学力が全てでは無いけど
ハピネス事務所にテレビが設置された。
しかし、それが新たな騒動の引き金になるとは、誰も知るよしは無かった。
ある日の夕方。
ハピネス事務所はにわかに活気づいていた。
その原因は、
「へぇ~大きなテレビですね」
事務所に設置された大型テレビだった。
フルハイビジョンの液晶で、そこそこの値段がするものだ。
「しかし、良いんですか柚子?」
「ええ。私の家には大きすぎるので……」
「まさかクジで一等が当たるとは」
「そもそも商店街のクジにぃ、一等って本当に入ってたのねぇ」
まあつまり、柚子がクジで当たったテレビを、事務所に寄贈したのだった。
「ねえねえ、早速付けて見ようよ」
はしゃぐ奈美が、テレビの電源を入れる。
だが、画面は暗いまま。
「あれ、壊れてる?」
「チャンネル設定がまだ何だろ。こうやってリモコンで……」
ハルが設定を終えると、大画面に番組が映し出される。
有名なクイズ番組だ。
「あ、これ知ってる」
「お馬鹿な答えが売りの、テレビ番組ですね」
「でも本当ですかね。案外演技だと思うんですけど」
「流石にねぇ。私も疑っちゃうわぁ」
ハルとローズは苦笑する。
そうこうしている間に、テレビでは問題が始まった。
『問題、アメリカの首都は?』
『ハワイ!』
「千景よ、この者達は馬鹿なのか?」
「そう言う芸風なのです。人は自分より劣っている人を見ると、安心感がありますから」
「んな身も蓋もない」
「でも私も演技だと思いますよ。アメリカの首都が分からない大人は、普通居ませんから」
柚子も苦笑いを浮かべている。
子供ならいざ知らず、義務教育を受けた大人が知らない等あり得ないだろう。
そんな一同だが、
「本当にそうよね。アメリカの首都はニューヨークに決まってるじゃない」
奈美の言葉でピシリ、と固まった。
全員が信じられないと言った驚きの表情で、奈美を見る。
「ん? みんなどうかした?」
「あのな、奈美。冗談で言ったんだよな?」
「どゆこと?」
滅茶苦茶本気だった。
これは不味い。幾らなんでも不味い。
「奈美よ……お主は高校生だよな?」
「そうよ」
「高校には入学するための試験があると聞くが?」
「ええ、あったわ」
「それを突破したから、高校生になったのだな?」
「当然よ」
「……謎だ」
紫音は頭を抱えて悩む。
それはハル達も同じだ。
「奈美ちゃんの高校が簡単な試験だったとかぁ?」
「いや、俺の妹も同じ高校だが、結構難しいとこだぞ」
「地理だけ特別苦手かも」
なるほど一理ある。
「試して見ましょう……。奈美、水素の元素記号は?」
「元素記号……あ、分かった。水兵さん」
違う。
ちょっと惜しいけど違う。
千景は頭痛を堪えるように、頭を軽く振る。
「じゃ、じゃあ、江戸幕府を作った人は?」
「水戸黄門!」
色々違う。
ハルは力無く項垂れる。
「文学はどうだ。源氏物語の作者は?」
「……源氏さん?」
誰だよそれ。
紫音は首を小さく横に振る。
「生物はどうでしょう。人の血が赤く見えるのはどうしてですか?」
「心が通っているから」
深い……でも違う。
柚子は困った視線をハル達に向ける。
「ん~何か得意教科とかあるかしらぁ?」
「体育!!」
でしょうね。
結局分かったのは、地理以外も駄目だと言うことだった。
「でも、それならどうやって入試を合格できたんだ?」
その疑問が残る。
運やまぐれで合格できるレベルではない。
「えっとね、試験は答えを選択して塗りつぶす奴だったの」
「マークシートですね」
「で、選択肢は五個しか無かったから」
嫌な予感がする。
「適当にどれにしようかなって、問題見ないで選んだの」
「「それは山勘だぁぁぁ!!」」
盛大に突っ込んだ。
「だが、一問二問ならともかく、試験というのはかなりの問題があるのだろ」
「確率は五分の一……ちょっと信じがたいわねぇ」
ローズの意見に、ハル達は激しく同意する。
仮に百問あったとして、五分の一なら正解は二十五個。
多少上下するだろうが、試験で合格出来るとは到底思えない。
「なら考えられるのは……」
「奈美さんのカンが、人並み外れている可能性ですね」
柚子の答えに千景は頷く。
