季節外れの運動会(2)
ついに開幕した真夏の運動会。
灼熱の戦いを制するのは、果たしてどの商店街なのか。
「宣誓!
我々選手一同は、スポーツマンシップにのっとり、
ありとあらゆる手段を使い、時に外道と蔑まれようとも、
勝利のため修羅になることを厭わず、肉親の情すら忘れることを誓います」
「…………スポーツマンシップ何処行ったよ?」
長期旅行中のようです。
ここからは、ダイジェストでお送りします。
男子100m
「ぬぅぅ、まさか儂が二着とは」
「流石の格さんも、歳には勝てぬと言うことじゃな」
「……世界レベルの選手と写真判定の時点で、充分ですって」
もう一人の代表選手は、四着という突っ込みにくい結果だった。
女子100m
「いえ~い、ぶっちぎりの一ば~ん♪」
「こ、この女、非公式だが十秒切ってたぞ」
「蒼井、気にしたら負けだよ」
「……おや、あそこで騒いでいるのは、ローズ殿では?」
ハル達が視線を向けると、
「私は女よぉ。性別詐称? 確かに付いてるけどぉ、心は女だってばぁ~」
「…………………」
審判に猛講義をしているローズの姿が。
「……私が出ましょう」
ため息をついて、ローズの元に向かう千景。
何やら話した後、替わりにレースに出場。
「ふぅ、こんなものですかね」
「うわぁ~千景さん速~い」
「あ、あの女、非公式だが八秒位で走ったぞ」
「……後半流してたな」
「縮地じゃな。あの若さで嗜むとは、末恐ろしいおなごじゃ」
反則的なのは、自分達の様な気がしてきた。
借り物競走
「えっと、借り物は……」
メモに辿り着いたハルは、借り物を確認する。
一瞬考え、芍薬商店街本拠地に。
「お、若いの。お題は何じゃった?」
「綺麗な女性です」
瞬間、何とも言えぬ空気が漂った。
「まあ、ハル君がどうしてもと言うのなら」
「仕方ないわね。手伝ってあげるわよ」
「もう、ハルちゃんたら、綺麗なんて嫌だわぁ」
「……頑張ります」
一斉にハルへ視線を向ける女性陣プラス一名。
何という緊張感。
迂闊に言葉を発すれば、間違いなく地雷を踏む。
ここは、と紫音に視線を送るが、
「(無理だ。私では綺麗、と言う条件をクリア出来ない。ここは腹を括るが良い)」
冷静な彼女に拒否された。
こうしている間にも、勝利が遠ざかっていく。
負けたら後が怖い。
勝利最優先の思考でハルが選んだのは、
「奈美、頼む」
「ふふん、仕方ないわね」
口ではそう言いながらも、嬉しそうに奈美はハルの元に進み出る。
「俺の足じゃもう間に合わない。頼めるか?」
奈美を選んだ理由は、ハルをおぶっても一着になる可能性があるからだ。
だが奈美は、
「任せてよ。さあ、行くわよ」
何故かハルを前に抱きかかえた。
まさかのお姫様抱っこ二回目だった。
「ち、違う。おんぶを……」
「飛ばすわよぉぉぉぉ!!」
その言葉通り、奈美は快足を飛ばして見事一着でゴールした。
「……どちらが借り物ですか?」
審判の言葉が胸に刺さった。
次の走者は蒼井。
ビリでメモを取ると、芍薬商店街本拠地に向かってきた。
「蒼井もか……今度の借り物は何だ?」
「うむ、胸の小さい成人した女だ」
「「千景さん、お願いしますっ!!」」
「…………死にたいようですね?」
怖かった。
結局柚子が選ばれたのだが、
「……成人ですよ?」
年齢を証明するのにひたすら時間がかかった。
玉入れ
「先手必勝です、奈美っ!!」
「合点承知! てりゃぁぁぁぁぁ!!!」
奈美は全力で、玉を投げつけた。
……他のチームの選手目掛けて。
次々とあがる叫び声は、一分と経たずに消え果てた。
今グランドに立っているのは、芍薬商店街の選手だけ。
「さあ、今のうちに玉を入れてしまいましょう」
「……そんなのありかよ」
「相手選手を攻撃してはいけない、何てルールは存在しませんので」
スポーツマンシップの早期復帰を願わずにいられない。
玉入れは、芍薬商店街の一人勝ちだった。
綱引き
もはや語るまでもない。
奈美とローズが居る時点で、勝敗など見えているのだから。
その後も競技は進む。
芍薬商店街の圧勝かと思われたが、そうは問屋が卸さない。
選手には出場できる競技に制限があった。
そうなると高齢化が進む芍薬商店街は、途端に劣勢に立たされる。
若い衆も頑張ったのだが、戦力差は翻しようがない。
最後の種目、リレーを残し、芍薬商店街は団子状態の三位につけていた。
「さて、いよいよ最後の種目です」
「点数は僅差。これの勝者がそのまま優勝ねぇ」
「……被害は甚大だけどね」
絶え間なく救急車のサイレンが聞こえてくる。
この暑さの中、激しい運動を続ければ当然、体調を崩す選手が続出。
芍薬だけでなく、牡丹、百合、彼岸花も相当な人数が緊急搬送されていた。
「まさか、みっちゃんと格さんまでダウンするなんて……」
「いや、一番危険だったと思うぞ。最初から」
芍薬商店街トップ二人も、無念のリタイア。
騎馬戦に二時間も費やしたのが原因だろう。
「とにかく、残りの選手でリレーメンバーを選ぶしかありませんね」
「男女各二名ずつ選出……。女性は確定ですね」
このリレーに関しては、出場制限が解除される。
奈美と千景の二人は文句なしの選出だろう。
