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海に行こう(2)

いよいよ旅行当日。

天気にも恵まれ、順調なスタートが切れる筈だったのだが……。


 天気は快晴。

 雲一つ無い青空に、ハルはホッと一安心。

「てるてる坊主効いたな」

 夜の天気予報では、降水確率は50%。

 気休めかと思ったが、一応昨晩一つだけ吊してみた。

 これのお陰だけでは無いと思うが、ハルは手を合わせ拝んでおく。

 手早く身支度を整えると、昨晩の内に用意しておいた荷物を持つ。

 そのまま集合場所の事務所に向かおうとして、

「……ま、一応な」

 隣の部屋のドアを叩く。

「は~い、どちら様って、ハルか。おはよう、良く晴れたわね」

「おはよう。流石に寝坊はしないか」

「もう、私は子供じゃないわよ」

 頬を膨らませる奈美に、ハルはすまんすまんと笑う。

 幾らなんでも、高校生には失礼だったか。

「興奮して寝られないから、寝坊なんてする訳ないでしょ」

「世にそれを子供という」

 前言撤回。

「まあ良いさ。準備出来てるなら、一緒に行こうぜ」

「もちバッチリよ。鞄取ってくるから、少し待ってて」

 奈美はドアを開けたまま、室内に戻る。

 ハルが何気なく中を見ると、

「…………て、てるてる坊主が……」

 まるで白いカーテンのように、大量のてるてる坊主が吊されていた。

 太陽の光を浴びたそれは、かなり異様な雰囲気を醸しだしている。

「お待たせ……ん、どうかしたの?」

「いや、随分沢山てるてる坊主を作ったなって思っただけだ」

「ハル知らないの? あれは一個吊すと、降水確率を1%下げられるのよ」

 とんだガセビアだ。

「……誰に聞いた?」

「蒼井」

「奈美、それは嘘だ。後、集合場所に行ったら、蒼井を思い切り一発殴って良いぞ」

 冗談は人を選ぶべきだ。

 子供や純粋な人、それに奈美は本気にしてしまうのだから。

「……ってことは、ひょっとしたら」

「どうしたの?」

「紫音も同じ事してるかもな、って思った」

「それは無いんじゃない。千景さんが居るだろうし」

 紫音が蒼井に騙されたことを、千景が知ったとしたら。

 脳裏に浮かぶのは、てるてる坊主の代わりに吊されている蒼井の姿。

「まあ良いか。蒼井だし」

「??」

「ああ、何でもない。じゃあ行くか」

 首を傾げる奈美を促し、二人は事務所へと向かった。



 事務所の前には、既に所員のみんなが集まっていた。

「ハル君、奈美、おはようございます」

「千景さん、おはようございます」

「おはようございます~す」

 笑顔で二人を迎える千景。

 どうやらハルの想像はハズレのようだ。

「もうみんな集まってるんですね」

「ええ。なので、出発時刻を少し早めるつもりです」

「あれが今日のバスですか?」

「貸し切りですよ。車内で使わない荷物は、あそこに入れてください」

 バスの側面に、荷物を入れるスペースがあった。

 とは言え一泊二日なので、みんなそれほど荷物が無いのか中は殆ど空。

 入っているのは幾つかのバッグと、

「千景さん……あれは?」

「嘘発生装置です。本当は粗大ゴミに出したい所ですが、被害者が恩赦を求めたので」

 布団で簀巻きにされた蒼井。

 どうやら相当ご立腹のようです。

「やっぱり、紫音にもほらを吹き込んだんですね」

「では奈美にも? やはりロープで縛って引きずりましょうか」

 まさに市中引き回しだ。

「……向こうに着いてから、サンドバッグの刑で手打ちと言うことに」

「そうですね。今日は楽しい旅行ですから」

 蒼井の処刑は辛うじて回避された。

 まあ、酷い目にあうのは確定だが、自業自得と言うことで。 


 参加者全員が集まり、バスは予定時刻よりも早く出発することになった。


 目的地までは、大体二時間ほど掛かるらしい。

 それ間、ハピネス一同は各々時間を潰す。

 音楽を聞いたり、談笑したり、本を読んでいる強者もいる。

 自分はどうするかとハルが考えていると、

