海に行こう(3)
ようやく海に到着したハピネス一行。
さあ楽しい時間の始まり……の筈だったが。
バスで移動すること二時間。
ハピネス一行は、温泉旅館の前に降り立った。
「ここが今日泊まる所ですか?」
「ええ。百年以上の歴史のある老舗です」
「……歴史と言うか、年期が入ってますね」
物は言い様です。
「さあみんな、荷物を置いたら早速海に行きますよ」
「「はぁ~い!」」
ここまでは、ごく普通の旅行だった。
異変に気づいたのは、海水浴場に着いたときだった。
「……あれ?」
「誰もいない?」
「おかしいですね。プライベートビーチと言うわけでも無いでしょうし」
「これが海。何と大きな……何と美しいのだ……」
感動に浸っている紫音は置いておくとしてだ。
水着に着替えた一行は、人っ子一人居ない浜辺に言いようのない違和感を感じていた。
現在夏真っ盛り。
何処の海水浴場も、大勢の人で賑わっている筈なのに。
「はぁ~い、みんな揃ったわねぇ」
「ローズ。これは一体………………」
振り返った瞬間、ハルは石になった。
極限まで鍛えられた筋肉の肉体が、そこにあった。
放送コードギリギリ、と言うかNGレベルの際どいビキニを履いて。
「もうハルちゃんたらぁ、そんな見つめられると照れちゃうわぁ♪」
「……これは……反則だろう」
「ハルさん……俺はもう駄目です」
強力な精神攻撃に、加藤を始め男性所員達が次々に撃沈されていく。
周りにいる女性陣の水着姿すら、目の保養にならない。
圧倒的な存在感だった。
「剛彦、だから言ったでしょう。その格好は刺激的すぎると」
「ちょっと悩殺し過ぎちゃったかしらねぇ」
「悩殺というか……脳殺だな」
「ハル君は大丈夫みたいですね?」
「親父が同じような水着を着てましてね、少し耐性があるみたいです」
きついことには変わりないが。
「それは何よりです。さて、それでは今日の依頼について説明しましょうか」
「「依頼~!?」」
そんな事は聞いてない。
今回は旅行の筈。
「旅行ですよ。ハピネス総出での、依頼旅行です」
「「騙されたぁぁぁ!!」
「人聞きの悪い。私は一言も慰安旅行と言ってませんよ」
一同は腕を組み記憶を遡り、同時に顔をしかめた。
確かに旅行としか言っていない。
「酷いですよ千景さん。私凄い楽しみにしてたのに」
「依頼を達成すれば、後は自由で結構です。早く片づけてれば、充分遊ぶ時間はありますよ」
「話が美味すぎると思ったわ」
「タダで旅館に泊まれ、しかも依頼料も出る。美味しい話でしょ?」
その通りなのだが、気持ちの問題が大きい。
遊びで来たつもりが実は仕事。テンションはがた落ちだ。
「……で、依頼って何なんです?」
「ゴミ拾いとかですかね。でもこの浜辺綺麗ですし」
加藤の言うとおり、この海水浴場にはゴミ一つ落ちていない。
「そんな身構えなくても平気よぉ。ただぁ、ここで遊んで入ればいいのぉ」
「はぁ?」
「簡単に言えば、海開き前に異常がないか調べるのが依頼です」
「じゃあ、特に何をするわけでもないんですか?」
「ええ。自由に遊んで結構です。ただ、なるべく海で泳いで欲しいですけど」
「それくらいなら……」
ガッカリしていた所員達の目に、光が再び戻る。
上げて下げて、また上げられた感じだ。
「どうやら不満は無いようですね。それではみんな、存分に遊んで下さい」
「「了解ですっ!!」」
あっさり手の平を返したハル達は、海を堪能すべく動き出した。
照りつける太陽の下、各々好き勝手に遊ぶハピネス一同。
そのまま、三時間ほど経った。
「ふぅ、やっぱ海は良いな」
「そうね。後海の遊びと言えば……」
「ビーチバレー、西瓜割り、砂浜でお城作り、一通りやりました」
「なら競争はどう? あそこのブイをタッチして帰ってくるのぉ」
ローズは沖にある黄色のブイを指差す。
目測で百メートル程だろうか。
「良いぜ。柚子と紫音はどうする?」
「私は遠慮します。あまり泳ぎは得意で無いので」
「折角の誘いだが私も辞退させて貰う」
参加者はハルと奈美、それにローズと決まった。
「千景さんは泳がないのかな?」
「そう言えば、着物のままずっとパラソルの下にいるわね」
「……千景ちゃんは今回監督者だからねぇ。自分が遊ぶ訳には行かないわよぉ」
「大変ですね」
「なら、その分私達が遊ばないとね」
「じゃあ行くわよぉ。位置についてぇ、用意、ドン♪」
砂浜を駆け、海に飛び込む三人。
先頭は奈美。荒々しい平泳ぎだが、凄まじい速さで差をつける。
続いてローズ。雄々しいバタフライは、見る者を恐怖に叩き落とす。
最後はハル。綺麗なフォームのクロールだが、化け物相手には分が悪すぎる。
「よ~し、私の独走ね」
「そうは行かないわよぉ。私、スロースターターなのぉ」
「む、流石ローズさん。でも負けません」
「望む所よぉ」
完璧にハルは忘れ去られていた。
(……てか、何で泳ぎながら喋れるんだよ)
せめてリアイアはしないように、ハルは懸命にクロールを続ける。
先頭の奈美がブイに辿り着こうとした、その時だった。
「……殺気? 水中からかな……」
奈美は海に潜り、目を凝らす。
すると、前方から黒と白の生物が球速接近してきた。
見覚えがある。あれは……。
「ぷはぁ、みんな~、イルカが近づいてるよ♪」
「イル」
「カ?」
嬉しそうな奈美の報告にキョトンと顔を見合わせるハルとローズ。
こんな近海に出現するだろうか?
