野球おわろうぜ(3)
遂に始まった因縁対決。
果たして勝負の行方は如何に。
野球編完結です。
試合が始まった。
芍薬商店街は後攻。ハル達はグラウンドの守備位置につく。
マウンド上には、御歳八十五歳のみっちゃん。
「投球練習は不要じゃ」
無駄に格好良かった。
『プレイボール!!』
審判の声と共に、最初の打者が打席に入る。
「……あの人、去年引退した元プロ野球選手だ」
確か全盛期に首位打者も取った名選手。
いきなりとんでもない敵だ。
だが、マウンド上のみっちゃんは余裕の表情。
「まずは肩慣らし。いくぞ、格さんや」
ゲートボールでも始めそうな様子で、みっちゃんは投球モーションに入る。
押せば倒れそうな細いから身体から、ボールが投げられた。
シュゴゴゴゴゴゴゴ、ドパァァァァン
『ストライ~ク』
「…………はいっ?」
思わず目を疑う。
ボールは凄まじいうなりを上げ、格さんのミットに納まっていた。
慌ててハルは電光掲示板を見る。
164km。
先日観戦してきたメジャーリーグのピッチャー以上の剛速球だ。
「おいおい家光よ。年々遅くなってるぞ、もう歳か?」
「笑わせるな牡丹の。まだ肩慣らしじゃよ」
唖然とするハルに、追い打ちを掛ける老人二人のやり取り。
「…………世界は広い」
剛速球で次々に三振を取るみっちゃん。
結局相手は一球もバットに当てられず、攻撃を終えていた。
「みっちゃんや、少し球が浮いとるぞ。丁寧に低めをついていこうや」
「ああは言ったが歳かな。足腰に粘りが足りんわい」
ベンチでは怪物爺さん達が打ち合わせ。
あの剛速球を難なく捕球する格さんもただ者じゃない。
と、ここでハルにある疑問が浮かぶ。
「……何でこの人達が居て勝ち越して無いんだ?」
相手も凄いが、この二人は正直チートだ。
打たれる姿が全くイメージ出来ない。
その疑問は、
「流石にお年ですから。九回を投げきれないんです」
千景の言葉で解決した。
「どの試合も、御大が降板してからは大量失点をしています」
「そりゃそうでしょう。普通の人じゃ、あの面子は抑え切れませんし」
「ですので、試合は結局乱打戦になります」
「つまり勝負を握るのは……」
「私達と言うことです。さあハル君、出番ですよ」
スッとバットを差し出す千景。
そう言えばハルは最初のバッターだった。
「モノマネ、いけそうですか?」
「大丈夫だと思いますけど、体調は最悪です」
「ならハルさん。これを飲んでください」
横から声を掛けた柚子が、ハルに一本のドリンクを差し出す。
「私特製の栄養ドリンクです。元気はつらつです」
「あ、ああ、じゃあ頂きます」
ごくりと飲み干すと、途端に身体中が熱くなる。
疲れなど吹き飛び、力が溢れかえってきた。
「こりゃ凄い……けど、随分即効性があるんだな」
「それは、私の秘伝レシピですから♪」
「……副作用とか、無いよな?」
「……………………」
「黙るなよっ! 何か凄い不安になるから」
「……ほらハルさん。審判の方が呼んでますよ」
あからさまに話題を逸らした柚子。
小一時間ほど問い詰めたいが、相手を待たせるわけにもいかない。
果てしない不安を抱えながら、ハルは打席へと向かった。
左打席に立つと、ハルは精神を集中する。
異国の地で活躍をする、天才バッターのモノマネ。
スタジアムの観客が僅かにざわめく。
「あ、私知ってますよ。あれ、ユン○ルのCMに出てる人の真似ですよね?」
「そっちですか……まあその通りです」
他にもヨーグルトやらネットやらに出演中です。
「外見は完璧ねぇ。後は中身だけどぉ」
一同が見守る中、注目の初打席。
相手のピッチャーが投じた外角の速球を、ハルは逆らわずに流し打つ。
「「おぉぉぉぉぉ!!」」
ハルの振り子打法に、客席が沸いた。
鮮やかなレフト前ヒットだ。
「あの若いの、やりおるわい」
「血が騒ぐのぅ」
クリーンナップ二名に火がついた。
燃え尽きないように祈るだけだ。
次の打者は紫音。
幼い少女の登場に、相手からは失笑が洩れる。
だが、
『ボール。フォアボール!』
まさかの四球。
「あの小ささで、更に屈んでますから、ストライクゾーンは極めて狭いです」
「甲子園優勝投手もまだまだ小童。精密なコントロールは甘いのぅ」
着々とランナーをためる芍薬チーム。
その後、格さん、みっちゃん、ローズが連続でヒットを放つ。
先制点を奪い、尚もチャンス。
そして打席には、
「よ~し、私の出番ね」
やる気満々の奈美が立った。
果たしてルールを憶えられたのだろうか……。
「奈美、分かってるよな?」
「任せてよハル。ボールを打って、あの壁を超えれば良いのよね♪」
さらりとホームラン予告。
明らかに相手投手の顔色が変わる。
そして投じられたボールは、
「「ビーンボールだっ!!」」
顔面向かって一直線の危険球だった。
150km近い速球が、奈美の顔に直撃……しない。
「てりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
「「大根切り!?」」
奈美がバットを思い切り振り下ろす。
ボールはまるでピンポン玉のように、勢いよくスタンドへ。
そのまま壁の看板にめり込んだ。
「……んなアホな」
これには流石にチート老人達も唖然。
「上には上がおるのぅ」
「末恐ろしいお嬢ちゃんじゃ」