「ですが、問題が一つ。実は100mを走った選手は、リレー出場禁止らしいのです」
「何でそんなルールが……」
「みっちゃんと格さん対策でしょうね。道理でどちらも配点が高い訳です」
「じゃあ、千景さんと奈美は出れないと……」
ハルの確認に頷く千景。
このリレーは四人の男女混合。
現在残っている女性はと言えば……。
「柚子と紫音だけか……」
「私を忘れてないかしらぁ?」
「出場禁止だったことを忘れて無いか?」
女性メンバーは確定した。
「後は殿方だな。殆どが今病院にいるから、出場できるのは……」
「蒼井と俺、それに……」
一応視線を向けるが、顔の前で手を×に交差する。
ローズは男性の種目には、意地でも出ないつもりらしい。
「となれば、蒼井とハルに決まりね」
勝ち目が欠片も見えない。
運動が得意なメンバーが、一人として加わっていない。
選手層の薄さがここに来て響いた。
選手の呼び出しがかかり、ハルがグラウンドに向かおうとすると、
「……ハル君、ちょっと」
千景が手招きをして呼び止めた。
「一つ、アドバイスをしましょう」
「はぁ」
「本気で走ってご覧なさい」
どこがアドバイスなのだろうか。
「そりゃ全力で走りますけど」
「結構です」
謎の言葉にハルは首を傾げながら、グラウンドへと向かった。
「位置について、よ~い」
パァァン
最後の競技、男女混合リレーが始まった。
第一走者紫音……ビリの四着でバトンパス。
第二走者蒼井……同じく四着でバトンパス。
第三走者柚子……少しだけ差を詰めた四着でバトンパス。
スウェーデンリレーの本レース。
勝負の行方は、アンカーハルの400mに託された。
「ああ、もうトップと100m位離れてます」
「ちょっと厳しいかもねぇ」
悲観的な奈美とローズ。
だが、
「……さて、それはどうでしょう」
ただ一人、千景だけは不敵な笑みを浮かべていた。
最終走者の走りに、各商店街の応援もヒートアップする。
それぞれが自分のチームの走者に、声援を送る。
しかし、その声援の中に、戸惑いのようなどよめきが混じり始めてきた。
次第にそのどよめきは大きくなり、やがて声援を飲み込む。
全員の気持ちはただ一つ。
『あれは一体何なんだ?』
「……やはり、モノマネ出来ましたか」
千景は予想通り、と言った感じで表情を変えずに呟く。
視線の先には、凄まじい速さで走るハルの姿があった。
「ハル……凄い」
「驚いたわねぇ。トップの選手、捕らえそうよぉ」
ローズの言葉通り、300mを通過する辺りで、ハルは二着まで順位を上げていた。
「あれ、千景ちゃんのモノマネ?」
「確かみっちゃんが縮地とか言ってましたね」
「ええ。特殊な足運びで、距離を縮めるかのように高速移動する技術です」
「なるほどねぇ。だからあの時、ハルちゃんに見せたのねぇ」
「……見えてはいなかったと思いますけどね」
ローズに聞こえないよう、千景は小さく呟いた。
その後、ゴール直前でハルがトップの選手をかわす。
僅かな差だったが、芍薬商店街が見事一着に輝いた。
この結果、芍薬商店街は実に十何年ぶりの優勝を勝ち取ったのだった。
「……ひとまず、今日はこのまま解散します。みんな、よく頑張ってくれました」
「被害甚大だもんねぇ。祝勝会はまた今度ねぇ」
蒼井は慣れない運動で腰を痛め、緊急搬送。
ハルはゴール後に倒れ込み、緊急搬送。
柚子も大会本部テントで、酸素吸入器で治療中。
「リレーメンバーで無事だったのって、紫音だけだもんね」
「あの三人は己の限界まで力を振り絞った。私はまだまだだ」
運動会優勝こそ果たしたが、約半数を失う厳しい戦いだった。
「では解散しましょう。しっかりクールダウンしておきなさいね」
「キチンとやらないとぉ、筋肉痛が酷いわよぉ」
「大丈夫ですよ、まだ若いですから」
ピクッ
千景の顔が僅かに引きつる。
「駄目よ油断しちゃ。筋肉痛に年齢は関係ないのよぉ」
「そ、そうです。奴らは油断したとき、そう、二日後三日後に突然……」
「確かに年齢は関係ないな。私ももう、足に痛みが出ている」
ピクゥゥゥ
紫音の言葉に、千景の顔が一段と引きつる。
「あら、じゃあ帰ったら私がストレッチ手伝ってあげるわよ」
「そうか、かたじけない」
「それでは千景さん、ローズさん、お疲れさまでした~」
奈美と紫音は笑顔で事務所に帰っていった。
後に残された千景の肩に、ローズは慰めるように手を置く。
「……剛彦、今夜空いてますか?」
「付き合うわ、何時間でも」
「……あれが、若さか」
真夏の運動会は幕を降ろした。
色々な人に、色々な傷痕を残して。
炎天下での運動は、熱中症などのリスクが高く、大変危険です。
夏の運動は、朝か日が沈んでから行いましょう。
作中で出てきた「縮地」ですが、世間一般で言われているものとは異なります。
この世界では、目にもとまらぬ速さの移動技術と思って下さい。
筋肉痛、作者も最近運動後三日後くらいに来るようになりました。
若さが懐かしいです。
運動会はこれにて閉会。
物語も少しずつ、現実の季節に追いついてきました。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。




