プロローグ3《一難去ってまた一難》
何とか一命を取り留めたハル。
事情を聞いた千景は、ある提案をするのだが。
「……話は大体分かりましたが、随分過激なお父様ですね」
千景は同情と呆れが混ざった表情をする。
あれから意識を取り戻したハルは、今までの事情を全て説明した。
話し終えたハルに、
「それで、どうしますか?」
千景は事務的な口調で尋ねる。
「どうする、とは?」
「これからですよ。その格好でお金もなく家も遠い。どうなさるつもりですか?」
もっともな言葉だった。
話して解決するなら、世の中に問題など存在しないだろう。
「交番にでも行って一晩泊めて貰おうかと思ってたんですが」
「一応警察署はありますが、止めた方が良いですよ」
「どうしてです?」
「そこの署長がと~っても嫌な奴でして、泊めて貰うなんて絶対無理ですから」
知り合いらしく、千景は本当に嫌そうな顔をする。
だがそうなると困ったことになった。
他に手を考えなければ。
頭を悩ませるハルに、
「……依頼、してみますか?」
千景はそっと告げた。
「依頼?」
「ええ。私達ハピネスは便利屋です。依頼があれば、手を貸すことも出来ますよ」
「でも俺、金無いです」
そもそもそんなお金があれば、こんな苦労はしない。
「ええ。ですから成功報酬と言うことで、後払いでも結構です」
「一度でも家に帰れれば、あんたも一文無しじゃないでしょ?」
「まあ、それなりには」
適当に色々なバイトをしていたので、そこそこの額は貯金してあった。
ハルの答えに千景は満足そうに頷くと、
「依頼内容は一晩の宿を貸す事と、家に連絡を取り、一度でも戻ること。でどうでしょう」
「ま、一人で解決できるならどうぞご自由に。因みに今夜の予想気温はマイナスだから」
挑発的な目でハルを見る奈美。
そう言われると反発したくなるが、
「…………お願いします」
残念ながら今のハルには選択の余地はなかった。
渋々ながらも頭を下げるハル。
「ではこちらの依頼書に記入を。依頼料は……こんな感じですね」
千景はパチパチとそろばんを弾き、ハルに見せる。
諭吉さん数人とお別れする額を見せられ、ハルの表情は引きつる。
「あの……もう少し何とかなりませんか?」
「申し訳ありませんが、こちらも仕事ですから」
「そうよ。こんなの相場なんて無いんだから、足下見るのが鉄則でしょ」
「……奈美。何度も言いますが、心に思っても口に出さないように」
『苦労してますね』『いつものことですから』
ハルと千景は視線で会話し、少しだけ心が通じ合った。
とは言え代金が割り引かれる訳でもなく、ハルは泣く泣く依頼書にサインをするのだった。
「では今日はこの事務所で寝てください。暖房は効いてますし、布団もありますから」
「布団……あるんですね」
「ここの上の階が私の家でして、予備の布団を持ってきますから」
固い床の上で寝るのは避けられそうだ。
「その間に、電話を使って構いませんから、ご家族に連絡されては如何ですか?」
「そうさせて貰います」
千景はそう言い残すと、布団を取りに事務所から出ていった。
さて、とハルが机の上の電話をかけようとして、
「じ~~~~~~~~」
さっきから自分をじっと見つめる奈美と目があった。
「……なんだよ」
「べっつに~。ただあんたが変なコトしないか、見張ってるだけよ」
随分と嫌われたものだ。
まあ、どのみち今日限りの縁。気にする事もないだろう。
「って、黒電話か。懐かしいな」
アンティークかと思ったが、ダイヤルをするとちゃんとコール音が聞こえる。
そして、
『……はい、もしもし』
少し警戒したような声で、相手が出た。
『秋乃か? 俺だ、ハルだよ』
『お兄ちゃんっ!!』
突然の大声に、思わず受話器から耳を離す。
『お兄ちゃん今何処にいるの? 生きてるの? 死んでるの?』
死んでたらこの電話はホラーだ。
『まあ、何とか無事だよ』
『うぅぅ、よかった……お兄ちゃんが生きてて、良かったよ……』
『泣くなよ全く……。それで、あの後そっちはどうなった?』
『あのね、お父さんも飛んで行っちゃったの』
『はいっ??』
何やらとんでもない事が起こったようだ。
『お母さん凄い怒って、お父さんを投げ飛ばしちゃったの』
『…………母さん、怒ると凄いもんな』
『うん。それでお父さんの携帯から電話があって』
『北海道まで飛ばされたとか?』
『今、北極だって』
母さん、やりすぎです。
