海外に行こう2《到着したけど》
ハル、奈美、秋乃の三人は、両親の待つドイツに辿り着いた。
しかし無事に、とは言えず……。
日本を出発して半日程。
ハル達を乗せた飛行機は、ドイツの空港へと着陸した。
到着ロビーへ続々と降り立つ乗客。
その中に、グッタリとしたハルを背負う奈美の姿があった。
「……まさか奈美が飛行機恐怖症だったなんて」
「べ、別にそんなこと無いわ。ただちょっと、怖かっただけだもん」
「お兄ちゃんを絞め落として置いて、今更言い訳は無用よ」
「うう、だってあんな事言われたら……」
涙目の奈美。
悲劇は、着陸前に起きた。
ハル達を乗せた飛行機は、空港の上空で旋回を繰り返していた。
天候の悪化により、一時的に着陸を見合わせているのだ。
ただでさえ不安定な奈美の精神状態は、一気に悪化する。
「ははは、ハル……だ、だ、大丈夫よね?」
「少しは落ち着け。天候が良くなれば着陸するし、悪ければ他の空港に行くから平気だよ」
「奈美、乗った時から様子がおかしいと思ったけど、ひょっとして貴方……」
秋乃の言葉を遮るように、アナウンスが流れた。
『お客様にご案内致します。当機は天候悪化の為、着陸を見合わせておりましたが、管制塔との連絡で着陸可能と判断致しました。よって、これより着陸態勢に入ります。若干の揺れが想定されますので、必ずシートベルトを着用の上、備え付けの手すりに捕まり、揺れに備えて下さい』
ぷつり、と放送が終わると飛行機は着陸に向けて動き出す。
「二人とも、シートベルトは問題ないな?」
「平気だよお兄ちゃん」
「…………」
「奈美?」
返事が無い奈美を不審に思い、ハルは顔をのぞき込む。
奈美は顔面蒼白で、冷や汗を掻いていた。
「おい、大丈夫か?」
「…………も、勿論よ」
やせ我慢が丸分かりだ。
ハルは小さくため息をつくと、
「ほら、手を繋いでおけば少しは落ち着くだろう」
奈美の左手を優しく握った。
「ハル…………ありがとう」
小さく礼を言う奈美。
少しは落ち着けたようだ。
「……で、何でお前は俺の手を握る?」
「私も怖いんです。いけませんか?」
「いや、構わないけど」
何故かふくれっ面をする秋乃が、ハルの左手を握る。
これでは手すりに掴まれないが、やむを得ない。
断った方が余程怖い。
そうこうしている内に、飛行機は着陸態勢に入る。
天候のせいか、機体は激しく揺れる。
そして、ガタンと一際大きな振動が機内に伝わると、
メキメキメキメキ
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ」
ハルの右手が思い切り握りつぶされた。
「お、お兄ちゃん!?」
秋乃の声と同時に、機体を更なる揺れが襲う。
引き金は引かれた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐぅぅぅ………………」
感情が限界まで高まった奈美が、シートベルトを外しハルにしがみつく。
首に回された手が、思い切りハルの首を締め付ける。
「っ……っ……っ……」
「奈美手を離して。お兄ちゃんの顔が赤から青……白くなってるよ!」
「墜ちるぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
奈美による完璧なチョークスリーパー。
ハルは抵抗する間もなく、安らかに意識を失った。
「ま、まあ私も流石に不味かったかな~って思ったり思わなかったり」
「お願いだから思って。犠牲になるのはお兄ちゃんだけで充分だから」
「とにかく、終わったことを悩んでもしょうがないわよ。これからの事を考えましょ?」
「貴方のそのポジティブさが羨ましいわ」
二人ぷらすお荷物は、空港の出口に向かって歩き続ける。
「それにしても、ここは本当に外国なのね」
「急にどうしたの?」
「ほら、標識とか看板が全部外国語。何か外国に来てるって感じがするのよ」
「何となく分かる気がするわ」
「でも何が書いてあるのか全然分からないわね。秋乃は分かる?」
「簡単な単語くらいなら。じゃなかったら、出口に向かって歩けないでしょ」
標識や案内と言うのは、比較的分かりやすい言葉で書かれている。
秋乃も決して語学堪能ではないが、それでも出口の案内は分かった。
