野球やろうぜ(1)
千景に招集を掛けられたハピネスの面々。
何事かと身構える彼らに、千景の口から告げられた事とは……。
ある日の夕方。
ハピネス事務所には、いつもの面々が集まっていた。
と言うよりも、集められていた。
突然の招集に首を傾げる一同を前に、
「みんな、野球をやりましょう」
千景は全く似合わない爽やかな笑顔を浮かべて告げた。
「野球……ですか?」
事態が飲み込めない奈美が尋ねる。
「そうです。野球、英語で言えばベースボール。貴方の想像通りのスポーツです」
「でもぉ、どうして急に野球をするなんて言いだしたのぉ?」
ローズが全員の気持ちを代弁する。
「まあ当然の疑問ですね。実は依頼があったのです。野球の助っ人をお願いしたいと」
「誰からです?」
「芍薬商店街の会長さんからです。今日の昼間、直接依頼に来ました」
ハルの問いかけに千景は答える。
芍薬商店街は、ハピネスが事務所を構える通りにある。
デパートなど大型店舗が遠い地元にあって、そこそこ賑わっている。
「今週末、牡丹商店街と草野球の試合があるらしいのですが……」
千景の説明はこうだ。
芍薬商店街と牡丹商店街は、場所が近い事もあり長年ライバル関係にあるらしい。
巨人と阪神、ルパンと銭形、トムとジェリー……最後は少し違うか。
とにかく、売り上げやその他で長年競い合ってきた仲なのだ。
今週末に行われる草野球もその一つ。
当然芍薬商店街も精鋭メンバーで挑む筈だったのだが。
「少々トラブルが起き、人数が足りなくなったそうなのです」
「トラブルですか?」
「肉屋魚屋が食中毒、薬屋が風邪、鍼灸院が腰痛など、不幸な事故が相次ぎました」
最初の二つは洒落になりませんって。
「ですので、足りない分を私達ハピネスのメンバーで補って欲しいと言う訳です」
「お話は分かりましたけど、何人くらい足りないんです?」
柚子が尋ねる。
「無事なメンバーは二人、つまり七人足りません」
「「過半数超えたっ!!」」
もはやそれはチームハピネスと呼ぶべきだろう。
「今回は棄権した方が良いのでは?」
「私もそれを勧めましたが……牡丹商店街へのライバル心は相当なものでして」
「意地でも戦い、そして勝利すると、その会長殿は譲らなかったのだな」
紫音の言葉に千景は頷いて肯定する。
「とにかく引き受けた以上、それは正式な依頼。私達は全力で遂行するまでです」
千景が断言したのなら、もうこれ以降の議論は無用だろう。
どうあがいても、結局やることになるのだから。
「では早速、作戦会議に移りましょう」
ハピネスの野球助っ人作戦は始動した。
「まず、野球のルールを知っている人?」
「「は~い」」
まず、紫音と奈美が脱落した。
「次に、過去にどの様な形でもいいので、野球をやったことのある人?」
「「は~い」」
柚子と蒼井が脱落した。
「最後に、実は野球得意で自信あるぜ! って人?」
「はぁ~い♪」
そして、ハルが脱落した。
残ったのはローズ一人。
うん、無理だ。
「なるほど……戦力としては充分ですね」
どこが?