まああの親父ならそれくらいじゃ懲りないだろうが。
『それよりお兄ちゃんよ。今どこにいるの? どうしてるの?』
『今桜ヶ丘だよ』
さっき千景から聞かされた場所を告げる。
家から通っている大学を通り過ぎ、更に五キロほど離れた場所まで飛ばされたらしい。
つくづく何で無事だったのか不思議だ。
『色々あって、取り敢えず今日は何とか泊まる場所を確保した。明日家に帰れると思う』
『よかった…………』
心底安心した声が聞こえる。
本気で心配させてしまったようだ。
『まあこっちは大丈夫だから。母さんにも…………』
会話を続けるハルは気づかなかった。
今まで沈黙を守っていた奈美が、閃いた、とばかりにそっと背後に近づいたことに。
状況説明も終わり、そろそろ電話を切ろうかと言う時だった。
『じゃあそろそろ……』
「ハルく~ん。シャワー先に浴びてるね~♪」
奈美が甘ったるい声で、受話器の向こうにギリギリ聞こえる大きさで言いやがった。
気まずい沈黙が流れる。そして、
『……お兄ちゃん』
魂が底冷えするような冷たい声が聞こえた。
怒っている。間違いなく怒っている。
『ち、違うんだ。誤解なんだ』
『五階も六階も無いよっ!!』
古典的表現で怒りを爆発させる秋乃。
『だから違うって』
『酷いよお兄ちゃん。私という者がありながら……』
『人の話を聞けぇぇ!! てか何だよ、私という者って』
『私お兄ちゃんなら、何時でも受けれたのに』
『少し落ち着けぇ! ちゃんと俺の話をだな……』
『お兄ちゃんの馬鹿ぁぁぁ! お母さんに言いつけてやるから!!』
ツーツーツー
一番聞きたくない台詞を最後に、一方的に電話が切られた。
ハルはそっと受話器を置くと、振り返る。
「……さて、何か言いたいことはあるか?」
「効果はてきめんだ、て感じだったね」
どや顔をする奈美に、ハルの怒りはグツグツと沸き上がる。
「……何で、こんな事した?」
「ちょっとした好奇心かな…………やっちゃったZE♪」
「好奇心で人の人生を壊すなぁぁぁぁぁぁ!!!」
怒り爆発のハル。
「人生って、そんな大げさな」
「母さんを怒らせた親父は、北極まで投げ飛ばされたんだよ。マジで人生終わるぞ」
「北極か~。いいよね、白クマとか。……美味しそうだし」
「こっちが食われるわっ!! てか飛ばされた時点で普通死ぬからっ!!」
ハルの怒りも、のれんに腕押しとばかりに、奈美には全く効果がなかった。
掴みかかりたい所だが、さっきの事があるので躊躇われる。
そんなハルを救ったのは、
「……奈美」
秋乃以上に冷たい、千景の声だった。
事務所の入り口には、布団を運び終えた千景が立っていた。
表情こそ笑顔だが、全身から巻き上がる怒りのオーラがハッキリと見える。
「ち、千景さん。これはですね……」
「言い訳は無用です。『シャワー先に浴びてるね』から聞いていましたから」
「あう……」
退路をふさがれ、奈美は言葉に詰まる。
「ハル君、うちの所員が迷惑をかけました」
千景は小さく頭を下げる。
「迷惑料と言っては何ですが、今回の依頼料は無料で結構です」
「え~千景さん、それじゃあ丸損じゃないですか」
「その分は貴方の給料から引きますから、問題ありません」
ガックリと肩を落とす奈美。
自業自得。辞書に例文として載せたいくらいだった。
その後、奈美はふて腐れながら帰宅。
「この恨み、忘れないわよ」
見事なまでの逆恨みの捨てぜりふを吐く辺り、精神的にタフだなと感心してしまう。
「では私も失礼します。帰宅の打ち合わせは、また明日にしましょう」
おやすみなさい、と千景も事務所を後にする。
一人残されたハル。ようやく訪れた、心やすげる時間だった。
電気を消し、床にひいた布団に潜り込む。
「……寝よう。全ては明日だ」
菜月の怒り具合によっては、明日で終わる可能性もあるが。
嫌な想像に悩まされながらも、ハルは眠りへと落ちていくのだった。
長いですね……プロローグ。
もう本編で良いじゃないかと思い始めています。
プロローグは後二回で終わりの予定です。
ハルとハピネスの縁、簡単には切れなさそうです。
最近何かと忙しく、執筆時間が取れない日が多くなっております。
投稿ペースを若干落とさせて頂きます。
楽しみにしてる方(居たら嬉しいですが)には申し訳ありませんが、
よろしくお願い致します。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。