海外に行こう5《昔話は手短に》
食事の席で、奈美に妻菜月との馴れ初めを聞かれた冬麻。
子供であるハル・秋乃すら聞いたことのない、その出会いとは。
御堂冬麻は困っていた。
理由は簡単、道に迷ったからだ。
周囲を生い茂る木々に囲まれ、冬麻は完全に迷子になった。
「軽い散歩のつもりだったが……」
趣味の山歩きを楽しんで居たのだが、少々トラブルがあった。
崖から落ちそうな動物を助け、代わりに自分が落ちた。
怪我一つ無かったが、自分の居場所が分からなくなってしまったのだ。
「まあ、適当に歩けば何とかなるだろう」
特に時間に追われている訳でもない。
冬麻は気持ちを切り替え、この状況を楽しむことにした。
山中を歩くこと数時間。
前方に一件の日本家屋が見えた。
「こんな場所に人が居るのか……」
人が居るなら道を聞けるかも知れない。
冬麻はそう思い、家へと向かった。
「ごめん下さい、どなたかいらっしゃいませんか?」
インターフォンが無いため、ドアを叩いて人を呼ぶ。
数度繰り返した後、
「……何用じゃ」
がらがらとドアが僅かに開かれ、着物を着た老人が姿を見せた。
「突然失礼しました。実は道に迷ってしまいまして」
「こんな山奥でか?」
不信感を露わにする老人。
それも当然と、冬麻は事情を説明した。
「――と言うわけでして、宜しければ道を教えて頂けないでしょうか」
「……ここより北に一刻ほど歩けば、街に出られる」
老人はそっとある方向を指差す。
どうやらあまり歓迎されていないようだ。
「ありがとうございました。それでは私はこれで」
それでも道を教えてくれたことは素直に感謝。
冬麻が礼をして立ち去ろうとすると、
「あら~お客様?」
横から間延びした女の子の声が聞こえた。
視線を声の方に向けると、そこには着物姿の少女が立っていた。
栗色のロングヘアーにくりっとした瞳。
日本人形の美しい顔に、柔らかな笑顔を浮かべている。
一目見た瞬間、冬麻の心は彼女に奪われた。
「夏紀! 外に出てはいかんと言ったじゃろうが!」
「良いじゃないの~。お客様なんて本当に久しぶりだし~」
「……君は?」
「初めまして~。私は夏紀と言います。貴方は?」
「御堂冬麻です。あの、もし良ければ……結婚してくれませんか?」
「喜んで♪」
夏紀は満面の笑みで、冬麻の求婚を受け入れた。
二人は互いに歩み寄り、抱擁を交わす。
「いかん、いかんぞ! そんなもの許されん! お前はここに居なくてはならん!」
「……何か事情が?」
「し~らない♪」
「お前が外に出れば、必ず災いが起こる。それが分からんのか!」
「し~らない♪」
「普通の人と違うお前は、幸せなど望んではならんのだ!」
事情はよく分からない。
きっと深い訳があるのだろう。
だが、今の老人の言葉にはカチンと来た。
「……おい、じいさん」
冬麻は夏紀と老人の間に立ちはだかる。
「どんな事情があるか知らないが、幸せになっちゃいけない人なんて存在しないんだよ」
「冬麻さん♪」
「黙れ小僧。お前は夏紀の力を知らんから、そんな戯れ言が言えるのじゃ」
「問答は無駄か。なら、実力行使させて貰うぜ」
冬麻は夏紀をヒョイッと抱き上げる。
このまま夏紀を連れ出そうとするのだが、
「…………なんだこりゃ?」
家の敷地から出ようとした瞬間、見えない壁に阻まれた。
「ふん、無駄じゃ。この家には結界が張ってあるからのぅ」
「結界?」
「夏紀の力を封じるためのものじゃ。外に逃がさぬ効果もある」
「まるで鳥籠だな」
「だよね~。このせいで私、今まで一歩も外に出れないの~」
冬麻の腕の中で、不満そうに頬を膨らませる夏紀。
彼女にとって、これはまさしく檻なのだろう。
「無駄と知ったか? なら夏紀を置いて早々に立ち去れ」
「籠か……なら、ぶっ壊せば良いだけだ!」
冬麻は全身全霊の力を込めて、右拳を見えない壁に打ち付けた。
ガラスが割れるような音を立てて、それは砕け散る。
「ば、馬鹿な……」
「冬麻さんすご~い♪」
「愛の力だ。それじゃあ、夏紀は連れて行くからな」
冬麻は何やら叫ぶ老人を無視し、そのまま北へ走り抜けた。
果たして老人の言葉通り、二人は街へとたどり着いた。
「少々強引だったが、構わないよな?」
「ええ。ありがとう冬麻さん♪」
「じゃあ早速だが、家に案内するよ。小さな家だがね」
「うん♪」
公衆電話でタクシーを呼び、冬麻の家に向かった。
そして二人は一緒に暮らすことになった。
数日後。
「問題は戸籍か……少々裏技を使うしかないな」
結婚するため、冬麻は持ちうるあらゆる手段を使った。
信頼できる職人に、戸籍を偽造させる。
「冬麻さんの頼みなら喜んで」
「すまんな。名前は夏紀……いや、菜月だ」
この瞬間、彼女は別人として生まれ変わる。
漢字を変えたのは、冬麻なりに過去との決別を意味していた。
全ての問題をクリアし、二人は正式に夫婦になった。
まるっと一話、冬麻の昔話で終わってしまいました。
反省してます。
長かった旅行編も、次で終わります。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。