「ねえ、暇なら一緒にトランプやらない?」

 前の座席から奈美がひょっこりと顔を覗かせた。

「トランプか、いいな」

「そうこなくっちゃ。やっぱりゲームは大人数じゃないとね」

 奈美の誘いに乗り、ハルは座席を移動する。

「えっと、この面子か?」

「そうよ。私とハル、それに紫音と柚子さんとローズさんね」

「随分と豪華な面子だな」

 主要メンバーが殆ど揃っていた。

「千景さんも誘ったんだけど、鈴木さんとこの後の段取りするからって」

「まあ責任者だしな。しょうがないだろう」

「そうねぇ。ここはぁ、私達だけで楽しみましょう♪」

「トランプか……知識はあるが、実際遊ぶのは初めてだ」

「なら初めて慣れる意味でも、簡単なゲームを選んだ方がいいですね」

 もっともな意見だ。

「簡単か……ババ抜きなんてどうだ?」

 これなら誰でも直ぐに出来るはず。

 しかし奈美は首を横に振る。

「駄目よ。だってそれじゃあ、柚子さんが参加でき……ぬぅわぁぁぁぁぁ!!」

 口は災いの元。

 柚子がノーモーションで口に放り込んだ丸薬で、奈美はのたうち回る。

「に、にが……から……しぶ……な、何なのこれぇぇぇ!」

「今回の丸薬は何味なんだ?」

「新薬の「混ぜるな危険三号」です。苦味辛味渋味等の味覚を徹底的に刺激します」

「み、水が……水が凄まじい不可思議な味にぃぃ」

 ペットボトルの水を口に含んで、再び叫ぶ奈美。

 彼女が落ち着くまで、十分ほどかかった。


 結局、今回はババ抜きをやることになった。

「それじゃあ配るわねぇ」

 シュパパパパパパパ

 鮮やかな手つきでシャッフルしたカードを、これまた見事な手さばきで配るローズ。

「何か、手慣れてないか?」

「長く生きてるとぉ、色々出来るようになるのよぉ」

「……何か?」

「いえいえ、何でも無いですよ」

 慌てて否定する奈美。

 大分トラウマになっているようだ。

 これで少しは大人しくなるだろう。少しの間だけは。

「確か、手札で二つ揃ったカードを捨てるのだったな?」

「そうだよ。捨てるカードが無くなったら、プレイヤー同士でカードを引き合う」

「手札をそうやって減らして行ってぇ」

「最終的に全ての手札を捨てられたら勝ちです」

「ジョーカーは捨てられないから、それを持っていると勝てないのよね」

「いかにジョーカーを手元に置かないかが、勝負の鍵だな」

 それぞれ手札を整理し、机代わりの補助席に捨てていく。

「……あら」

「どうかしたのか?」

「えっと、全部無くなっちゃいました」

「「天和!?」」

 恐るべき豪運。

 戦わずして勝利してしまった。

「またですか」

「また?」

「私、ババ抜きやると大抵こうなるんです」

 何という偏った運否天賦なのだろう。

 そう言えば以前も、くじ引きでテレビを当てていたような気がする。

「一応言っておくけどぉ、今回はイカサマしてないからねぇ」

「……出来るんだ」

 謎多き男だ。

 ただローズの手札がある程度残っている以上、その言葉は真実だろう。

「柚子殿は、どうやら天運に恵まれた御仁のようだな」

「ギャンブルとかやったら、凄い事になるんじゃ」

「……賭け事は成人してから。ベガスのカジノでは、門前払いを受けました」

 黒服さん、GJです。

 もし入れてたら、間違いなく根こそぎでしたよ。


「そうだ、折角だから罰ゲームをつけましょう」

「「自分が抜けた後に!?」」

「ビリの人は、私が作った特製ドリンクの試飲に付き合うと言うことで」

 この瞬間、ハル達の思考は一致した。

((絶対に負けられない戦いが、ここにある))

 かつて無い緊張感の中、ババ抜きは始まった。


 殺伐とした空気でババ抜きは進む。

 楽しい旅行気分など、当の昔に忘れ去られていた。

(後三枚……このババがやっかいだな)

 ハルのカードを引くのは奈美なのだが、これが手強い。

 天才的な勘で、ババを回避し続けている。

(このままじゃ駄目だ。奈美の勘を封じるには…………そうだっ!)