「流石秋乃。出口まで言ったらどうするの?」
「タクシーでお父さん達との待ち合わせ場所まで行くわ。でも出来れば……」
「出来れば?」
「それまでに、お兄ちゃんが起きてくれると良いんだけど」
チラリと奈美の背で意識を失っている兄を見る。
顔色は戻っているが、まだ駄目みたいだ。
「どうして?」
「タクシーに乗るには、ドイツ語話さなきゃいけないから」
「秋乃ドイツ語出来るじゃない」
「ネイティブの人と会話できる程じゃ無いもの」
「ハルは喋れるの?」
「モノマネすればね」
なるほど、と奈美は納得したように頷く。
そう言えば以前モノマネの説明を聞いたとき、そんな事を言っていたような気がした。
「……って、秋乃はモノマネの事知ってるの?」
「当たり前でしょ。だって私は妹だもの」
微妙にずれた回答だったが、何故か説得力があった。
「それに、お兄ちゃんの事で私が知らないことはほとんど無いわ」
「へぇ~例えば?」
「実は椎茸が苦手とか、初恋はお母さんだとか、初めて貰ったラブレターは男からとか」
「……ハル」
惜しげもなく秘密を暴露されるハルに、奈美は少しだけ同情する。
とはいえ、この機会を逃すつもりもない。
「でもそれ位は普通よね。もっと本人しか知らないような事は無いの?」
「エッチな本は友達の家に隠してるとか、胸の大きな女の人がタイプとか」
「……なるほど」
「友達から借りた恋愛ゲームを、一度もクリアしたことが無いないとか」
優柔不断で八方美人だからだろう。
その後も秋乃はハルの秘密を暴露し続ける。
「……ねえ、秋乃」
「何かしら?」
「それ、完全にストーカーのレベルだと思うわ」
「大丈夫、妹だから」
凄まじく強引な理屈だった。
出口のロビーで待つこと十分。
ようやくハルは意識を取り戻した。
「……こ、ここは……一体俺は……」
「お兄ちゃん、実はかくかくしかじか……」
「成る程。まるまるうまうまって訳か」
「??????」
「状況は理解した。なら早速タクシーに乗ろう」
「ほ、本当に今ので分かったの?」
「お前は分からなかったのか?」
「え、ええ、私が変なの?」
ショックを受ける奈美はひとまず置いておき、三人はタクシー乗り場に移動する。
待機していたタクシーに乗り込むと、
『ハーメルホテルまで』
手短に行き先を告げる。
運転手は頷き、タクシーを発車させた。
「本当にドイツ語喋れるんだ~」
「まあ最低限はな。多分相手には、相手には違和感のある発音だと思うぞ」
日本語を話せる外国人を、イメージして貰えば分かりやすい。
流暢だが、アクセントなど細かな点がネイティブとは異なる。
「でも羨ましいわ。私英語も全然出来ないのに」
「学校の授業では会話を重視しないからな。それは仕方ないだろ」
「……奈美の場合はそれ以前の問題だけどね」
「うぐぅ」
痛いところを突かれ、奈美の顔が引きつる。
「そう言えばそうだった」
「先生達、奈美が赤点クリアした時泣いてたもの。今夜は祝杯だって」
本当に先生方、お疲れさまです。
「わ、私だってやる気になれば凄いんだから」
「やる気になるのは何時になるんだろうな」
「因みに、夏休みの宿題はやってる?」
「…………ま、まだ半月も残ってるじゃない」
やってないんですね。
そしてこれは、最終日まで残す流れですね。
「ここまで予想通りだと、かえって清々しいな。秋乃はやってるのか?」
「最初の一週間で終わらせちゃった。休みは有効に使いたいから」
「……さよか」
全く死角のない妹に、ハルは呆れ混じりの返事をする。
奈美と秋乃を足して二で割れば、丁度良いのでは無いかと思ってしまう。
「案外、お前達は良いコンビなのかもな」
色んな意味で正反対の二人。
だからこそ、引かれ合うのかも知れない。
やがて、ハル達を乗せたタクシーは、両親が待つホテルへと到着するのだった。
ようやくドイツに到着です。
海外ってやはり独特の空気がありますよね。
作者も奈美と同じく、標識などが日本語以外で書かれているとき、外国に居るんだという実感が沸くタイプです。
次はこの旅行の目的、冬麻と菜月との再開が待っています。
破天荒な両親に、ハル達三人はどう立ち向かう……翻弄されるのか。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。