海外に行こう3《久方ぶりの再会》
両親と再会するハル・秋乃兄妹と奈美。
果たしてどの様な展開が待っているのか……。
待ち合わせ場所の、ホテルのラウンジ。
ハル達は約束の時間少し前に、そこに辿り着いた。
ぐるりとラウンジを見回すと、見覚えのある二人の姿が見える。
午後のティータイムを楽しむ、大柄な男性と小柄な女性。
冬麻と菜月だった。
「親父、母さん」
ハルが呼びかけると、二人は同時に振り返る。
そして、
「秋乃ぉぉぉぉぉぉ!!!」
冬麻は一直線に秋乃へと駆け寄った。
そのままハグに移行しようとして、
「ふぅ……てりゃ!」
鮮やかに投げ飛ばされた。
床に叩き付けられた冬麻の背中から、ちょっと不味い音が聞こえる。
嫌な沈黙がラウンジに漂うが、ケロリとした様子で立ち上がる冬麻。
「はっはっは、見事な投げだ。流石はマイスイートエンジェル秋乃だな」
「お父さん、公衆の面前です。少し落ち着いて下さい」
「いや~すまん。つい父さん興奮しちゃったようだ」
「……は、ハル?」
「何時も通りだ。残念ながらな」
戸惑う奈美にハルは頭を抑えながら答えた。
この溺愛ぶりは、もう病気の域だと思う。
「もう~駄目だよパパ。秋乃ちゃんのお友達、ビックリしてるじゃない」
「おっと、そうだった。今回はお客人がいるんだったな」
菜月の言葉に我を取り戻した冬麻は、呆然としている奈美に向き直る。
「お嬢さん初めまして。私は御堂冬麻。秋乃とハルの父です」
礼儀正しく一礼をする冬麻。
長身で体格が良いため、スーツを着ている姿は様になっている。
「こ、こちらこそ初めまして。早瀬奈美と申します」
慌てて自己紹介をする奈美。
普段からは想像できない動揺っぷりだった。
「そして、こっちが私の妻の……」
「は~い。初めまして、私は御堂菜月で~す。よろしくね♪」
「こちらこそ…………って、え?」
菜月の姿を確認して、奈美は思いっきり予想通りの反応を見せた。
「……お母……さん?」
「そうだよ~。二児の母で人妻♪」
妖艶さの欠片も無いが。
「奈美、お前の気持ちは痛いほど分かるが……残念ながら事実だ」
「理解しなくても良いから、納得して」
子供達は何とも言えない表情で奈美を諭す。
初顔合わせは、奈美の完敗に終わった。
一行はラウンジのテーブル席に着き、適当な飲み物を注文する。
『まずビールと……』
「昼間っから酒飲むのか」
「ここでは水みたいなものだ。それで、君達は何にする?」
「私はアールグレイで。奈美は?」
「メニューが読めない……。じゃ、じゃあ私もR・GLAYで」
宇宙人かバンドグループみたいですね。
「俺はコーヒー」
「私はね~、ココアが良いな~♪」
冬麻から全員のオーダーを聞くと、ウエイターが一礼をして下がる。
これでようやく一息つけた。
「それにしても、秋乃に奈美さん、よく来てくれたね」
「……おいこら」
「長旅大変だったろう」
「まてこら親父」
「今夜は一流のレストランを予約してあるから、期待して欲しい」
「話を聞けぇぇぇぇ!!」
思わず叫ぶハル。
周囲の客が何事かと視線を向けるが、どうせ言葉が伝わらないので無視する。
「久方ぶりにあった息子に、随分な挨拶だな?」
「…………」
「何だよ?」
「……えっと…………おお、ハル。勿論憶えているぞ」
「そのレベルからかぁぁぁぁ!!」
再び絶叫。
「も~駄目だよパパ。あんまりハルちゃんをいじめちゃ」
「ははは、違うよママ。これは親子のスキンシップさ。なあ、ハル?」
「……貴方誰ですか? 秋乃は知ってるか?」
「さあ。私も知らない人です」
「のぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
秋乃の会心の一撃に、涙を流し絶叫する冬麻。
少し気が晴れた。
運ばれてきた飲み物を飲みながら、たわいない会話を交わす。
秋乃と奈美の学校生活。
ハルと奈美のバイト生活。
近況報告を兼ねた話を、冬麻と菜月は楽しそうに聞いていた。
「みんな元気に暮らしてるんだね。お母さんホッとしたよ~」
「うむ。上手くやっているようで何よりだ」
「ところで、そっちはどうなんだよ」
