手料理にご用心
ハルの負傷を知った秋乃。
それだけで心配なのに、更に奈美が暴走を始め……。
「えっ、お兄ちゃんが怪我?」
授業の合間の休憩時間。
奈美から聞かされた言葉に、秋乃は驚いた。
「うん、この間の依頼で。まあ、大したことは無いみたいだけど」
「そう……打撲とか捻挫なの?」
「右手の複雑骨折だって」
「重傷じゃないのっ!!」
思わず突っ込む秋乃。
どうも目の前の友達は、基準がずれているようだ。
「でも三日もすれば治るって言ったし」
「骨折……なのよね?」
普通何週間かかかる筈だが。
「うちには柚子さんって言う、凄い優秀なお医者さんがいるのよ」
「骨折を三日で治せるお医者さん……」
「凄かったのよ。こう、手をパカッと切って、骨をパズルみたいにくっつけて」
あの後ハルに施されたのは、もはや応急処置の域を超えた治療だった。
手を開き、骨を並べ直し、特製の薬品を骨折部に塗っていく。
『これで大丈夫。今夜は死ぬほど痛みますけど、三日後にはすっかり元通りです♪』
天使のような笑顔で、悪魔のように残酷に告げる柚子。
その夜、ハルの絶叫が夜通しアパートに響いた。
「今日が二日目だから、明日我慢すれば治ってる筈よ」
「でも利き手が使えないと不便よね。日常生活にも支障が出るだろうし」
「そうなのよ。料理も出来ないから、私はハルの料理お預けだし」
ぴくっと秋乃の耳が動く。
「お兄ちゃんの料理って?」
「毎日ハルに夕ご飯作ってもらってるのよ。言ってなかったっけ?」
「初耳ね。そう、お兄ちゃん……」
何やら黒いオーラが秋乃の全身からほとばしる。
ただならぬ気配に、思わず奈美は後ずさり。
「で、でも料理って言っても、普通の家庭料理よ」
「家庭料理……良いな~。お兄ちゃんの手料理……良いな~」
立ち上るオーラ。
怖い。普段大人しいからこそ、この雰囲気は怖い。
「あ、秋乃だって食べたことあるでしょ?」
「無いよ。今まで一度も」
「どうして? ハルって結構面倒見良さそうだけど」
「……だって、私の方が料理上手かったから」
ジレンマここに極まれり。
優秀すぎるのも考え物だ。
「なら今度作ってもらおうよ。頼めば作ってくれるって」
「そう、よね。うん、そうに決まってる。よし、そうしよう」
自己完結完了。
黒いオーラは消え去り、秋乃は満面の笑みを奈美に向けた。
「でも心配だわ。お兄ちゃん食事はどうしてるんだろ」
「確かカップ麺とか言ってたわよ。左手じゃ箸が使えないから、フォークでって」
「ん~、あまり身体に良く無さそうね」
「精々三日四日だから心配いらないと思うけど……あ、そうだ!」
何かを思いついたようだ。
「私が料理を作ってあげれば良いんだ」
「え゛っ!?」
「何よその反応は?」
「だって奈美……料理出来ないでしょ」
「どうしてよ。私秋乃の前で料理した事無いでしょうに」
「だってこの間……」
『ねえ秋乃。お弁当少し分けて。このレタスの千切りでいいからさ』
『……これ、キャベツよ』
『秋乃、これ茹で過ぎよ。ブロッコリーが白くなっちゃってるじゃない』
『…………それ、カリフラワーよ』
『あれ、秋乃。この大根、隠し包丁してないの?』
『してるけど……味染みてなかった?』
『だって、包丁入ってないわよ』
『………………』
「料理……出来ないわよね?」
「う、うう」
実例をあげられ、奈美はぐうの音も出ない。
「今回は大人しくしててね。今度ちゃんと料理を教えてあげるから」
「大丈夫よ。「料理は愛情」だって偉い人が言ってたもん」
胸を張る奈美。
「それはまた別の話……っていうか、奈美はお兄ちゃんに愛情があるの?」
「…………」
秋乃の言葉に、奈美は思わず言葉に詰まる。
好きか嫌いかと言えば、好きだ。
だがそれが「Like」か「Love」かと言われると……。
乙女心は複雑だった。
「ふむ、まだハッキリ意識してないけど、脈はあるって感じね」
その様子を見て、秋乃は鋭く分析する。
美しい漆黒の瞳に見つめられ、奈美は頬を赤く染める。
「べ、別に秋乃には関係……無くはないけど」
