海に行こう(1)
待望の夏休み。
ハピネスはみんなで海に行くことに。
海編開幕です。
突然だが、ハピネス一同で海に行くことになった。
しかも一泊二日の泊まりがけ。
更に費用は全て会社持ち。
予定もなかったので、ハルは二つ返事でOKした。
出発は明日。
準備をするため買い物に行こうとしたハルに、
「ねえハル。ちょっと付き合ってくれない?」
奈美が声を掛けた。
「ん、何処に?」
「明日の買い物。紫音と柚子さんと行くんだけど、ハルも着いてきてくれない?」
「荷物持ちか? まあ良いよ。俺も丁度買い物行くところだったから」
こうしてハル達は、揃って買い物に行くことになった。
電車に揺られること三十分、
「は~、やっと着いたな」
「やっぱ大きいわね」
「商店街が丸ごと中に入ってると思えば、これ位の大きさは必要でしょう」
「ほう、これがデパートか。実際利用するのは初めてだ」
少し遠くにある、大型デパートに到着した。
四階建ての店舗は、平日昼間にもかかわらず大勢の客で賑わっている。
「でも何でわざわざここに?」
買い物なら地元の芍薬商店街で、充分事足りるはずだが。
「それは勿論、こっちの方が色々選べるからよ」
「品揃えに関しては、どうしても大型店舗に軍配があがりますね」
「と二人が言うので私もそれに倣った」
そう言われて、ハルはふと疑問を口にする。
「……まだ聞いてなかったけど、何を買いに来たんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「色々ありますけど、一番の目的は」
「水着らしいぞ」
嫌な予感がビンビンする。
だが、もはや逃げることは敵わず。
ハルは奈美に腕を引っ張られながら、デパートへと入っていった。
水着売り場に到着した一行。
シーズンだけあり、売り場は多くの女性客が居た。
「……居づらい。この空気は辛い」
「何言ってるのよ」
「そうです。ハルさんもちゃんと溶け込んでますから、平気です」
嬉しくない。ちっとも嬉しくない。
「じゃ、早速選ぶとしましょうか」
スタスタと売り場へと進む。
「……水着というのは、随分と種類があるのだな。それに彩りも豊かだ」
「紫音ちゃんは水着買いに来たことは無いの?」
「学校から支給されたものがあるからな。買い必要など無かった」
「駄目よそんなダサイの。ちゃんと可愛いのを着なきゃ」
まあそれはそれで受けると思います。
一部の方々には。
ひとまずばらけて、それぞれ水着を吟味する。
一人になると気まずいので、ハルは奈美に同行した。
「ん~迷うわね。ねえ、ハルはどんな水着が好き?」
「俺は女物の善し悪しは分からない。店員に聞いたらいいだろう」
「……じゃあ、ビキニとワンピースならどっちが好き?」
「その人に似合うならどっちでも」
「なら、私にはどっちが似合う?」
問われてハルは少し考える。
奈美は女性にしては背が高く、スタイルも良い。
だとすれば、ビキニタイプの水着の方が見栄えが良いだろう。
「どっちかと言えば、ビキニかな」
「そっか……ハルは意外と大胆ね」
「ん、何か言ったか?」
「なな、何でもないって。じゃあビキニにしようかな」
慌てて手を振り、奈美はハンガーに掛けられた水着探しを始めた。
ハルはその様子に首を傾げるが、
「ま、早く選んでくれるならそれでいいか」
深く考えないことにした。
十分後。
「ひとまず、こんな所かな」
「決まったのか?」
「うん。とりあえず、これを試着してみようと思うの」
「……これ全部?」
奈美の手には、十着くらいの水着がある。
てっきり買う水着を選んだのだと思っていたのだが。
「やっぱり実際着てみないとね。感想聞くから、そこで待ってて」
ハルの返事を待たず、奈美は試着室のカーテンを閉めた。
がさごそと衣擦れの音が洩れ聞こえてくる。
何とも居心地が悪い。
「お~い、まだか?」
「ちょっと待ってよ。…………うん、これでよし」
シャーっとカーテンが開かれた。
「なっっ!」