「ふっ、お前に心配される程、落ちぶれてはいない」
「仲良しさんだよね~」
いちゃつく二人には、心配など無用だった。
「相変わらず、お父さんとお母さんは仲良いね」
「ああ、昼夜問わずな」
「えへへ~。ひょっとしたら、二人に弟か妹が出来るかも~♪」
「……自重して下さい。悪い事じゃ無いけど」
本当にお願いします。
その後も談笑を続ける一同。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
気が付けば、そろそろ夕食の時間となっていた。
「あらあら、もうこんな時間なの~?」
「今ここを出れば、予約の時間に丁度と言った所だな」
時計も見ずに答える冬麻。
きっと体内時計とか言い出すので、あえて突っ込まない。
「さっき言ってたレストラン?」
「うむ。何かの本で三つ星を貰った店だ。店主とは少々付き合いがあってな」
「美味しいのよ~。みんな期待してね♪」
菜月の言葉に奈美の顔が輝く。
そう言えば、ドイツに着いてから殆ど何も食べていなかった。
飢えているのだろう。
「では早速行きましょうよ」
秋乃の言葉に、それぞれが頷き席を立つ。
そんな中、
「ああ、済まないが俺は一服してから行くから、先に行っていてくれ」
冬麻が煙草を見せて謝る仕草を見せる。
他の面々が非喫煙者だったので、控えていたらしい。
一同はそれを理解して、菜月の先導で店に向かうことにした。
筈だったのだが。
「……何故?」
「おいおい、一人きりなんて寂しすぎるじゃないか。少しは付き合え」
強引にハルは、ホテルの喫煙室に連行されてしまった。
当然抵抗したのだが、勝てるはずも無い。
間接を完全に決められた状態で、ハルは喫煙室へと入る。
そこは煙が充満した視界ゼロの世界、では無かった。
換気がされていて、他に利用者が居ない喫煙室は、臭い以外は普通の部屋と変わらない。
「はあ、良かった」
「煙草は吸わんのか?」
「まあね。てか、親父は煙草吸ってたっけ?」
「吸えるが、吸わないぞ」
「はぁ? じゃあ何でここに来たんだよ」
「……少し、お前とサシで話がしたくてな」
答える冬麻の顔は、いつになく真剣なものだった。
「改まって、一体なんだよ?」
「お前、モノマネのことを人に話したらしいな」
こくりと頷くハル。
「信じたか?」
「最初は疑ってたけど、色々あってね。結果的には」
「……そうか」
意味深に頷きながら、冬麻は難しい顔をする。
何を聞きたいのか、ハルには理解できない。
「それが一体どうしたってんだよ」
「子供の頃起きた、あの事件。憶えているか?」
「……忘れると思うか?」
深層意識に刻み込まれた嫌な記憶。
どれだけ時が経っても、決して消えることはない。
「あの事件の犯人は捕まったが、黒幕は残っている」
「……それで?」
「どうも最近、一部の悪の組織が妙な動きを見せているのだ」
「悪の組織って……漫画の読み過ぎだろ」
「理解できないなら、裏組織やテロ組織とでも思えばいい」
冬麻の表情は真剣なまま。
いつものように、ハルを茶化す様子は全く見えなかった。
「分かったよ。で、何が起きてるって?」
「あの時と同じ事がだ」
思わずハルの顔が、ピクリと引きつる。
「だから忠告しておく。お前の力については、一切他言するな」
「元々するつもりないよ」
「情報は何処から漏れるか分からない。注意するに越したことは無いだろう」
「……まあ、一応了解しておくよ」
ハルの言葉に、冬麻は小さく頷く。
「話は終わりだ。さて、それじゃあ店に行くとするか」
二人は喫煙室を後にして、女性陣の待つレストランへと向かう。
道中、ハルの気持ちのモヤモヤが晴れることは無かった。
少しだけ、また物語が動きました。
まだピースの欠片ですが、いずれ形が見えてくるかと。
と、格好いいこと言っていますが、この物語にはそれほど重かったり、暗かったりする話はありません。
基本的にコメディですので、そこだけご了承下さい。
海外旅行編も折り返し地点通過。
頑張ってペースアップして参ります。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。