「私と剛彦が即戦力。奈美はルールさえ憶えれば充分戦えるでしょう」
それが一番難しい気もしますが。
「柚子とドクター、それに紫音は卑怯な手段を選べば問題ないですし」
さようなら、スポーツマンシップ。
「そしてハル君。貴方には万能選手としての活躍を、期待していますよ」
「んな無茶な。俺は学校の授業で少しやったことがある位で」
「心配ないわよぉ。ある意味ハルちゃんが一番ずるいんだからぁ」
「なんでさ?」
「プロ野球も開幕しましたし、お手本は選り取り見取りですから」
納得です。
「今日は水曜日ですから、土曜の試合まで後三日もありますね」
「三日しか無いですよ」
「充分です。私が各人に必要なトレーニングメニューを作りましたから」
千景は音と奈美に何やら紙を渡す。
「二人はまず、ルールを憶えてください。それに書いてある事だけ結構です」
「承知した」
「了解です……あれ、千景さん。紫音と私の紙、内容が違いますけど?」
「……個人の力量にあったメニューを選びました」
「ああ、なるほど」
「ちょっと、どういう意味よ!」
「そのまんまの意味だ」
紫音に渡された紙には、野球のルールが細かく記されている。
一方の奈美の紙には、
『相手が投げたボールを、手に持った棒でぶっ叩きましょう』
等々、凄まじく奈美用にカスタマイズされた説明文が箇条書きにされていた。
ルールと言うよりも、何かの説明書の様だ。
「細かい事はその都度教えますから、まずその紙に書いたことだけ憶えてください」
「乱闘になったときは、一番優れた選手を集中的に狙う……なるほど」
間違いなく奈美専用だった。
「柚子とドクターには、三日間でこれを用意して頂きたいです」
千景は二人にも何やら書かれた紙を渡す。
「……千景ちゃん、一つ確認しても良いかな」
「どうぞ」
「ドーピング検査の可能性は?」
柚子さん、草野球ですって。
「勿論あります。両商店街にとっては、正に天下分け目の決戦ですから」
……あるんだ。
「分かったわ。ちゃんと陰性になるように、細工しておくね」
「頼りにしてますよ、柚子」
力の入れ方を激しく間違っている気がする。
「吾輩も聞きたいことがあるぞ」
「どうぞ」
「予算はどの位だ?」
「そうですね…………こんなもので」
パチパチとそろばんを弾き、蒼井に見せる。
「ふん、充分だな。吾輩の傑作達を楽しみにしているが良い」
「頼みますよ、ドクター」
もう完全に野球の話じゃない。
「剛彦は商店街メンバー二名と共に、試合に向けて調整をして下さい」
「良いわよぉ。その二人、若い子だと嬉しいんだけどぉ」
「……商店街会長が御歳八十五歳。もう一人の副会長が七十歳です」
マスターズリーグですね。
「二十代、三十代の主力選手達は、先程言ったようにリアイアですので」
「計略を疑うレベルですね」
「……否定はしません。何でも昔は、試合前によく死者が出ていたらしいですから」
スポーツマンシップよ、帰ってきてくれ。
「でもぉ、スタメンに入っていた位だしぃ、野球は得意なんじゃない?」
「その通りです。若い頃は単身アメリカに渡り、ブイブイ言わせていたそうです」
「ならぁ、思い切りやれそうねぇ」
「ええ。方法は貴方に任せますので、きっちり仕上げてきて下さい」
「うふふぅ、お・ま・か・せ♪」
御大方、どうかご無事で。
「さて、最後になりましたが……ハル君が実は一番厳しいスケジュールです」
「何故です? プロ野球を観戦すれば良いんですよね?」
その後練習するのは当然だが、さほど厳しい日程では無いはずだ。
ハルの疑問に、千景は静かに切り出す。
「貴方のモノマネは、あくまで技術の模倣。身体が強くなるわけじゃありません」
「ですね。だから重量上げとか真似しても、あんまり効果は無いです」
身体の使い方は真似できても、身体はハルのもの。
筋肉が増える訳でも無いので、特に力業関連のモノマネは意味が薄い。
「プロの野球選手は、技術の根本に鍛えられた肉体があります」
「まあ、そうですね」
近くで見るとよく分かるが、プロの選手は体付きが凄まじい。
肉厚、と言うのだろうか、とにかくがたいが良い。
腕や足の太さを見れば、身体に纏う筋肉が容易に想像できる。
「本来ならハル君の肉体を鍛えるのが理想的なのですが、時間が足りません」
「今日を入れて三日しかないですからね」
「そこで、ハル君には世界最高峰の技術を真似て貰うことにしました」
「……はい?」
「あの人の技術なら、ある程度の筋力不足は補える筈ですから」
「えっと、一応聞いておきますけど……誰です?」
千景は質問に答えず、ハルに封筒を手渡す。
「……パスポート、飛行機のチケット……それとこれは……」
「西海岸ですので、見て直ぐ帰ってくれば間に合いますね」
「いや……それはそうですけど……」
「空港までは鈴木が送ります。今すぐ出発して下さい」
目がマジだった。
「時差ボケに気を付けて。機内での時間で、上手く調整して下さいね」
もう逃げることは敵わない。
ハルは実は人生初の、海外旅行へと旅立つことになった。
凄まじい強行日程だが。
ハピネスの一同は、それぞれ試合に向けて自分のやるべき事をこなす。
そして、試合の日がやってきた。
草野球編スタートです。
ハルがモノマネしに行く選手は、みんなご存じあのお方です。
今年は200本厳しそうですが、最後まで諦めないで欲しいですね。
過半数が素人のハピネス。
果たして依頼を達成できるのか。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。