奈美が着ていた水着は、何というかかなり過激なデザインだった。
胸を隠す生地は小さく、下の角度はかなりのもの。
その水着を着こなす奈美は、着やせするタイプなのか、ハルの予想以上のプロポーション。
思わず顔が赤くなるハルを、誰が責められるか。
「お、おま……それは流石に過激じゃ無いか?」
「だって、ハルはこう言うのが好きなんでしょ?」
「それは誤解……とは言わないけど、身内が着るとちょっと恥ずかしい」
思わず目を背けてしまう。
その様子をあまり好みでない、と受け取ったのか、
「じゃあこれはボツね。次はもう少し露出を抑えた奴にしてみるわ」
奈美は再びカーテンを閉め、次の試着に取りかかった。
目の前から奈美が消え、ようやくハルは落ち着きを取り戻す。
「……あれは反則だ」
秋乃に付き合って、水着を買いに来たことはある。
だが、同い年とは思えない圧倒的戦力差に、完全に不意打ちを受けた形だ。
「黙ってれば可愛いもんな……って、俺は何言ってんだ」
頭をブンブン振り、邪な想像を振り払う。
そんなハルの苦悩を知るよしもなく、奈美の試着は続いた。
「あ、あかん。これ以上はやばい」
奈美の水着姿は、相当の破壊力だった。
最初ほど過激では無かったが、それでもハルの煩悩を刺激するのに充分すぎた。
結局、
「それとそれと、あとこれが良いと思う」
露出の少ない水着を選び、早々に奈美の元から逃げ出した。
荒れ狂う心臓の鼓動と、真っ赤になった顔が、ハルの状態を雄弁に語る。
ふと周りを見れば、あちこちで水着を試着している女性達。
「……駄目だ。ここにいるのは、精神衛生上良くない」
少し落ち着きたいが、水着売り場を離れるのは不味い。
どうしたものかと考え、
「あそこに行くか」
ハルは子供用の水着コーナーに移動した。
「紫音、水着は決まったか?」
「む、ハルか。どうしたのだ、そんなに顔を赤らめて」
「……聞かないでくれ」
説明するのも恥ずかしい。
「まあ良い。私は既に選んである。柚子殿に見繕って貰った」
「ワンピースか」
紫音の水着は、スカートの着いた水色のワンピース水着だった。
余計な飾りは付いていないが、紫音によく似合いそうだ。
「正直不要だと思っていたが、いざ買うとなると少し嬉しいものだな」
「……そっか、良かったな」
はにかむ紫音の頭を、ハルは優しく撫でた。
色々な経験を重ね、紫音は確実に変わり始めている。
それが嬉しかった。
「あ、そう言えば柚子はどうしたかな」
奈美も紫音も、水着はほとんど決まっている。
後は柚子だけの筈だが。
「柚子殿ならあそこにいるぞ」
「えっ、何処……………………ああ、居たな」
大勢の親子連れの中、そこに柚子の姿はあった。
完全に溶け込んでいたが。
「『ウォーリーを探せ』かよ」
「何だそれは?」
「……後で本屋に寄ろうな」
あれは名作だ。買ってあげるのも良いだろう。
お子様へのプレゼントにお薦めです。
紫音と柚子の水着も決まったので、ハルは奈美の元に戻った。
「……お前、まだ悩んでるのか」
「二つまで絞ったんだけど、どっちにするか。む~~」
「今着てる奴で良いんじゃないか? 似合ってるし」
「えっ、そう? うん、じゃあこれにする」
迷っていたはずなのだが、奈美は即断する。
「それじゃ着替えるね。あ、これ持っていてくれる?」
「構わないぞ」
選ばなかった水着をハルは受け取る。
そしてそのまま、試着室の前で奈美の着替えを待つ。
悲劇はその時起こった。
「お客様」
そっと女性店員がハルの隣にやってきた。
「はい、何ですか?」
「あちらの更衣室が空いておりますので、宜しければご試着をどうぞ」
「…………」
奈美の大爆笑が、更衣室の中から響き渡った。
色々あったが、準備は整った。
晴れを祈りつつ、ハピネスメンバーは明日を迎えるのだった。
旅行の準備で一話使ってしまいました。
なるべくテンポ良く行きたいものです。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。