海に行こう(4)
依頼を終えて、旅館に戻ったハピネス。
疲れを癒すため温泉に向かうのだが……。
旅館に戻ったハピネス一行。
食事の前に、温泉で疲れを癒すことにした。
勿論、男性女性は別々だ。
「それではここで。入浴後は食事まで自由で構いませんから」
「温泉♪ 温泉♪」
「冷え性、腰痛、美肌効果……グッドです」
「大勢で入浴というのは初めてだ」
「じゃあそう言うことでねぇ~」
「「あんたはこっちだろぉぉぉ!!」」
実に自然な流れで女性陣に着いていこうとしたローズを、男性陣が引き留める。
何と羨ましい、じゃなくてとんでもない事をするのだろうか。
その様子に苦笑を浮かべながら、女性陣は女湯ののれんをくぐっていった。
判断を間違えた。
そう気づいたのは、脱衣所で服を脱ぐ時だった。
「へぇ~吉田ちゃんって、良い身体してるわねぇ♪」
「ちょ、ローズさん。あんまり見ないで下さいよ」
「あら加藤ちゃん。結構引き締まった身体ねぇ。私好きよぉ♪」
「うう、何か悪寒が……」
「佐伯ちゃん、いい感じで日焼けしてるわねぇ。グッと来るわぁ♪」
「ひぃぃぃぃ」
背後で聞こえる会話に、ハルは頭痛を感じる。
考えてみれば、ローズにとっては男湯の方が楽園だったのだ。
素直に女湯に放り込んで置けば良かった。
「どうしたのハルちゃん。そんな暗い顔をしてぇ」
「……羊の群に狼が入り込んだんだ」
「それは大変ねぇ。残らず食べられちゃうじゃない」
是非自重して欲しい。
「…………へぇ」
「人の身体見て、意味ありげに頷くの止めい」
「ハルちゃんの身体、本当に女の子みたいに華奢よねぇ」
「はは、もう言われ慣れたよ。学校の旅行じゃ、風呂の度に言われてたから」
高校の時は真剣に貞操の危機を感じたこともある。
色々と苦労してるのだ。
「ま、お陰でローズに狙われなくて済むけどな」
「あらぁ、どうしてかしらぁ?」
「そう言う趣味の人は、男らしい男が好みなんだろ?」
しかしローズはニヤリと悪人顔。
「甘く見ないで欲しいわぁ。私に好き嫌いは無いわよぉ♪」
「……聞かなきゃ良かった」
後悔先に立たず。
ハルは今、その言葉を心底実感していた。
温泉は素晴らしい。
疲れと一緒に、嫌な不安も全て溶かしてくれる。
ハルは湯船に浸かり、極楽義分を味わっていた。
「はぁ~極楽だ。温泉ってのは良いもんだ」
湯気が立ち上る空を見つめ、のんびりとした時間を過ごしていると、
「……こっちは駄目だ。そっちはどうだ?」
「厳しいな。あのポジションは?」
何やら他の男性陣が妙な動きを見せる。
露天風呂を囲んでいる木の壁を、真剣な表情で調べている。
「何やってんだ?」
「若いわねぇ……」
「は?」
「隣は女湯って事よぉ」
理解した。
「止めないのか?」
「険しい関門を乗り越えようとする男の背中、うっとりするわねぇ」
「止める気は無い、と」
「水を差すのは悪いわよぉ。それに、ある意味お約束のイベントじゃない」
確かにその通りなのだが。
「ハルちゃんは興味ないのぉ?」
「……まあ、興味がないと言えば嘘になるけど」
「けどぉ?」
「リスクがでかすぎるだろ」
女湯には、ハピネスの女性陣が入浴中。
そこには当然、あのお方も居るわけで。
「千景さんにばれたら、それこそ生命の危機だ」
「何言ってるんですか、ハルさん!」
と、突然会話に入ってきたのは新人の加藤。
気が付けば、吉田に佐伯も揃っていた。
「確かにリスクは高いです。けど、それ以上の報酬が待ってます」
「知ってますか? 実はハピネスの事務員って、結構スタイルが良いんですよ」
「それに美人揃い。俺、実は鈴木さんタイプなんです」
加藤のカミングアウトは取り敢えずスルー。
「ハルさんだって興味あるでしょ?」
「そりゃ俺だって男だ」
「我々が見つけたポイントは四つ。万が一千景所長に見つかるとしても、確率1/4です」
「ばれた場合も、仲間のことは売らない盟約です。如何ですか?」
ハルは暫し考える。