あまりの光景に静まり返った球場。
その中、奈美はベンチに向かって尋ねる。
「ねえ、この後どうするんだっけ?」
相手の心を折るに充分な言葉だった。
野球のルールも知らない素人が、あれだけのプレーをやってのけた。
すっかり意気消沈した牡丹チーム。
もはや大勢は決した。
『必殺、ワンバウンドボール打ち!』
ハルが少し調子に乗る。
『降霊術……偉大なる野球選手の霊達よ、私に力を貸して欲しい』
紫音がチート技を披露する。
『ふぁっふぁ、若かかりし頃の血が騒ぐわい。ええい、この紋所が目に入らぬかぁぁ!』
格さんが芍薬商店街のトレードマークを掲げる。
『秘技流星打法じゃぁぁ!!』
みっちゃんは説明不要。
『みんな元気ねぇ。じゃあ私は、繋ぐとしますかぁ』
ローズが大きな体に似合わぬシャープなバッティングをする。
『ぶーぶー勝負しなさいよ~。え、敬遠? 何それ美味しいの?』
奈美は完全に勝負をして貰えない。
『甲子園優勝、立派です。でも、未成年の飲酒はいけませんよ……ねぇ?』
千景が逆ささやき戦術で絶好球を要求する。
『集中力強化薬と筋力増強剤。これなら私だって……』
柚子が隠す気全くないドーピングで、ボールを弾き返す。
『この全自動大リーガー養成ギプスを装着すれば、吾輩は何もする必要が無い』
蒼井が人間の可動域を超えた動きを見せる。
何というか、試合は一方的だった。
大量得点を得たみっちゃんは、ますます調子を上げていく。
「いい感じじゃわい。久しぶりに乗ってきたぞぅ」
最高球速170kmを記録したみっちゃん。
パーフェクトピッチングのまま、五回でマウンドを降りる。
「ピッチャー交替。みっちゃんに替わって、奈美」
替わりにマウンドに上がった奈美。
「格さんの手を目掛けて投げれば良いのよね。行くわよぉ!」
シュゴゴゴゴゴ、ドスゥゥゥン
みっちゃんに勝るとも劣らぬ速球を披露する。
「ピッチャー交替。奈美に替わって、剛彦」
次の回はローズがマウンドに上がる。
「一球でもバットにかすったら褒めてあげるわぁ」
キュィィィィィン、スパァァン
物理法則を無視した変化球で、相手を翻弄する。
「ピッチャー交替。剛彦に替わって、ドクター」
その次は蒼井がマウンドに上がる。
「くっくっく、行くぞ。消える魔球だぁぁ!!」
蒼井の放ったボールは、ミットに納まることなく消えた。
「「おぉぉぉぉぉ!!」」
観客席が驚愕に沸く。
「……おい、蒼井。ボールは何処に行ったんだ?」
「言っただろう、消える魔球と。時空湾曲装置で、この次元から消したのだ」
「「アホかぁぁぁぁ!!」」
「……ピッチャー交替。馬鹿に替わって私」
結局蒼井は一球もストライクを取ることなくマウンドを降りた。
千景の小刻みな継投により、牡丹商店街は完全に打線が沈黙。
最終回は、ハルがついでにモノマネしてきた、ナックルボールでトドメ。
『ゲームセット。七十四対ゼロで、芍薬商店街チームの勝利!』
歴史的大勝利で、野球勝負の幕は降りた。
「ふぁっふぁっふぁ、いや~目出度い」
「こんな快勝は、長い歴史でも初めての事じゃよ」
依頼主の二人はご満悦の様子。
「……なんか、途中から可哀想になってきたよ」
「私もだ。完全に彼らの牙は折れていた」
「戦う気力が無くなった相手では、流石に吾輩も気勢を削がれたぞ」
「途中から何か泣いてたわよ」
「ちょっと、やりすぎましたね」
ハル、紫音、蒼井、奈美、柚子は素直に喜べない。
だが一方で、
「悪くない勝利です。これで今後の対戦も、優位に進められるでしょう」
「勝つときは徹底的にが基本ねぇ。もう少し抵抗して欲しかったけどぉ」
千景とローズは満足げに勝利を味わう。
まるっきり悪役の様だ。
何はともあれ、ハピネスの依頼は完了だ。
一行は球場を後にする。
その道中、
「……あの~みっちゃん。一つ聞いても良いですか?」
「ふむ、何じゃい?」
「どうして芍薬商店街と牡丹商店街は仲が悪いんですか?」
ハルはずっと疑問だったことを尋ねてみる。
「若いの、こういう言葉を知っておるかな? 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花、と」
「はあ、まあ一応は。確か美人を形容する言葉だったと思いますけど」
みっちゃんはハルの答えに頷く。
「うちの芍薬、奴らの牡丹は、その言葉から取られたもの何じゃ」
「なるほど。で、それが何の関係が?」
「立ち姿と座り姿……どっちが美しいか、と意見が分かれてのぅ」
「…………」
「最初は口論だったんじゃが、次第に対立は過激になった」
「…………」
「死者が出るようになって、互いに協定を結び、スポーツで優劣を競うようになったんじゃ」
あまりに子供じみた理由に、ハルは脱力する。
他のメンバーも知らなかったのか、同じように呆然とした顔をしている。
「そうじゃ、若いの。お主はどうだ? 立ち姿と座り姿、どっちが好みじゃ?」
「……歩く姿です」
疲れた。
本当に、疲れた。
酷いオチですね。
反省しております。
この小説、一応ストーリーと言いますか本筋の様な物があります。
まだ全然話が進んでおりませんが、そろそろ動かしていこうと思います。
基本は馬鹿話をやりつつ、その間に挟んでいく予定です。
次回もまたお付き合い頂けたら幸いです。