「試してみましょう……」
千景は紙に何かを書き込む。
「ここに一から三十までの数字があります。ハル君、この中の数字を一つ思い浮かべて下さい」
「えっ、は、はい……」
言われてハルは、十三という数字を思い浮かべる。
「では奈美。ハル君が選んだ数字はどれだと思いますか?」
当てずっぽうで当たる確率は三十分の一。
普通なら当たるはず無いのだが、
「ん~~~、何となく十三の気がする」
この子は普通じゃない。
ハルの引きつった顔で、正解を悟ったのだろう。
千景達は奈美に驚きの視線を向けた。
「ここまで来ると、ある種の才能ですね」
「いや~褒められると照れちゃいます」
「「褒めてないっ!!」」
お約束の突っ込みを入れる一同。
「ですが事は深刻です。学力が全てとは言いませんが、最低限は必要ですから」
「確かに、社会に出てから苦労するのは奈美ですし」
「と、なればぁ」
「私達に出来ることは」
「あれしかあるまい」
気迫のこもったハル達の視線に、奈美は少したじろぐ。
「な、何でしょう?」
「これから奈美の勉強会を始めます。異議のある人はいますか?」
「「異議な~し」」
「え、え、ええ?」
戸惑う奈美だが、ハル達は手を緩めない。
「目標は……確か明日学校でテストがありますよね?」
「は、はい。よくご存じで」
「そのテストで八十点以上取って貰いましょう。良いですね?」
「無理ですよぉぉ。テストは選択式じゃ無いんですよ」
「「だからやるんだよっ!!」」
一切の反論は許さない。
これは奈美のため、と一同は心を鬼にする。
「点数の確認は……ハル君、お願いできますか?」
「了解です。妹に報告させます」
「そんなぁぁぁ」
逃げ道は封じられた。
「一日一教科と聞いています。明日のテストは何ですか?」
「えっと……確か数学だったと」
「ではハル君と柚子、二人でお願いします」
てきぱきと指示を出す千景。
ハルと柚子は無言で頷いてみせる。
「紫音は国語と古文を、地理と歴史は私と剛彦で、物理と化学はハル君と柚子で」
「「了解っ!!」」
「え、え、え……」
「よし、行くぞ奈美。一睡もしなければ、まだ半日以上ある」
「最悪ドーピングもやむなしです。頑張りましょう」
「ちょっと、待ってぇぇぇぇ!!!」
ハルと柚子によって、奈美は叫び声を残して事務所から引きずられていった。
翌日。
「お、おはよう……秋乃」
「どうしたの奈美。凄い隈が」
「ちょっと勉強のしすぎで……」
「そ、そう。随分気合い入ってるのね」
鬼気迫る奈美の様子に、秋乃は少し戸惑う。
「ふふ、今日の私は違うわよ。ハルと柚子さんに徹底的に仕込まれたんだから」
「え、お兄ちゃんと勉強したの?」
「一晩中ね。ハルって意外とSっ気があると思うわ」
「……お兄ちゃんと一晩中…………いいな」
ポツリと呟いた言葉は奈美に届かない。
「さあ来い数学。返り討ちにしてやるわっ!!」
「へっ?」
「何よ、変な顔して」
「あのね、奈美。今日のテストは…………国語よ」
「…………あぁぁぁぁぁぁ、間違えたぁぁぁぁぁ!!!」
奈美のテストがどうなったのか、は言うまでもあるまい。
『ねえ、お兄ちゃん。奈美と一晩中一緒にいたって本当?』
「あの~秋乃。声が怖いんだけど……」
『本当なんだ』
「い、いや、違う。奈美の勉強を見てやって……柚子って人も一緒で……」
『私が受験の時は……全然付き合ってくれなかったのに』
「お前は俺より頭がいいだろうが」
『いいな~奈美。いいな~』
結局、今度買い物に付き合うと言うことで許して貰った。
勿論ハルのおごりで。
『お兄ちゃんとっ、おっ買いっ物っ♪』
「……どうしてこうなった?」
それは誰にも分からない。
奈美は馬鹿と言うよりも、勉強が出来ない子です。
良い先生に巡り会い、一から勉強し直せばかなり化けると思われます。
ただ、世界はそんなに甘くないんですよね。
作中で出たテレビ番組は、勿論アレがモデルです。
執筆したときは、あの事件の前。
世の中、何が起きるか分かりません。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。