「あるわよね? じゃあその辺の話を詳しく……」
「じゃ、じゃあ私ハルの所に行くから、ばいば~い!」
詰め寄る秋乃を振り切り、奈美は一目散に教室から離脱していった。
あまりの早さに、暫し呆然とした秋乃は、
「……授業、まだ残ってるのに」
取り敢えず友人為、授業のノートをとってあげようと決意した。
一日の授業が終わると同時に、秋乃は駆けだした。
私服に着替える時間も惜しいとばかりに、制服で街を突っ走る。
「奈美が出て行ってから二時間……不味いわね」
料理にもよるが、それだけ時間があれば充分完成してしまうだろう。
奈美の料理の腕は未知数だが、決して楽観視は出来ない。
何とか食べる前にくい止めねば。
「人が少ない最短ルートは……こっちね!」
商店街は夕食の買い物に来ている主婦や、学校帰りの学生が多い。
混雑を避け、最短距離でハルのアパートへと猛ダッシュ。
ローファーを履いているとは思えない速度で、ハルの元へと向かった。
「お兄ちゃんっ!!」
叫び声と同時に、ハルの部屋のドアを開け放つ。
瞬間、
「ぐ、うううう、何、この煙…………目に染みるぅ」
出迎えたのは、室内に充満した紫色の煙だった。
あまりの臭気に、ハンカチで口と鼻を覆いながら中に入る。
「お兄ちゃん、奈美、居るなら返事して」
「あ、秋乃。ここだよ~」
部屋の奥から奈美の声が聞こえる。
「な、奈美、無事なの?」
「何よそれ。丁度これから食べる所だから、秋乃も一緒にどう?」
室内の様子など気にも留めず、平然と誘う奈美。
「少しはおかしいことに気づいて」
「へっ? 何が?」
「こんな状況で食事なんて、おかしいでしょ」
「だって、この本にはちゃんと書いてあるよ。視界を悪くして食べるって」
「……あなた、何を作ったのよ?」
「えっとね、闇鍋♪」
嬉しそうな奈美に、
「とりあえず、換気しましょう」
秋乃はどっと押し寄せた疲労感に耐えつつ、窓を開けるのだった。
闇鍋。
親しい人同士、多人数がそれぞれ自分以外には不明な突飛な材料を持ち寄り、
暗中調理して食べる鍋料理。
食事というよりは遊び、イベントとしての色彩が濃く、
スリルと笑いを楽しむために行われることが多い。
「以上、出展はWikipediaよ」
「あってるじゃない」
「基本的に暗中なのっ! 鍋から出た煙で闇鍋なんてやらないのっ!」
「そうなんだ~」
「そもそも煙が出る鍋って何よ。何入れたらそうなるの?」
「えっとね、これ」
奈美が差し出した材料リストを、秋乃は確認する。
「……お兄ちゃん、箸付けた?」
「ううん、蓋を開けて直ぐに、煙をかいで気絶しちゃった」
それは僥倖。
もし食べていたら、病院ではなくお墓に直行だっただろう。
「奈美、一つだけ闇鍋をやる時のアドバイスをするわ」
「何?」
「必ず、食・べ・ら・れ・る・ものを入れなさい」
「分かったわ。それでね、秋乃?」
「何かしら」
「これ、食べていく?」
「即刻処分しなさいっ!!!」
病院に緊急搬送されたハルは、何とか一命を取り留めた。
次に彼が目覚めたときには、右手の骨折がすっかり治った後だった。
まさかの病院送りオチでした。
皆様も闇鍋をやられる際は、充分にご注意下さい。
経験談を言いますと、カレールゥがあれば最悪何とかなりますんで。
何時かハピネスメンバーで、闇鍋リベンジしてみたいです。
奈美は料理苦手です。
と言うよりも、身体を動かすこと以外は、全般的に駄目です。
これは後々出てくると思いますが、色々な事情があります。
各キャラの背景も、いずれ書いていきたいと思います。
今のところ、仕事が落ち着き執筆の時間が定期的に取れています。
それが変わるまでは、現在の投稿ペースを続けて行きたいと思っております。
これからもお付き合いよろしくお願いします。
お気に入りに登録して下さっている方が増え、大変嬉しく思います。
現在モチベーションがぐんぐん上昇中です。
少しでも良い作品を投稿できるよう、日々精進して参りますので、
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。