゲームなのだろうか」
お気に召さなかったらしく、少し不満げな顔を見せる紫音。
まあ、気に入ったらそれはそれで大変だが。
「いい感じです。では蒼井のを」
「……マッドサイエンティスト」
「頭でっかち」
「頭脳の無駄遣いかしらぁ」
「奇人変人博士」
「頭脳明晰な粗大ゴミ」
「…………ぐすん」
意外に打たれ弱かった。
「さあラストスパートです。ハルの二つ名に行きましょう」
「凡人と奇人の狭間で」
「技術の模倣からぁ」
「模倣物語」
「模倣の器はどうでしょう」
「モノマネ大百科」
「……なんか、本のタイトルみたいになってないか?」
趣旨が完全に変わってきていた。
「ではいよいよラスト。私の二つ名をお願いします」
「「脳筋!!」」
心は一つだった。
「ぐっ、何か格好悪い。ほ、他のは何か……」
「「トラブルメイカー!!」」
見事なシンクロだ。
だがしかし、奈美は何処か嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「……うん、ちょっと格好いい。よ~し、今日から私はトラブルメーカー奈美よ!」
「じ、自称しやがった」
「完全に自覚が無いみたいですね」
「そもそもぉ、トラブルメーカーが分かってないんじゃないかしらぁ」
「横文字だから格好良いと思ったのだろう」
「奈美さん……」
「ここまで割り切られると、流石に突っ込めんぞ」
呆れた顔で見つめる一同を余所に、奈美は幸せ一杯の笑顔。
こうして、自他共に認めるトラブルメーカーが誕生した。
その後、奈美は所員全員に二つ名を付けてまわった。
「経理の達人、鈴木」
「電話番の鬼、田中」
「書類整理の匠、佐藤」
「神速のブラインドタッチ、高橋」
「実は一番年上、渡辺」
絶対に外で呼ばれたくない二つ名を付けられた所員達。
この騒動は、奈美の熱が冷めるまで続くことになるのだった。
「……自分、特徴無いんでしょうか」
後日、渡辺を励ます会が開かれたことは、言うまでもない。
何とも酷い話になってしまいました。
ちょっとした出来心だったんです……。
この間幻想殺しの小説を少し読んでしまったもので……。世界観って大切だなと改めて実感致しました。
日常話を交えながら、本筋も進めて参ります。
次回もお付き合い頂ければ幸いです。