加藤の提案は確かにリスクを減らせる。
そして成功報酬は大きい。
「…………行く」
決意を込めた瞳で、ハルは参戦表明した。
「それでこそハルさんです。因みに、今この時は絶好のチャンスですよ」
「何とターゲット達は身体を洗っているのです」
「上手くいけば、お宝が待っていますよ」
「……もはや迷いはない。全員、速やかに作戦を開始するぞ」
「「了解っ!!」」
勇者達の静かな戦いが始まった。
(さてぇ、どうなる事やらぁ)
一人湯船に残ったローズは、勇敢……無謀な男達の背中を黙って見送った。
百年を超える老舗旅館。
言い換えれば、それだけ建物は古いと言うことだ。
どれだけ手入れをしていても、綻びはある。
今回ハルが辿り着いたポイントは、その一つだった。
「なるほど、これは盲点だ」
短い木の板が縦に三つ重なり、それが壁を作っている。
一見鉄壁だが、その内一枚の板が緩み外せるようになっていた。
手が辛うじて通る程度の大きさだが、覗くには充分。
ハルは音を立てないように板を外し、向こう側を覗き見る。
そして、固まった。
「………………」
「………………」
二人同時に。
今ハルの目の前には、丁度身体を洗おうとしていた奈美がいた。
無論全裸で。
ハルが外した板は、座った奈美と目が合う高さ。
当然、バッチリ目が合ってしまった。
「は、ハル?」
「……し~」
目を見開き驚く奈美に、ハルは口に指を当ててお願いする。
願いが通じたのか、奈美は悲鳴を寸での所でくい止める。
「あ、あんた、何してるのよ?」
「すまん。覗きだ」
「そんな事ハッキリ言わないでよ」
顔を真っ赤にする奈美。
タオルで身体を隠しているが、相当恥ずかしい筈だ。
叫ばなかったことを感謝するしかない。
「そ、そんなに……私の裸を見たかったの?」
「……まあ、そう言う事になるな」
ターゲットが奈美だったのは偶然だが。
「それって……」
奈美が何かを言いかけたその時、
「不届き者には、死あるのみっ!!!」
「ぬわぁぁぁぁぁぁ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
「うほぉぉぉぉぉぉ」
千景の鋭い声と男達の断末魔が、温泉に響き渡った。
「あいつら、ばれたのか」
「……ハル、早く戻って」
「す、済まない」
ハルは礼を言うと、素早く外した板を元に戻す。
そのまま大急ぎで湯船へと舞い戻った。
「お帰りなさい♪」
「た、ただいま……」
「無事戻れたのはぁ、ハルちゃんだけみたいねぇ」
「……加藤……吉田……佐伯……」
壁際で倒れている勇者達。
これから彼らに待ち受ける運命を思うと、涙を禁じ得ない。
「立派な最後だったわねぇ」
「ああ。俺はあいつらの勇姿を忘れない」
ハルとローズは、無言で三人に敬礼を送るのだった。
『この者達、危険な覗き魔につき、エサを与えることを禁ずる』
旅館の軒下に、簀巻きにされて吊される勇者達。
就寝時間までこのまま反省していろと、千景の判決。
当然罰として夕食も抜きだ。
「おい、生きてるか?」
「あ、ハルさん。何とか無事です」
「手ひどくやられたな」
簀巻きから覗かせる顔は、ボコボコに殴られた性で原型を留めていなかった。
それでもハルを売らなかった彼らは、賞賛に値するだろう。
「リスクは……承知の上でしたから」
「そっか。それで、桃源郷は見れたのか?」
ハルの言葉に、三人は涙する。
そのリアクションが全てを語っていた。
「……今度、飲みに行こう」
「「是非に」」
四人の友情が強固になった瞬間だった。
温泉と言えば、やはり覗きは欠かせませんよね。
まあ、大抵酷い結果が待っていますが。
大分間延びしてしまった海編も、いよいよ次がラストです。
このまま終わるとスッキリしない二人がいますので、
延長戦と参りましょう。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。