小話《きな臭い話》
怪盗コレクトの元に、何者かが現れて……。
夜の闇を、白い影が舞い踊る。
ビルからビルへ、華麗に飛び移るその影は、彼の怪盗コレクトだった。
やがてかれは、とあるビルの屋上に身体を止める。
「やれやれ、今夜は少々歯ごたえのないショータイムだったな」
手の平に握られた宝石を見つめ、コレクトは一人呟く。
青白い光を放つそれは、闇の中にあって少しも輝きを損なわない。
「……美しい。まさに「女神の涙」の名に相応しい」
しばし堪能した後、隠れ家に戻ろうとしたその時だった。
「流石は怪盗コレクト殿。噂に違わぬ、見事な手際ですな」
「お褒め預かり恐悦至極だ。何処の誰かは知らぬがね」
コレクトは振り向きもせず、声の主に答える。
「これは失礼を。申し遅れました、私はブラック。コードネームですがご容赦を」
「……悪の組織、かな」
「お分かりになりますか?」
「匂いでね。あまり好ましくない匂いがするよ」
「これは手厳しい」
くぐもった笑い声を出すブラック。
かなり失礼なコレクトの物言いにも、全く気分を害した様子は無いようだ。
「それで、私に何か用かな? ここが君達の場所なら、直ぐに去るつもりだが」
「実はコレクト殿に、少々お伺いしたい事がありまして」
「私から情報を得るには、相応の対価が必要だよ?」
コレクトはここに来て、初めて後ろを振り返る。
背後に立っていたのは、黒スーツにサングラスの男だった。
四十代半ばだろうか、充分に鍛えられているのが物腰から伝わってくる。
「勿論存じております。ささやかですが、これをご用意しました」
ブラックは布から宝石を取り出して見せる。
「悪くないが、少し困ったな。それに見合う情報を私が持っているかどうか」
「幾つか質問にお答え頂ければ結構です」
「ふむ……まあいいだろう。それで、質問とは?」
「単刀直入に伺います。この人物を知っていますか?」
ブラックは懐から一枚の写真を取りだし、コレクトに投げる。
コレクトは写真を確認して、僅かに表情を変えた。
「…………知っているよ」
「その人物と直接会ったことはありますか?」
「…………あるね」
「では最後に。その人物は――」
「…………その通りだ。だが何故、君はそれを知っている?」
「情報の提供には対価が必要、ですよね」
「その宝石、持って帰りたまえ」
「ならば答えましょう。私は、いや私達はその人の事をよく知っているのです」
男はニヤリと笑い、こう続けた。
「何故なら、その人は私達の計画に欠かせない……実験体なのですから」
超短編です。
物語の骨組みが、これを切っ掛けに少しずつ見えてくるかと思います。
平凡な日常によぎる不穏な影。
一体ハピネスはどの様な陰謀に巻き込まれるのか……。
と煽った所で、次からはまた日常話に戻ります。
ちょっとずつストーリーを進めて行ければと思っております。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。