疑問に思いながら、ハルとローズは海に潜り……。
「さ、サメぇぇぇぇ!!」
(そうね。でもハルちゃん、水中で叫ぶのは止めた方が良いわよぉ)
「じ、じまった……」
口の中の空気を全て吐き出してしまい、一気に苦しくなった。
慌てて水面に顔を上げる。
「ごはぁぁ、はあ、はあ、馬鹿野郎。アレはイルカじゃ無くてサメだぁ!」
「良いじゃない細かいことは。どっちも似たようなもんでしょ?」
「全然違ぁぁう」
チラリと見ただけだが、かなり大型のサメだった。
あの大きさなら、人を襲う可能性も高い。
「とにかく、早く岸に戻るぞ。このままだと、俺達も食われちまう」
「それは良いけど、ローズさんは何処行ったのかな?」
「……まさか」
喰われたのか。
嫌な予感がハルの脳裏をよぎる。
「それは無いんじゃない? だってサメは私の前から近づいてきてたし」
「襲われるならお前からか。確かにそうだけど、じゃあローズは一体……」
その時だった。
ザパァァン、と水しぶきをあげ、噂のサメが水面に姿を現した。
恐怖に歪むハルの顔。
だが、
「ぷっふぁ~。た・だ・い・ま♪」
「「ろ、ローズ(さん)!?」」
サメの下から、その身体を持ち上げるようにローズが出現したのだ。
「ろ、ローズ。そのサメは……」
「うん。私が仕留めちゃった♪」
そんな馬鹿な。
水中で人がサメに勝つなんて。
「凄いですローズさん」
「そんな褒めないでよぉ。大したこと無いわぁ」
とんでもない事ですって。
「残念だけど競争は中止ねぇ。一度浜まで戻りましょう」
「あ、ああ」
「は~い」
サメを背負ったローズを先頭に、ハル達は浜辺へと戻った。
浜辺には、異常を察知した一同が集まっていた。
「ハル、奈美、ローズ殿、無事か?」
「怪我してませんか?」
駆け寄るみんなを笑顔で制して、ローズは千景の元へ。
パラソルの下でくつろいでいる彼女の前に、サメを降ろす。
「……ご苦労でした、剛彦」
「やっぱり駄目ねぇ。今年もここは遊泳禁止だと思うわぁ」
「そうですね。先方にはそう伝えておきましょう」
何やら勝手に話を進める二人。
「あの~、一体何が何やら分からないんですけど」
「依頼は完了した、と言うことです」
千景は優雅に微笑んだ。
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
千景の説明に、ローズを除く全員が叫んだ。
「じゃあ、今回の依頼は……」
「ええ。この海水浴場が安全かどうか、確認する事が目的でした」
「実はここ、去年からサメが出没するようになってねぇ、遊泳禁止だったのよぉ」
「ですので、今年の海開きを前に安全性の調査が必要だったのです」
「結果はNG。サメが出ちゃったからぁ、また今年も駄目ねぇ」
二人の言葉にハピネス一同は思い切り脱力する。
怒りよりも、無事で良かったという安堵の感情が勝った。
そんな中、
「でも千景さん。もし誰かが襲われたら、どうするつもりだったんですか?」
ハルが強い口調で千景を問い詰める。
「あの場面、奈美が襲われる可能性は高かったです。あまりに無責任過ぎませんか」
「ハル……」
「なるほど、ハル君の言うことはもっともです。ですが」
しかし千景は動じずに頷くと、
「無論対策はしていましたよ。これで、ね」
側に置いてあった銃を手にとって見せる。
スコープのついた、狙撃用の銃だ。
「これは特注の、水中狙撃可能ライフルです」
「千景ちゃんはぁ、ここでサボっていた訳じゃないのよぉ」
ローズが指差す先には、何やら大型の機械が。
「ドクターが作ったソナーよぉ。千景ちゃん、ずっとこれで警戒してたのぉ」
「このサメが接近したときも、剛彦が対応しなければ狙撃するつもりでした」
言われて思い出した。
ローズが千景を監督者だと言っていた。
何を疑っていたのだろう。
しっかりと守ってくれていたでは無いか。
「……すいませんでした」
「いえ、黙っていたのは事実ですから。おあいこ、と言うことで如何です?」
片目をつぶる千景に、ハルは微笑を浮かべて頷いた。
話によると、サメは一匹だけでないらしい。
依頼は達成出来たので、ハル達は旅館へと引き上げる事にした。
「あの旅館は、料理も温泉も一級品ですよ」
「それは楽しみです」
「……ハルちゃん、残念だけどぉ、混浴じゃないわよぉ♪」
「ハルのエッチ」
「何でそうなるっ!」
「ま、まあ、ハルさん位の男の人なら、当然の反応ですし……」
「誤解、誤解だ」
「何だ、ハルは女性と入浴したいのか? 私で良ければ付き合うが」
「違ぁぁぁぁう」
「「ハルさん、あんた男です」」
「親指を立てていい顔するなぁぁ」
「ハルさんなら、女湯に入っても気づかないかもしれませんね」
「……鈴木さん、一番きついっす」
笑い声が絶えない和やかな空気で、海水浴は終わった。
到着まで二話、海の話が一話。
タイトルに偽りアリですね、すいません。
因みに、水中で人間がサメに勝つ可能性は絶望的らしいです。
間違っても戦いを挑まないようにしましょう。
海編はもう少し続きます。
旅館に戻ったハピネスのちょっとしたお話。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。