 ハルはババを真ん中に移し、目立つように上にずらした。

「奈美、この飛び出てるのがババだぞ」

「えっ……」

 奈美は伸ばしかけた手を止める。

「やだな、ハル。そんなの、子供だって引っかからないわよ」

「信じるか信じないかは、お前次第だ。因みに、俺は別に正直者じゃない」

 ハルの言葉に、奈美の瞳に迷いが浮かぶ。

 伸ばした手を、右に左にフラフラと彷徨わせる。

(そうだ、悩め。考えれば考えるほど、勘の要素は薄まるはず)

 果たして奈美は、飛び出した一枚を選び、まんまとババを引いてしまった。

「あ~ババだ~!! ハル、騙したわね!!」

「……あれ?」

「奈美よ、ハルは最初からそれがババだと言っていただろう」

「それはそうだけど……なんか納得行かない」

「気持ちは分かるけどねぇ。そう、ババは奈美ちゃんかぁ」

 自分がババを保持していることは、可能な限り隠すべき情報。

 他の三人は、大きなアドバンテージを得た。


 ハルが上がり、ローズもそれに続いた。

 勝負は奈美と紫音の一騎打ちとなる。

「最終局面ですね」

「紫音ちゃんがカードを引く番だからぁ、これでババを引かなければぁ、紫音ちゃんの勝ちぃ」

「ババを引けば、互いの立場が入れ替わりますね」

 有利なのは紫音。

 だがこれを外せば、戦局は一気にひっくり返る。

 紫音からすれば、ここで決めたい場面だ。

「……ババ抜きがこれ程神経をすり減らす遊びだとは。やはり実戦に勝る勉強は無いな」

 いえ、普通はこんな酷くないです。

 初体験でこんな死闘を強いてしまい、申し訳ありません。

「勝負よ紫音。さあ、選びなさい!」

 カードを差し出す奈美。

 右か、左か。

 遊びとは思えない緊張感に、思わずごくりと喉が鳴る。

「…………ん?」

 その中、紫音は何かに気づいた。

 僅かに目を細めると、それは確信に変わったのか、

「奈美、悪いが私の勝ちだ。ババは右手、つまりこちらが正解だ」

 自信に満ちた顔で奈美の左手からカードを抜き去る。

 そして、

「はぁぁぁぁ」

 安堵のため息と共に、二枚のハートの六を見せた。

「「おぉぉぉぉぉ!!」」

 決着に思わず歓声を上げるハル達。

 ガックリと肩を落とす奈美。

 今ここに、勝者と敗者の明暗が分かれた。



「……奈美は?」

「お休み中です。恐らく到着するまで起きないと思いますよ」

「何飲ませたんだよ」

「聞きたいですか?」

 結構です。

「それにしてもぉ、どうして紫音ちゃんはあんなに自信満々だったのぉ?」

「あ、それ俺も知りたい」

 興味津々のハル達に、

「大した事ではない。単純に、どちらがババか分かっただけだ」

 こともなげに答える紫音。

「でも、調べてみても、見極められる様な傷はありませんでしたよ?」

「外見ではなく、中身を見たのだ」

「……と言うと?」

「今回私達は、ババ、つまりジョーカーを忌むべき物として扱った」

 少し大げさだが、その通りだ。

「そうした思いは物に宿る。僅かだが、カードから負の念が見えたのだ」

「な、何というチート……」

「柚子ちゃんとは違うベクトルだけどねぇ」

「……私はそんなビックリ人間じゃ無いですよ」

 自覚は無いみたいだ。

 勿論突っ込みはしない。後が怖いから。

「何にせよ、もう罰ゲームありのトランプは勘弁だな」

「そうねぇ。まさか戦場以外であの緊張感を味わうとは思わなかったわぁ」

「到着まで半刻ほど。他の遊び方もやりたいのだが」

 断る理由はない。

 だがその前に、

「「罰ゲームは無しで」」

 ハルとローズは柚子に声を揃えて言った。



 そして、バスは目的地へと到着した。

 

いい加減タイトル通り、海に行けよ言いたくなるスローペース。

今回は移動中のバスで終わってしまいました。

次こそは、ちゃんと海に行きますよ……多分。


運のいい人と勘のいい人。

ババ抜きで強いのは間違いなく前者だと思います。

だって、配られた時点で圧倒的に有利ですもの。


この次こそは海に着いていることを願いつつ、

次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。

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