幸せの前には試練がつきもの
学生の夏休みも間近に迫ったある日。
紫音とハルは、一番不安な人を思いだして……。
「あれ、紫音。今日は学校休みか?」
ハルは事務所に入ってきた紫音に声を掛けた。
平日の昼間に彼女が姿を見せるのは珍しい。
「いや、今は期末試験中で、学校は半日で終わりなのだ」
「そういやそんな時期だな」
今は七月。
夏休み前の学生、最大の関門が期末試験だ。
「出来はどうだ?」
「明日の英語が少々不安だが、それ以外の教科は、概ね問題なく消化できている」
「そりゃ何よりだ」
もし赤点を取れば夏休み中に追試や補習が待ち受けている。
中学校ではそれは無いかもしれないが、無事試験を突破する事に越したことはない。
「大学も期末試験はあるのか?」
「あるよ。もう終わったけどな」
ハルの通う大学は、他の大学に比べ早く試験を終えていた。
テストの返却も終わり、今はもう殆ど夏休みと変わらぬ状態だった。
「不可は無かったから、夏休みは無事迎えられそうだ」
「そうか……まあ、ハルに心配は無用だったな」
「買いかぶりすぎだよ。まあ、奈美ほど心配は…………」
ふと言葉が途切れる。
そう言えば、彼女も期末試験があるはず。
「奈美は……大丈夫かな?」
「聞いて見たらどうだ?」
紫音の言葉に頷き、ハルは携帯を奈美にかける。
だが、
「ん~繋がらないな。電源切ってるみたいだ」
電波が届かないか電源が……のお姉さんボイスが再生された。
「ひょっとしたら、今頃勉強に集中してるやもしれんな」
「…………無いな」
机に向かい、はちまきを締めて勉強に取り組む奈美。
一欠片も想像出来なかった。
「てか、あいつ最近姿を見てないんだよ。夕飯もたかりに来ないし」
「妙だな。もしや何かあったのでは?」
「……ちょっと聞いてみるか」
ハルは再び携帯を操作し、電話をかけてみた。
『もしもし?』
「ああ、秋乃か? ちょっと聞きたいんだけど」
『私の夏休みの予定?』
「聞いてどうするよ」
『一緒に旅行、とか?』
「夏休みに兄妹二人で旅行は、流石に寂しすぎるだろう」
『良いじゃない。お兄ちゃんと私で、一夏のアバンチュール』
「……言葉は正しく使おうな。どう転んでも洒落にならんぞ、それ」
『冗談よ。半分は』
残りは……聞きたくない。
「聞きたいのは奈美の事だ。あいつを最近見かけないんだけど」
『あれ、聞いてないの?』
「何か知ってるのか?」
『奈美は今、寮に監禁されてるのよ』
衝撃の事実だった。
「さ、さらりととんでもない事言うな。何だよ監禁って」
『言い方が悪かったね。監禁じゃなくて、軟禁が適当かも』
どっちもろくなものじゃない。
「とにかく、順を追って話してくれ」
『あのね、うちの学校明日から期末試験が始まるのよ』
「ああ」
『でね、奈美はお兄ちゃんも知っての通り……あれでしょ?』
「まあな」
『流石に一年の一学期から赤点追試補習のコンボは、学校も避けたいらしくて』
「……大体読めてきた」
『一週間くらい前から、睡眠時間以外は勉強漬けの生活を義務づけられたの』
学校ぐるみとは、流石は奈美だ。
「事態は理解した。それで、あいつは……いけそうか?」
『……シスターは最近毎日お祈りしてるわ』
まさに神頼み。
『そう言う訳だから、奈美が家に帰るのは試験が終わってからになるわね』
「分かった。まあ、頑張るように言ってくれ」
『……私も試験なんだけど?』
「お前に関しては、何の心配もいらないだろうよ」
ハルは秋乃の答案に、×印が付いているのを見たことがない。
出来の良すぎる妹を持って、正直肩身が狭かった位だ。
「まあ精々ミスらず頑張れよ」
『……うん、ありがとう』
ハルは秋乃との通話を終えた。
「って事みたいだ」
「試験は明後日からか。私の試験は明日で終わりだから、私もやるか」
「何を?」
「……祈るのだろ?」
本気で心配していた。
数日後。
「やったぁぁぁ。全部赤点無しだよぉぉぉ!!」
「……これは、ある意味凄いかも」
秋乃は奈美の答案を見て、ため息混じりに呟いた。
国語、数学、英語、物理、科学、歴史、世界史etc……。
全ての教科が、赤点ラインの30点ピッタリだった。
「ギリギリでも何でも、クリアした者勝ちよ!」
「それはそうだけどね」
「秋乃はどうなのよ?」
「えっとね、ミスは無かったよ」
秋乃に渡された答案を見て、奈美は思わず目を疑った。
「……た、確かにミスは無いわね」
「お兄ちゃんにミスするなって励まされたから、気合い入っちゃった♪」
嬉しそうに微笑む秋乃。
その答案は、文句なしの満点だった。
試験が終わり、待望の夏休みがやってくる。
今はほとんどの学校が二学期制を導入していると思います。
ただ作者は三学期の世代なので、この小説は三学期制と言うことで。
期末テストは辛い記憶しかありませんが、何故かどんな出来でもテスト返却の時間だけは楽しかったです。
友達と勝負したり見せっこした、あの時を思い出しました。
何はともあれ、無事に夏休みを迎えられる奈美。
これから、夏休み編に突入です。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。